好みはそれぞれ!!?
篝の古い友だちに会うため、幻夜のマンションを出た俺たち。
「その友だちって、紅牙も会ったことあるのか?」
ふと気になって聞いてみれば、篝はちょいちょいっと前髪を整えながら、
「んー…たぶんないはずだよ。ただ、17年前の事件は知ってるよ。紅牙探してる時に何度か話聞きに来てるしねっ」
そう言って微笑んだ。
なるほど…仲間たちは紅牙を探すために各々友人たちから情報提供してもらっていた、ということか。
──紅牙が転生した俺を探すことは、鬼そのものを探すよりだいぶ難しかったはず。
ちゃんと見つけてくれたことへの喜びと感謝は常々感じているよ。
見つけてもらえていなければ、鬼の手下にいつ殺されてもおかしくはなかったのだから。
……まぁ、今も絶賛命狙われ中だけどな。
その後は取り止めのないような話をしつつも連れて来れられたのは、店構えも立派で地元では有名な老舗和菓子屋。
ここは通常和菓子だけでなく、店頭販売のたい焼きも美味いと評判で俺もお気に入り……そういえば、前に彼方も買ってきてたな。
……て、そうだよ! 俺この店に何度も来てるぞ!?
まさか知らずに妖怪のいる店に来てたのか……!!?
「か……篝の友だちは、ここにいるのか?」
「うん、とりあえず中に入ろうか⭐︎」
篝に促され、たい焼き待ちの行列をすり抜けてドキドキしながら店内に入ると──ショーケースには和菓子に贈答用の羊羹や生菓子、棚には煎餅などの商品が並んでいる……見慣れた光景だ。
相変わらずの人気で広い店内には年齢問わず何人も客がいるが、女性客だけでなく店員までも…その視線が篝に集中している……?
そして、視線ににっこりと微笑んで応える上機嫌の篝。
そうだった。
こいつ……所謂イケメンだった。
高身長で綺麗な顔立ちのイケメン入店に沸く店内。
篝……分かってて笑顔を振り撒いてるな?
『何を今更言っている……最初からコイツがいつもの姿じゃない時点で目的はコレだろ』
呆れているというより、うんざりした様子の白叡。
そうか…前に彼方が、篝は“女の子好き”って言ってたな……。
それにここへ来るまでも入念に身だしなみチェックをし、道ゆく女子たちに笑顔を振り撒いていたことを思い出す。
と、その時。
キーーーーーン……
「!?」
耳鳴りのような音が響き、サァッと一気に周りの景色がモノクロとなったかと思うと、急に無音になった…!?
俺と篝にだけ色がありここだけが世界から切り取られたような、結界とも少し違うようだが周りの空間と次元がズレているような感じと言えば良いのだろうか?
こちらからは見えているのに、周りからは俺たちが認識されていない??
「……店が騒がしいと思えば…お前か、篝」
!!
不意に聞こえた子どもの声に驚き、その声の主を探す……と、俺たちのすぐそばに小さな女の子が立っていた!?
今まで誰もいなかったところに、しかも間近に立たれて驚いたのもあるが、その立っていた小さな女の子の容姿にも驚いた。
豪華な朱い着物に結い上げた黒髪には椿の髪飾り、茶色の勝ち気な瞳で顔立ちの整った色白美人…見た感じ、7歳の七五三のようにも見えるが明らかに佇まいが人間の子どもではない。……まぁ、間違いなく妖怪なのだろうけど。
「久しぶり! 椿姐さん」
パアッと嬉しそうな笑顔の篝とは対照的に、冷たい表情の女の子……椿…姐さん?
「……何をしに来た?」
「せっかくこっちに来たから挨拶に来たんだよ。元気そうで良かった」
明るく懐っこい篝に、あくまで塩対応の姐さん。
篝を軽くあしらいつつこちらを見ると、
「──で、こいつは?」
「この子は友だちの宗一郎。宗一郎、こっちは椿姐さん。座敷童だよ」
塩対応の姐さんとは対照的なキラキラ笑顔の篝が間に入って紹介してくれたが……座敷童!!
