チェンジャーのメンタルケア
「ハァ……ハァ……」
1人の男が包みを抱き抱え走っていた。
「まずい……!……ハァ……ハァ……まずい……!」
同じ文言を繰り返しながら街の喧騒から逃れるかのように男は建物の隙間を見つけては入り込みそこからさらに光の届かない暗闇へと自ら舞い込んでいた。
「うわっ!!」
男は絶叫と共に腰を抜かす。
男の眼前には銃弾による煙が上がる。
「素人にありがちな奴ですねぇ……隙間に隙間に入り込んで行方をくらまそうとして、それが裏目に出てあっという間に袋小路。」
何者かの声と共に男は瞬く間に黒服の集団に取り囲まれる。
「今の状況。融合付喪神という画期的なアイディアを捻り出した天才の最期だなんて、誰が信じようか。」
男に語りかける声は手持ちのスピーカーから発せられていた。
「んふぅ…………」
スピーカーからは僅かな粘度を含んだ液体がグラスを泳ぐ音の炭酸ガスの泡の音と共何かを飲み干したような吐息が混じる。
「私、最近動物の脳みそから抽出したエキスをサワーと合わせるのがマイブームなんですよ。」
「ハァ………待って、そんな!コレを渡すから見逃してくれぇ!命だけはぁ!」
男は包みを黒服の一人に押し付けるとそのまま逃走し始める。
「酒の好みについて話そうとしただけですのに。つれないですねぇ………?」
豚の脳味噌のエキスを溶け込ませたサワーのグラスをあおりながらヴァークはスピーカーのマイクの前で口角を上げる。
「お目当ての物は手に入った訳ですが。いかがいたしましょう?」
ヴァークの背後に立つ部下は尋ねる。
「チェンジャー。」
ヴァークは一言そう告げると空のグラスを持ち上げる。
「………かしこまりました。」
部下は一間おいて返事し部屋を退出する。
フュールラデディ──
「ココに3つのコップがありますねー。」
チェンジャーは机のコップを示しながら言う。
「ココにコインを入れていきますよー。」
するとチェンジャーはコップをコインで叩く。
3回叩いた瞬間チェンジャーの手からコインは消えコップ中にコインの音が鳴る。
「さてウィード、コインはどこにあるでしょうかー?」
チェンジャーは机の前に座り込むウィードに尋ねる。
「今真ん中のコップに入れたから真ん中じゃ無いんですか?」
ウィードは真ん中のコップを指差す。
「それでは見てみようかー?」
チェンジャーはコップをひっくり返すと
「無い!」
コインはコップの中には存在していなかった。
「残念だったねー。」
「でも確かに真ん中のコップからコインの音が……!うん?」
ウィードはコップの下部に違和感を覚える。
「なんか、テーブルクロスのココだけ盛り上がってません?」
ウィードが指差す場所だけテーブルクロスに痕のようなあった。
「見てみようかー?」
チェンジャーはテーブルクロスを勢いよく引くと
「コレってさっきのコイン!」
チェンジャーがコップに貫通させたはずのコインはテーブルクロスの下に移動していた。
「コインをコップをひっくり返す直前にテーブルクロスの下に移したんだよー。別にコインがコップの下にあるとは一言も行ってからさー。左右のコップもリスタート?ストリート?なんだっけなー………」
「ミスリード。と言いたいのでしょうか?」
「それだー!さっすがクランボー!」
チェンジャーはコインを摘み上げるとコイントスして左手で受け止める。
「なかなかマジック、板についてきたと思うけどどうかなー?」
チェンジャーが手を開くとコインはどんぐりに変化していた。
「はい……魔法の方がよっぽど高度な事をしてる筈なのに……毎回驚かされます…………ハァ……」
ウィードはため息をつきながら下を向く。
「私ユーザさんの役に立ってるんでしょうか………」
そして不意に呟く。
「うんー?どうしたのいきなりー?」
「多分チェンジャーさんのマジックってユーザさんが見ても驚いて心が豊かになると思うんです………なのにわたしが作る物はユーザさんを苦しめてばかりな気がして………」
「そんな事ないと思うけどなー?」
チェンジャーは笑いながらウィードの言葉を一蹴する。
「あんなに強くなれるアイテムをポンポン生み出せるのに役に立ってない訳無いじゃないかー。」
「ほんとうですかぁ?」
ウィードは顔を上げるが眉や目尻は下がり切っていた。
「一番最初にキミが作ったディメンショントリガーとか凄いよねー。別に改造人間にならなくても魔法が使えるようになるんだからさー。」
「でもアレは回数があって、それでユーザさんが困った事があって………」
悲観するウィードを見てチェンジャーは目を瞑りしばらく考える。
「じゃあギガントトリガーは?正直パワーならアレに勝てるのなんていないよー?話によれば融合怪人を一撃でチリに出来るんでしょー?」
「始めての融合怪人にひどく苦戦していた我々からすれば、信じられない話ですよ。」
クランボが付け足して褒めちぎるが
「アレが一番ダメですよ!アレのせいで……ユーザがまた怪人に…………」
ウィードはさらに憂鬱になってしまった。
「じゃっじゃあ第3のトリガーのヘルストリガーはー?オウガウスとラジョーアでキンガルイスを倒したのに貢献したそうじゃないかー!」
「はい。それにアレの力の根源は地獄の鬼。ウィードさまにとっては、まさに弘法筆を選ばずという事なのでしょう?」
「さっきからトリガーの話ばっかしないで下さい!わたしは………もっと、精製魔法の力でユーザさんに安らいでもらいたいんです………」
ウィードは裾を握りしめる。
「……………」
「なのにわたしは良かれと思ってユーザの戦いを助長するような物ばかり作ってる………もっと他愛もないマジックみたいな、そういうのをやるべきだったのに。」
「ユーザはキミが入れば充分安らいでるんじゃないかなー?」
「へっ?」
ウィードはチェンジャーの一言が予想外で目を見開く。
「そもそもボクにとっちゃ、ユーザは安らぎがないと生きていけないようなヤワな人間じゃないと思うんだよー。」
チェンジャーはコップを片付けながら話を続ける。
「キミは色々考えるんだろうけどユーザはキミに色々言った事あるのー?」
「えぇ……それは…………」
ウィードの記憶には自分に対し肯定の言葉を投げかけるユーザの記憶しかなかった。
「仮にユーザが嫌だと思ってもそれはその時だしー、今ユーザがキミに何も言ってないという実態が全てだと思うよー。例えるならー、マジックは見せる客がいないと武器にならないしー剣は斬る相手がいないと武器にならないって感じかなー?」
「チェンジャー様………ハハハ……あなたらしい回答ですよ。」
クランボは苦笑こそするが声色は温かく物だった。
「なんか正直チェンジャーさんにメンタルヘルスしてもらってるの不思議な気分です…………ちょっと元気になりました。マジックもありがとうございます!」
ウィードは立ち上がると
「ではまた!」
勢い良く玄関へ向かっていった。
「ほほぅ………チェンジャーに素直に戦わせるより面白い方法が見つかったかもしれませんねぇ。」
その様子を眺め邪な思考を張り巡らせる者がいた。




