リアル鬼ごっこ!!?
街中で母さんに気付かれなかった事への感傷に浸る暇もなく、不意に感じた妙な…嫌な気配?
「ッ!?」
それは全身がゾワリとするような感覚だった。
『気づいたか? 近くにいるぞ──いや、近づいて来てるな』
白叡の言葉を聞くかどうかというところで、俺は自然と早歩き…から走り始めていた。
俺を追ってくる気配を背後に感じながら、焦りと恐怖で頭が真っ白になりそうなのをグッと堪え走り続ける。もはや全力疾走に近い。
「やばいやばいやばい! ずっとついてくるぞ!?」
思わずそう呟かずにはいられない状況。
初めて妖怪どもに襲われた時と同じ…いや、今回の方が状況は悪い。最悪だ。
追ってくる気配は一つだが、確実に俺に対して殺意を持っている……加えて気配…妖気が今までの敵の比じゃない。
人通りの多い街中を走るのは気が引けるが、この際そんなことも言ってはいられない。
人にぶつからないよう避けながら何とか走る。
……でも、ちょっと勇気を出して振り返ってみる…か?
恐怖と好奇心が入り混じる中、全力で走りつつも恐る恐る…チラリと俺を追ってくる気配の主を──肩越しに見た。
「う…わ……っ!?」
一瞬にして背筋が凍った。
俺を追いかけているのは……細身の黒いスーツに黒ネクタイ、黒手袋をした…男?
身長は中背。ストレートボブの白髪だが、年齢はたぶん若い。
そんな奴が陸上アスリートのような走りで追いかけて来ていた。
……は?
いかにも怪しくないか??
サングラスこそしてないが…何処ぞのSPかハンターかというような奴が街中を走っている状態自体、おかしいだろ!?
例え映画やドラマの撮影だとしてもこんなことが日常で起こってたまるか!
──なのに、誰も気にしてない?
気を取り直して、もう一度確認で見てみたが……怖ッ!
オレンジ色の鋭い瞳が確実に俺を捉え、無表情のまま走って追いかけて来ていた。
しかもその頭にはしっかり2本の角が生えてるじゃないか!?
ということは……
『少なくとも、お前や篝の命を狙う鬼の実力者で間違いないだろうな』
だよな。そして、捕まったら死ぬやつだよな?
まさか本物の鬼と命懸けな鬼ごっこをするハメになるとは……!
このままではどう考えても逃げ切れるとは思えない。
ていうか、なんでみんなに見えてないんだよ!
『妖の姿は基本的に普通の人間には見えない。……見せることもできるが』
確か白叡も普通の人間には見えないって言ってたな。
……いや、今そんなこと言ってる場合じゃないか。
そもそも、見るからに不審な鬼が走って追いかけて…追いかけられている俺を含め、この状況をみんなに目撃されても大混乱必至だしな。
少なくとも俺はこれ以上目立ちたくない。
にしても。
敢えて一定の距離を空けて追いかけてきているのか?
鬼が本気を出せばすぐに追いつかれそうなのに……まさか、面白がってるのか!?
それに俺ですら気づくような気配を撒き散らさないでも近づくことが出来ただろうに、わざわざ存在をアピールするような奴だしな。
表情こそ無表情ではあるが、この状況を楽しんでいるんだとしたら──ものすごくヤバい敵の予感がする。
とりあえず、このまま人混みを走りながらなんとか撒けないだろうか?
『向こうがお前の気配を目印に追ってるなら、どこに隠れようと意味はない』
……ダメか。
じゃあ、人混みにいる分には攻撃されにくいってことは……
『確かに邪魔ではあるが……もしお前が人間どもを巻き込みたくないのなら、人混みからは抜けた方がいい』
……それはつまり
『人間がいようがいまいが、関係なく攻撃してくるだろうな』
やはり。
相手は俺と篝を殺しに来た本物の鬼。人間に気をつかうわけがない。
『そういうことだ』
白叡の溜め息混じりの言葉に、覚悟を決める俺。
この先を曲がれば人通りは少なくなる……かもしれないが、まだ人目につく。
例え一般人に姿が見えないとしても、俺は見えるわけだし……確実に周囲を巻き込んでしまうだろう。それに辺りを破壊されても困る!
とにかく、面倒はごめんだ。このままできるだけ…ほぼ人目につかないところまで行くしかない!!
俺は人混みを抜け、賑やかな街中の大通りから少しずつ人通りの少ない道へと走る。
目に入った脇道に入り、人通りや人目のないだろうビル裏へ……いや、ここは行き止まり!!?
『左に避けろっ! 宗一郎!』
は? 左ッ!??
突然の白叡の声に弾かれるように左に避けたのと同時
ドガァッ…!!
「!!?」
俺がいた場所を打ち砕いたのは……鬼が振り下ろした、金属の棒?
「マジか……」
一応距離は開けていたはずだったのに……一気に距離を詰められたのか!?
やはり、ここまでのスピードは俺に合わせていた、ということか。
全身に冷や汗が出た瞬間
「……チッ」
「!!」
舌打ちとともに再び俺を襲う金属の棒──屈んだ状態からの低位置攻撃を紙一重でギリギリかわし、距離をとった。
ここまで走って来たことに加えての襲撃に息は荒くなるが、思ったより体が動く!
自分でも艮の時より動ける気がする?
どうやら“妖に戻る途中”というのは本当かもしれない。
もはや嬉しいとか嫌だとかの問題じゃない……絶対こんなの人間の高校生には回避不可能だろうと思うし、対応できるならこの際妖でも何でもいい!!
