どうなるッ!? 俺!!?
天狗の彼方に言われるまま、妖狐の幻夜とともに俺(+白叡)は、神社から少し離れた公園へと移動した。
あの賑やかな所から来ただけに、人気のない公園はやけに寂しい。完全に日も暮れたし。
とりあえず街灯の下にあるベンチに腰掛けた彼方は俺…いや、白叡に向かい
「……さ、出ておいで。白叡」
『──…チッ』
そんな小さな舌打ちと同時に俺の左手が淡く光を放ち……指先から白叡が出てきた。
光を纏う小さな白い動物……飯綱の白叡は彼方の膝に降り立つなり、
『お前、またこのキツネに餌付けされてただろッ!?』
苛立ちと怒りに満ちた様子でまくし立てた。
やはり彼方がさっき食べていた屋台の食べ物は幻夜の奢りか……?
“天狗が妖狐に餌付けされてる”
そりゃあ……普通に考えても、有り得ないだろう。
しかも白叡にとっては、
“主が嫌いなキツネに……”
てことになるんだから、気に入らないに違いないか。
だが、彼方はそんな白叡に構うことなく、
「まぁまぁ」
笑顔でなだめつつ、白叡の頭を撫でている。
そして、迷惑そうな白叡に、
「はい、おみやげ」
そう言って取り出したのは──……ツナ缶!?
そのまま、パカッと缶を開けると横に置く。
『……』
しばらく彼方を睨んでいた白叡だが、意に介さない様子に小さく溜め息をつくと、黙ってそのツナ缶を食べ始めた。
……ツナ缶好きだったのかな?
何だか(珍しく?)嬉しそうなその様子に、彼方も満足そうに微笑むと、
「それも幻夜が買ってくれたんだよ♡」
『……ッ!!?』
ビクッとした白叡の様子に、幻夜がニヤリと笑った……!
幻夜の意地悪そうな笑み……。
なんだか俺の方が居たたまれない気分になったが、白叡は複雑な表情をうかべ……たように見えたものの、敢えてなのか黙ったまま再び食べ始めた。
白叡たちのそんな様子に構うことなく、改めて彼方は白叡から俺に視線を移すと……
「さて、宗一郎……何か思い出した?」
まっすぐに見つめてくる琥珀色の瞳──
でも……
「──いや、何も」
そう答えるしかなかった。
そんな俺の答えを聞いて、彼方は幻夜と顔を見合わせる。
そして、苦笑をうかべると、
「そうかぁ。まぁ、仕方ないねぇ……」
その表情からは、良い返事は最初から期待していなかった様子が痛いほど伝わってきた。
「う~ん……この前会ってからしばらく時間あったし、幻夜にも会えば少しは思い出すと思ったんだけどなぁ」
「いや、彼方クンに会って何も変わらないなら、僕じゃ無理だよ」
そう幻夜は溜め息混じりに言い、
「……でも、少し急いだ方がいいんじゃないかい?」
まるで彼方を諭すような言い方……?
急いだ方がいいって、何かあったのかな?
幻夜の言葉に彼方はしばらく悩むように黙ってしまった……が、仕方ないといった様子で、ふいに顔を上げた。そして、
「──……あのね、宗一郎」
そう改めて俺を見つめ……
「予想はしてたんだけど、このままじゃまずい事になりそうなんだ」
「まずい事??」
聞き返した俺に、彼方は困ったように頷いた。
その様子に、白叡は彼方を見上げる。
『……バレたのか?』
白叡の問いに、彼方は首を振り……
「それは、まだ平気みたいだけどね」
そう苦笑をうかべて答えた。
が、何一つ俺には話が見えない!
