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寄り道

作者: 焼魚圭

 学校とは特定の年齢になれば殆ど必ず世話になる場所。そこには様々な人々がいてあらゆる生き様を刻む真っ白な道がある。特に私立高校は成績の受け入れ幅や学科の数の関係上このような傾向が強く感じられる。

 可能性は何色にも染まる一方で可能性の道が閉じられて選ぶことの叶わない、そんな真っ黒な道もあるのだという。

 生徒たちの間で流れている噂は高校一年生の冬という可能性あふれる時期には似合わない真っ暗闇を想わせるものだった。

「ねえ、隣のクラスのアヤフミ知ってるかな」

「ああ、アヤノフミノさんな」

 綾野文乃、親はどのような意味を込めて名前を付けたのだろう。芸名のような並びは愉快とも哀れとも思えるもの。

「あの子ってどこから来たのか分からないんだよね」

「どこから、地球から。ってみんな冗談言ってるし」

 本人は語りたがらないのだろうか。もしかすると込み入った事情でもあるのかも知れない。爽輝は机に身体を預けたまま噂話を聞き流しながら廊下を見つめていた。

「先生たちもやけに大切に扱ってるし、あっ、今通った」

 少女たちが指した先に目を向けると共に通りかかった気配に身が竦んでしまう。ほっそりとしていながらも女の子らしさを控えめに主張するシルエット。肩に付かない程度の長さで切り揃えられた黒い髪。そんなごくごく普通のはずの姿に少し大きな目と下を向いたまつげ。本来受けるはずの印象は学校に溶け込む少女のはず。そのはずなのに、まっすぐ前を見つめている顔からは重々しさが滲み出ている。

「あの子さあ、毎月十二日に家とは反対方向に向かうらしいんだよね」

 寄り道だろうか。アルバイトだとすれば日数があまりにも少ない。毎月決められた日にのみ許された遊びなのだろうか。

「その次の日くらいにこの辺で行方不明者が出てるってさ」

「絶対アイツだよね」

 不快は深い。この手の噂話にありがちな事だがどうしても疑いが出てしまう事。爽輝は勢いよく立ち上がり、歩き出した。

「あいつアヤフミに話し掛けに行ったね」

「うわー、無いわ」

 白けてしまった雰囲気を背に、爽輝は向かう。文乃の傍へと歩み寄り、ほっそりとした背の動きを止めるべく声を掛ける。

「綾野さん」

 途端に振り返り、どこか影のかかった顔を目にしては縮こまってしまう気持ちをどうにか膨れ上がらせて続ける。

「悔しくないんですか」

 文乃の顔が微かに傾く。どうにも薄暗さの抜けない柔らかな無表情は気味が悪いものの、それが馬鹿にしていい理由になるはずなど無い。

「みんな綾野さんの事」

「ふみって呼んでいいよ」

 通りの良い声はすっきりとした心地を与えつつもどこか不穏な気配を漂わせていた。

「あと知ってる。みんな私を人殺し扱いしてるんだって」

「だったら」

 言葉を返すも声は切られ言の葉が挟み込まれる。

「大丈夫、私は気にしてないから」

 どうしてだろう。微かに血や肉の混ざり合った死の香りが漂って来る。磯臭さ、命の始まりの海と隣り合わせの生臭さが漂っていた。

 文乃は微かなため息をついて、口を閉ざす。沈黙が痛い。異様な雰囲気に早くも話しかけた事を後悔してしまっていた。

「そうだ、もしよかったら十二日、一緒に来て欲しい」

「ふみ、いいのか」

 孤独は会話の間や関係の距離感に独特な色を塗り付けていた。

 予定を取り付けて去って行く文乃。彼女の背に不浄なる煙のようなものが漂っていた。

 爽輝にはそれが幾つもの手が絡み合っているように見えて仕方がなかった。



  ☆



 十二日が訪れる。昼の間、将来へと向けて努力を振りかざすその時、爽輝は常に落ち着かなかった。今日も一人ぼっちのあの子が夕刻以降に待っているのだ。自分から話しかけたものの、どうにも後悔を拭い去ることが出来ない。人としては嫌いではない、しかしながら噂が流れることも頷けるような不穏な気配が苦手。おまけに周りの態度に納得してしまう自分自身もいてそれがまた嫌な気分を運び込んでしまう。

 授業が全て終わりを迎えた。今日の終わりを告げるチャイムを聞きながら歩き出す。校門の前で待っていた文乃の姿はすぐさま目に入った。気配で分かってしまう。

「ふみ」

「本当に来てくれたんだ」

 空は濃い青に色付いている。暗闇のドレスに着替えるまでの数十分の間だけ許された冬の夕方、時間の隙間をくぐって二人は無機質で活気の見えない街を歩いていた。

「実は私、実家が遠い村で」

 今は一人暮らし。どうやら実家の方と学校の偉い役職に就く人物の関係で入学したそうだ。

 現実から遠く離れすぎている。そんな事実がすぐ傍にあった。

「私の家は村長の末裔」

 村長の一族が村の掟を破った者を処刑していたのだという。

「今からが大切な話だけど」

 曲がり角、狭い路地。薄暗い空の光は差し込んでこない地上の海底。

「毎月追って来る」

「追って来るって、何が」

 想像は付いていた。身震いが止まらない。想像は更に大きな恐怖を呼び起こして身体を大いに震わせていた。

「これまでご先祖様が処してきた罪人たちが」

 穢れた手によって呪われた血筋に降りかかる遺志は恨み辛みで紡がれた黒々としたもの。

 暗闇の中では文乃の顔は見えない。今どのような貌をしているのだろう。黒く塗りつぶされた夜闇のような道の中、大人しくありながらも通りの良い声は一人こだまする。

「毎月身代わりを差し出さなければ私が連れてかれる」

「そんなことあり得ない」

 現実で幻想を振り払おうと口を開いたものの、その言葉は目の前の光景を前にしてもなおそのような力を宿すことが出来るものだろうか。

「村でも私が七を迎える頃から毎年身代わりを差し出して来た」

「毎月って」

「十二を迎える頃だったか、一年に一度だった身代わりは毎月要求される事となった」

 始まりは一年に一度、それでよかったものの、成長する事で毎月生け贄を出さなければならなくなってしまったのだという。

 薄っすらとしか見えないあのシルエット、日頃は少し重々しく薄暗い影が張っているように見えたその姿は今、分厚く濃い影を纏っているように見えた。

「今日がその日、そしてここにいるのは」

 このままではどのような末路を辿ってしまうのか、想像したくもない。文乃の背後には四本の透き通る白い手が漂っていた。煙のようなそれがゆっくりと蠢いていた。

 振り返り、走り出す。逃げ切らなければ命が残らない事など明白だった。

「其の御魂を捧げよう。純粋の命を以て無念を濯げ」

 声は澱みを帯びて地を這う。爽輝の左脚に絡み付く感触、両腕に一本ずつ、胴に巻き付く気配。

 闇の中に白い揺らめきを見ながら身体がこの世界から引き離されて行く瞬間を見届ける他なかった。

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