一歳半、高く上がる観覧車の扉を押し開けようとする
9月の連休中日のことだ。一歳半になるたーくんを連れて、老朽化のすすむ遊園地へ向かった。
その年の9月はとても暑くて。職場の同僚から「寂れていて、空いているよ」と聞いていたのに、その日は激混みで。
ベビーカーを押して、入り口の長蛇の列を見たときの絶望感といったらなかった。
中に入っても、のりもの券の購入列に並ぶ。
「あーぱ」
たーくんの指の先には自動販売機がある。
「あとちょっと待ってね」
たーくんは意外と待つ。でもあと2人というところで限界となる。ぐずるたーくんを片腕に、肘で畳んだベビーカーを支えてのりもの券を購入する。
のりもの券は10枚つづり。おまけに2枚ついてきた。
苦労して買ったのりもの券は、ほとんど使えなかった。大きな乗り物は、またも長蛇の列で。
すいている乗り物は、観覧車くらいだ。
たーくん、はじめての観覧車だ。
一緒にドキドキする。
たーくんはお行儀よく観覧車に座る。
動きだすと、緊張したお顔がだんだんとほぐれて。ニコニコのお顔になる。
ああ、乗って良かったな、と思う。
観覧車がてっぺんに来るころ、たーくんは飽きて、座席から降りる。
なんと、急に扉を両手でバン! とたたく。
私は驚き、止める。たーくんは観覧車の扉から出て行きたいようだ。しかし、出たら死ぬ。
たーくんの動きをおさえ、安全性の確認のために扉を観察する。
どうして観覧車の一番上で、安全性のチェックなんてしているんだろう?
たーくんの足元、観覧車の扉と床のあいだに2cmくらいの隙間がある。落ちるわけがないのに、ゾッとする。
たーくんを抱えて座席と座席のあいだにしゃがむ。扉の『安全のため座ってご利用ください』の文字を見る。それはこの場所じゃないなあ。
「たーくん、ラムネ食べる? すわろう」
たーくんは嬉しそうに椅子に座る。しかしまだ予断を許さない。急に走って扉にタックルするかもしれない。
震える手でラムネを渡す。
たーくんはラムネを食べてごきげんだ。
持っていることがバレないように、たーくんの服をしっかりつかみながら、観覧車の降下を窓からチェックする。
まだ死ぬ、まだ死ぬ、そろそろ大丈夫かも、もう大丈夫かも……。
助かる高度になったときの安心感といったら、地上って天国だったんだなと思ったほどだ。
たーくんは今では、観覧車の扉を開けてはいけないことを知っている。
でも私は、観覧車に乗るたびに話すと思う。
「あのときは本当にこわかったよ……」
子どものころ、親が同じ話をするたびに、(まーたその話)と思っていましたが、あれはとても印象に残ったことだったのだなあと今では思います。
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