「……どういうことだ?」
たまりかねた俺の質問に、彼方に代わり幻夜が口を開いた。
「簡単に言うと、奴ら──鬼たちの目的は宝を取り戻し、自分たちの宝を奪った裏切り者の紅牙を抹殺することなんだ」
簡単に言おうが難しく言おうが、それは俺にとって
“身に覚えのないことで命を狙われている”
ということに変わりない。
改めて突き付けられた現状に動揺する俺。
そしてさらに、幻夜は続ける。
「──つまり、その目的のためこの17年間奴らはずっと紅牙を探していた。でも見つからずに人界まで捜索の範囲を広げ、手当たり次第にそれっぽい人物を一応紅牙か確認をした上で……というか相手が誰でもとりあえず殺す、そんなことを続けていて──今回、たまたま宗一郎……君が見つかってしまった」
はぁ!?
たまたま俺に当たったのかよ!?
まず、それっぽいって何なんだよ!!!
ていうか、俺はそれっぽい人物なのか!!?
いや、確かに幻夜が言うように、俺を襲った奴らは一応宝の在処は聞いてきたが、結局命を狙ってきた。
あまりの理不尽さに驚きと怒りを覚えた俺。
だが構わず、幻夜は静かに続ける。
「で、問題なのは……基本的に捜索は鬼の傘下の妖だが、その追手がやられれば相手は少なくとも実力者か紅牙ってことになる。そうなれば相手を確かめるには──」
まだ頭が混乱し、理解が追い付かない俺。
それを見かねた白叡が溜め息混じりに、
『……オレ様が殺ったのはそのザコだ。立て続けにザコが消されたら次は……?』
──…あ、そうか。
ザコで敵わないなら、その上が出てくるのがセオリーだ。
ようやく少し状況が見えてきた俺に、幻夜は頷くと、
「彼方クンは君を追手から守るために白叡をつけたけど、あくまでもその場しのぎだからね。このままだと、そのうちそれなりの実力者が動く」
「それなりの…実力者……?」
今まで出てきた奴らだって俺にはどうすることも出来なかったのに!?
彼方や白叡がいなければ、俺は訳も分からないまますでに死んでいただろう……。
愕然とする俺に幻夜はさらに続ける。
「白叡が君を守り続けるにも限界がある。……実力者相手では難しくなるだろう」
『……チッ』
小さく舌打ちしつつも何も言い返さない白叡……。
それは幻夜の言葉が真実だということ?
一瞬流れた痛いほどの沈黙──…
それを彼方の小さな溜め息が破った。
「……オレもね、あんまり派手に動くわけにはいかないんだ」
そうしょんぼりしたように言う。
その横で困ったように、
「やられないにしても、奴らを取り逃がせば──宗一郎に白叡…つまり彼方クンが力を貸していることが伝わってしまう。……それも問題でね」
さっき言ってた“バレる”って、そういうことか?
彼方は困ったような苦笑をうかべ、
「幻妖界では三大勢力ってのがあって、鬼・天狗・妖狐の三妖のことなんだけど……まぁ早い話、基本的に敵同士なんだよ。……それもあって、オレがこの件に関わってるとなると、ちょっと面倒なことになるんだ」
彼方は軽く言うが、幻夜からは溜め息がもれ……そして、
「それだけじゃない。紅牙が奪った宝は鬼だけじゃなくて幻妖界に影響を与えるモノなんだ。そしてこのままだと──三妖の均衡を崩しかねない」
幻夜の重い言葉。
鬼の宝の件に関わり、敵対する鬼……しかも宝を奪った人物に力を貸しているという事実。
そして、その宝自体には影響力がある……。
つまり、争いの種になるってこと──?
「まぁ、別にオレ自身はそんなのどうでもいいんだけどねぇ」
……あぁ。
彼方ならそう言うと思ったよ。
重大な問題のはずなのに、本当にどうでもよさそうな言い方。
でも、妙に納得してしまうのは……今までの様子からだろうか?
……ん? まてよ??
(俺はまだ認めてはいないが)紅牙が鬼なら、今だって彼方と幻夜が一緒だし、その三大勢力がこの場に揃ってることになるよな!?