家にいると縁起が良い、繁盛するって話の!?
確かにこの店は大繁盛してる……!!
俺でも知ってるメジャー妖怪・座敷童像まんまの感じ…ようやく周知されているイメージ通りの妖怪に出会えた気がする!
妙に感動している俺をじぃっと見つめてから、
「──以前から中途半端な気配の奴が度々来ていると思ってはいたが……鬼、お前店へ来てただろう?」
訝しげに言う姐さんに、篝も確認するような視線を俺に向けたので、
「実は何度か……普通に買い物に、だけど」
「え、そうなの!?」
驚く篝に、頷く俺。
だが、尚も姐さんは俺を凝視しながら、
「あと、今日はもう一つ知ってる気配もするが……どういうことだ?」
それは…もしかしなくても、白叡のことだよな?
確かに微妙に鬼の気配がする俺の中に天狗傘下のイヅナが入っている状態は、一般妖からしてみたら疑問に思ってもおかしくはない?
しかも“知っている”ということは、少なくとも白叡は以前から面識があるということ……?
『オレ様は直接会ってないぞ。彼方越しで、しかな』
なるほど。ということは……やはり俺の中に白叡がいることに気づかれるのはややこしいことになるのでは──?
若干焦った俺が答えに迷うより先に、
「あぁ、うん。ちょっと訳ありで⭐︎」
そう笑顔で押し切る篝をしばらくじっと見つめてから姐さんは小さく溜め息をつき、それ以上詮索はしてこなかった。
そもそも篝も詳しく話す気はないようで、さっさと話題を変えるように、
「そうそう、ボクに子どもの姿って良いよって教えてくれたのは姐さんなんだよー。ね?」
にこやかにそう言ったが、姐さんはプイッと顔を背けた。そして、
「うるさい。帰れ」
冷たく言い放つ、あくまでも塩対応の姐さん。
どういうつもりで子どもの姿を薦めたのかは分からないが……言われた通り基本普段は子どもの姿でいるらしいから篝本人も気に入っているのだろう。
が、それにしても、
「……嫌われてないか?」
「えぇ!!? そんなことないよね!?」
俺の言葉に明らかに動揺しながら確認するが、
「騒がしい奴は嫌いだ」
姐さんは態度を変える気はないらしい。
確かに、騒がしいもんな…しかも、
「でも姐さん、綺麗な顔好きでしょ!?」
自分で言い切れる自己肯定感の高さに驚いてしまったが、当の姐さんは再びプイッと顔を背け、
「……お前は嫌いだ」
冷たく言い放たれてがっくり項垂れる篝。
それを無視し、姐さんはちらっと辺りを確認すると、
「今日は……あの狐は一緒じゃないのか…?」
その言葉にガバッと顔を上げ、
「幻夜くんはもう絶対連れてこないからね! 姐さん、幻夜くんばっかり見るからイヤ」
あ…姐さん、幻夜が好みなのか。
確かに幻夜は綺麗な顔してるもんな。
たぶん本当にホストやってるから人当たりも良さそうだし……本性はともかく、だが。
こうなると若干、彼方とか天音はどうなのか気になるな。
二人も外見は良いし?
『……天音は知らんが、彼方は…面食い座敷童の好みとは違ったようだがな』
あぁ…そうなんだ。
確かに全員タイプの違う美形ではあるが、姐さんはあくまでも幻夜のようなキラッキラの美形がお好みなのだろう。
……よりによって幻夜をチョイスするところが何とも言えないが。
にしても、拗ねる篝を冷たくあしらう様子からして、いつもこんな感じなんだろうな…この二人。
おそらく口で言うほど仲も悪くないし、むしろ仲が良いのだと思う。
そんなことを俺が考えていると、面倒な話題を切り上げるように、
「ところで、篝…お前がこちらにいるのは最近の鬼たちの動きと関係あるのか?」
その言葉に篝の表情が変わる。
「……何かあった?」
「最近、鬼の気配がすることがある…上位のだ。直接襲われた者がいるわけではないが、眷属ならともかく上位鬼がうろつく状況…しかも複数となれば、こちらにいる妖どもが怯えていてもおかしくはなかろう?」
「姐さんは直接見たり会ったりしたの?」
篝の確認に姐さんは小さく首を振る。
「いや、私はこの店から出ることはほぼないから出会したことはない。この辺りの妖たちから聞いた話だ」
「そう……。一応ターゲット以外は大丈夫とは思うけど、人探しをしてるみたいよ?」
篝は完全に他人事の体でそう言った。
その探してるってのは、俺なんだけど?
