危険と安全は紙一重!!?
ファストフード店の前で彼方と別れ、俺は自宅へと向かっていた。
──時刻はすでに18時を回り、辺りも暗くなりかけてきている。
本来なら30分程の帰り道のはずが何時間もかかってしまった……。
無我夢中で逃げ回ったせいでだいぶ遠回りになったしまった上、訳のわからない出来事に巻き込まれて正直、身も心もボロボロだ。
はぁぁ……
溜め息も重い。
今までの人生、17年間のうちでもだいぶ濃い数時間だったな……。
ふと、俺は自分の左手を見る。
「…………」
別に何も変わったこともないし、何の変化もない。
もちろん、体にも精神にも変化はないし、何の影響もなさそうだ。
……いや、疲労感は十分すぎるほど感じてはいるが。
「……ホントに大丈夫なんだろうな…?」
俺は誰にともなく呟きつつ、左手をひらひらと返してみる。
この左手には妖怪が入っている……たぶん。
でも、見た目も何も変わったところもなく……いつもどおりの俺の左手だ。
もしかして……
今日の出来事は夢??
そう思えるほどだ。
というか、そう思いたい……!!
「──……」
うん! そういうことにしよう!!
きっとアレは俺の見間違いとか、錯覚だ!
彼方とかいうヤツも……
『……往生際悪いな、お前』
「何言ってるんだ! 俺は常識人かつ、リアリスト……」
……ん?
……あれ?
何だ、今の声は??!
うっかり答えてしまったが……
「……ッ??!」
慌てて辺りを見回しても誰もいない……!?
「……ま…さか…?」
妖怪?? 敵(?)──!!?
『……確かに妖だが、オレ様は敵じゃあない──一応』
「!!」
やっぱり聞こえた!
はっきり聞こえたぞ!?
……正確には、頭に直接聞こえたかんじだけど。
ていうか……考えてることが筒抜けになってないか??
この声の主に思い当たるのは……
俺は、恐る恐る自分の左手に目をやる。
「もしかして……彼方の…??」
確か……“イヅナ”って言ってたけど?
『……そんなことより、お前──尾行られてるぞ?』
「え??!」
そんなにさらりと言うことじゃないぞ……!?
薄暗く、人通りもない……よく考えてみれば、妖怪でなくとも襲うなら恰好の場所だ。
あぁぁ……! なんでもっと大通りを通らないんだよ!? 俺!!
だが、今更自分を責めても、後悔しても遅い……!
そして、再び頭には無情な現実を告げる声が聞こえた。
『──…来るぞ』
え? えぇ!?
まだ心の準備が……!!
俺が慌てて後ろを振り返った瞬間……!
ガッ!!
「!!」
足元に何かが飛んできて刺さった??!
「な…なんだ……ッ??」
俺の足元すれすれのアスファルトには……
「デカい包丁……??」
『──鉈だな』
そこにはデカい包丁……もとい、鉈がアスファルトに突き刺さっていた。
鉈なんて初めて見たぞ!?
こんなの当たったら……かすっただけでも、ただじゃすまない!!
鉈は本来薪割りとかに使うんだぞ!?
……使ったことないけど。
どちらにしても、人に向かって投げるものでも、使うものでもないだろ!!
この場で、そんな心の中の叫びなんてものは無意味。
そんなことは分かっている……!!
鉈が飛んできた方向に視線を移せば……
暗闇からゆっくりと近付いてくる人影──?
薄明かりの街灯に照らされたそいつは、昼間の奴らのように人間<妖怪な外見をした……女?
その手にはしっかりと(先程飛んできたものとは別の)鉈が握られている!
「…さっそくか……?」
冷や汗が流れるのを感じる。
本能的な恐怖に足が竦み、わずかに後退るのが精一杯だ……
明らかに殺気を放った妖怪相手に勝てるわけも、逃げ切れるわけもない。
それ以前に足が動かない……!
たとえ、鉈を持ってなくても無理だ!!
恐怖に固まる俺を嘲笑うかのように、そいつはじりじりと近付いてくる……!!
女の大きく裂けた赤い口がゆっくり開き、
「紅牙ね……? 宝はどこ……?」
──あぁぁッ! やっぱりか!?
殺す気満々で質問されても、俺に答えるすべはない!
むしろ、知っているものなら教えてやりたいが…どっちにしても殺されそうだ。
「そう……答えるつもりはないのね?」
女から殺気が漂っている……ように見え、その手に持った鉈のゴツい刃がギラリと光った……!?
「裏切り者は──死になさい!!」
そう言ったのと同時に女は俺との距離を詰めると、鉈を振りかざした!!
「……ッ」
うあぁぁあ! もうダメだぁっ!!?
迫る鉈──
俺が死を覚悟した瞬間
『──なに弱気なこと言ってる?』
その声と同時に、俺の左手が勝手に前へ……?
「……え?」
俺の左手が一瞬強い光を放ったかと思うと……
バシィッ!
「なっ……!??」
女が振り下ろした鉈が光に弾かれた!?
弾かれた鉈が後ろに飛んで、勢いよく地面に突き刺さった。
「何っ!?」
予想外の反撃(?)に驚く女。
そして、
「え? えぇ??!」
女以上に驚いている俺。
その間、俺の左手から小さな光の塊が飛び出した……!
「……!?」
シュッ……
──それは、本当に一瞬の出来事。
「な……?」
唖然とする俺の目の前で、驚愕した表情のまま…女の首が飛んだ──。
目の前で崩れるように倒れる女……そして、黒い霧となって消えていった。
──ふと、あの時の光景が蘇る。
あの時も、妖怪を倒したのは……たぶん、こいつだ。
それは今、俺の目の前でふよふよと浮かぶ…淡い光を放つ小さな白い動物だった。
これが、彼方の言ってた……イヅナ??
そいつは俺を見据えたまま、
『……挨拶が遅れたな、オレ様の名は白叡。彼方からお前のお守りを頼まれた』
「おもり……ねぇ」
間違ってないかもしれないけど、ひっかかる言い方だな……
外見は耳が少し長めだけど…イタチのような、フェレットのような……?
いやいや!
そんな可愛いものではない……!
赤い……まるで柘榴のようなその瞳は禍々しく、明らかに凶悪そうだ。
……まぁ、妖怪だしな。
しかも、なんか口調も高飛車っぽいし。
釈然としない俺に、
『まぁ、そういうわけで……しばらくよろしくな? 宗一郎』
そう言ってニヤリと笑う(?)と、白叡の体は再び小さな光の塊となり、俺の左手に入った。
「……」
静まり返った辺りに立ち尽くす俺……。
やはり現状は変わらず…いつ襲われるか分からないのか……。
改めて左手を確認する。
見た目も感覚もいつもどおりだ。
でも、その存在はこの目と耳ではっきりと確認した。
今はこいつを信じるしかないんだな……?
『……あぁ、そうそう、オレ様の声も姿も普通の人間には分からないから安心しろ?』
普通の人間、ね。
じゃあ、俺はその中に入りたいよ?
……再び聞こえた声。
その言葉に、自分が普通の括りから外れている現実を突きつけられたようで……なんだかひどく落ち込んだ。