「…………」
ゆらりと立ち上がった鬼は俺をじっと見つめつつ、口を開いた。
「私の名は不知火。紅牙……お前とは前々から戦ってみたいと思っていた」
ということは、この不知火という鬼は紅牙の知り合い…ではなさそうだ。だが、どうやら今回の件以前から戦う相手認定されていた?
「まぁ、その前に……宝の在処はどこだ?」
ここへ来た一番の目的のはずだろうに、不知火にとってはあくまで“鬼哭”はついでで、一応聞いておくか位の言い方なのはこちらも調子が狂う。
「──ずいぶんと…ついでみたいに言うじゃないか」
「あぁ、私にとってはお前らを殺す方が重要だからな」
本当に建前上事務的に聞いただけ、ということか。
にしても、好戦的なのは妖だからか、鬼だからか……いや、両方だな。
普通に考えても、幻妖界に影響があるような宝の在処より俺や篝の命を狙うのが先なのは問題があるだろうに、来る奴ら揃いも揃って抹殺の優先順位高すぎるだろ!?
俺が言うのもなんだが、鬼の上層部は大変そうだな…。
しかも、
「紅牙を殺して、この手であの邪魔な…憎たらしい篝をなぶり殺す──!!」
ずっとほぼ無表情だったのに、篝の名を口にした時にのみ忌々しそうな表情を見せられては不穏でしかない。
何の恨みが…というか、篝はこいつに何をしたんだ!?
『……まぁ、篝だからな…』
白叡の呆れたような仕方なさそうな溜め息混じりの呟きを聞きつつ、改めて不知火の持つ武器を確認してみる……と、篝が蘭丸を打ったのと同じようなトゲ付きの金棒?
『金砕棒だ。篝の金棒より細長いし八角だが……まぁ、似たようなものだな』
相変わらずの武器知識披露を聞き流しつつ、とにかく攻撃を避けることを考える。
武器が何であろうと、鬼の力で殴られたら……即死だ!!
打ち砕くような攻撃でアスファルトが陥没するほどの威力。
とてもあの体格のヤツが繰り出してくる破壊力ではない。
いや、篝とかも似たようなものかもしれないが、やはり鬼故の力技なのだろうか?
まさに、鬼に金棒。
金砕棒を振り回す鬼とどう戦えば…いや、どう逃げればいいんだ?
鬼のスピードと腕力であんなものを振り回されたら堪らない!
長さのある金砕棒の間合いはそれでなくとも広く、不知火の攻撃スピードも加わった状態で俺がどこまでで耐えられる!??
辺りを見渡すが……背後は行き止まりの狭い路地。
こんな大して広くもない場所で逃げるにも、避け続けるにも限度がある。
何より反撃することが俺にはできない。そして、白叡も鬼の実力者相手の戦闘は……
『……あぁ、できることなら避けたい』
舌打ち混じりに答えられた。
おそらく実力差以前に、今の状態…俺を庇いながらでは厳しい、てことだよな?
『分かっているじゃないか』
あぁ。分かってるよ。
かろうじて避けることしかできない自分の無力さも含めて、な。
ジリジリと間合いを詰めてくる不知火。
俺は目を離さないまま警戒する。
『──宗一郎、よく聞け』
……え?
『流石に鬼の実力者をまともに相手するわけにはいかないが、篝たちに知らせることはできる。幸いにも変な結界もない……オレ様が注意を引いている間に、お前はあのキツネの店に行け』
それは……フジの店への来店チャレンジ!?
タイミングが合えばいいが…チャレンジ失敗したらどうするんだ?
『失敗したらそれまでだな。ちなみに、チャレンジしなくても死ぬと思った方だいいぞ』
それはそうかもしれない。だけど……
『オレ様だけなら何とかなる。このまま一緒にいるよりマシだ』
二手に分かれたところで不知火は俺を狙うだろう。
白叡が不知火の注意を引いている間に俺は来店チャレンジ、白叡自身は不知火の相手をしつつ篝たちへ知らせ、合流。
…………可能なのか?
『言っているだろう、このままお前がいても邪魔だ。いいからやれ──死にたくなければな』
吐き捨てるように言われ、俺は覚悟を決めた……いや、決めるしかなかった。
そして、呟きより小さな声で答える。
「……分かった。店で待ってるから、迎えに来てくれよ?」
『あぁ』
白叡の返事を聞いたのとほぼ同時──俺は不知火に向かい全力でダッシュし、一気に間合いを詰める!
「!?」
まさか自分の方へ向かってくるとは思わなかったのか、その一瞬の反応の遅れを見逃さずに俺は不知火の傍をギリギリすり抜け、そのまま走り抜ける。
そしてすれ違った瞬間、俺の左手から強い妖気をまとった白叡が飛び出した!
「なに!?」
ドンッ
不意打ちで体当たりをされた不知火だが体勢を崩されながらも反射的に金砕棒を振い、繰り出されたその一撃をかわす白叡。
だがそれで済むはずはなく、そのまま白叡を攻撃しながら俺を追おうとする不知火の行手を阻むように臨戦体勢のまま
『このまま行けっ!』
白叡の声が響く。
不知火と白叡の緊迫した攻防を背後に感じながらも、言われるがまま俺はもう振り返ることなく走る。
とにかく走って走って走って……
──頼む、腕輪! フジの店への道を繋いでくれ!!
左手で右の腕輪を握り、全力で強く強く念じ……いや、これ以上はないほど全身全霊で祈った。