「……でも、紅牙と彼方は昔からの友人なんだろ?」
俺の問いに彼方は頷いた……が、
「あの頃とは状況が違う」
「……」
幻夜の言葉に、彼方の表情が一瞬曇る。
だが、すぐに苦笑をうかべて、
「まぁ……とりあえず、白叡の妖力を上げようと思うんだ」
『ッ!?』
思いもよらぬ彼方の言葉。
そして、その提案に白叡も驚いた様子だったが、改めて彼方の方へ向き直った。
白叡の妖力を上げる……!?
確かに、それなりのヤツでも倒せる妖力が白叡にあれば良いのかもしれない。
根本的な解決にはならなくとも、妖力アップが出来るなら現状的にはそれが一番早いだろう。だが、
「……そんなこと、できるのか?」
俺の問いに彼方は何ともいえない表情をうかべつつ、
「たぶん、ね。オレの妖力を分ければ出来るんじゃないかな、と思ってねぇ……」
何とも頼りなげな返答……ではあったが、確信があるのだろう。たぶん、きっと。
彼方は白叡の頭を優しく撫で、そして額に軽く触れた状態で手を止める。
「……頼んだよ、白叡」
申し訳なさそうにも、労わるようにも見える微笑み──…
『──彼方がそう望むのなら』
そう白叡は静かに答えた。
視線を交わす彼方と白叡。そこには主従関係とともに、信頼や情が垣間見えた気がした。
白叡の意思を確認した彼方が一度目を閉じ、次に目を開けた時──その瞳が琥珀色から金色に変わった!?
同時に、白叡の額と触れた指先との間が淡く光を放つ。
──……今、俺の目の前では、今まで無縁だったはずの非科学的なことが起こっている。
今までの俺なら信じられない、認められない出来事なのに……それはとても妙な感覚だった。
その光景に俺が目を奪われている中、光は少しずつ輝きを増し、白叡の体全体が一瞬一際強い光を発した!
──カッ!!
「……っ!?」
視界を奪われるほどの強い光が次第に収まり、辺りは何事もなかったように元の静けさを取り戻す──。
気づけば、白叡の輝きも収まり、彼方の瞳も元の琥珀色に戻っていた。
「……大丈夫? 白叡」
『あぁ』
彼方の言葉に短く答える白叡。
その見た目は以前と変わらないようだが……成功したのかな??
「……でも、無茶はしないでね? ダメだと思ったら呼ぶんだよ?」
彼方はまるで小さい子に言うような口振りで言うが、
『──…フン』
そのまま白叡は彼方の方を見ることなく、小さな光の塊に姿を変えると俺の左手へと入った。
その様子に俺たちは苦笑をうかべるが、彼方は改めて俺に向かい、
「……まぁ、そういうわけだから、今まで以上に気をつけてね? 宗一郎」
「……」
……俺は、どうやって気をつければいいのだろう??
むしろ教えて欲しいくらいだ。
そんなこと考えている中、彼方は困ったように、
「本当は焦って欲しくないし、無理にとも言わないけど……出来れば、早く思い出してね?」
そう呟くように言う彼方の瞳が言っていた……
“──早く、紅牙としての記憶を…自分たちのことを思い出して欲しい”
……と。
それは彼方自身、無意識だったかもしれないけど。
[そうだ、彼方は……いつだってその瞳に心を映し、俺を見つめる──…]
??
……え!?
今のは何だ??
それは、心の隅に疼くような感覚。
これは……もしかして、紅牙の記憶?
『やはり、彼方がカギか──』
ふいに聞こえた白叡の声。
そして深い溜め息と共に、
『──…まぁ、そうだろうな』
そう小さく呟くと、白叡の声は止んだ。
その言葉の意味は分からなかったけど、それを知るすべは──今は無い。
どちらにしても、以前より悪化した状況に変わりない中、パワーアップしたと思われる白叡と……何も進展してない俺。
──俺の混乱と不安は募る一方だった。