「少し前までお前も人探ししてただろう?」
「うん、ちゃんと見つかったよ」
にっこりと微笑んで返す篝。
姐さんは篝から一瞬俺に視線を移した後、
「……そうか」
納得したように小さく微笑んだ。
それを見て満足そうな笑みをうかべた篝だったが、姐さんの方へ押し出すように俺の肩に手を置くと、
「それはそうと、実はこの子記憶喪失みたいで昔のことすっかり忘れてて……姐さんボクよりお姉さんだし、物知りでしょ? 記憶を取り戻すのに何か良い方法知らない?」
間違えてはない……昔=前世だけど。
まさか俺もこの場で記憶の話をするとは思わず驚いたが、姐さんに至ってはさらっと篝より年上なのをバラされた上、急にそんな話題を振られて困惑した様子で、
「記憶喪失……? 妖が、か?」
「まぁ、いろいろあってね」
姐さんは俺に視線を移すと、確認するように言った。
「……過去のことを何も覚えてない、ということか?」
「ほとんど…いや、何も覚えてない……です」
あくまでも正直に答えた俺。
姐さんはあからさまに困った顔で暫し悩んだ後、
「私には一般論でしか言えんが……経験のあったであろう五感はキッカケになりやすいとは聞く。特に嗅覚は記憶と結びつきやすいらしいな」
匂い……か。
俺と篝の視線が合う。
たぶん、俺の中の白叡も同じことを考えたはず。
──血の匂い
それ以上に紅牙を呼び覚ませるような匂いは、ない。たぶん。
だが……以前のあれでは思い出したとは言えない。
この場に一瞬にして流れた緊張感にも似た微妙な空気。
それを破ったのは姐さんの小さな溜め息。
「もし一通り試してもダメだったのなら……単に思い出せないのとは違い、記憶に蓋をしている状態かもしれんな。記憶に蓋…更に鍵をかけている状態なのだとしたらその鍵に意味がある。本人にしかその鍵は分からないだろうが……」
改めて姐さんは俺の目をじっと見つめるように見上げてくる。
「確認するが、思い出したとして後悔はないか? 受け入れる覚悟は本当にあるのか?」
俺は自分の気持ちを再確認し、自身に誓うように答えた。
「……もちろん」
姐さんは再び溜め息をつくと、
「ならやはり、まずカケラ集めだな。今のお前が好きなものや苦手なものを手掛かりにするのもいいかもしれないし──宗一郎……お前は篝の友人なのだろう? 篝…昔からの仲間に思い出話でも聞かせて貰え」
やっぱり……姐さんは俺が“紅牙”であることが分かってる…?
俺の視線に椿姐さんは不敵な笑顔で応えると、そのまま姿を消した。
同時に周囲に色が戻り──俺たちがいた空間が元の空間と混じり合って、再び騒がしさと篝への熱い視線が戻ってきた気がする。
「……やっぱり、地道にいくしかないのかもね」
篝はそう仕方なさそうに笑った。
そして、何も買わずに帰るのも申し訳ないからと羊羹を茶請け用に買って店を出ることになったのだが……
「ここの羊羹美味しいんでしょ? ボクは甘いのあんまり食べないけど……たぶん、この前彼方ちゃんが幻夜くんにもらってた羊羹もここのだったと思うよ」
あぁ、一本喰いしてた……アレか。
確かにこの店の商品はどれも間違いなく美味いけど、丸齧りはどうかと思う。
まさかそんなところまで繋がりがあったとは…。
思いもよらず、この店に何かと縁があることに妙な気分で店をあとにするのだった──。