混ぜるな、危険!!?
紅い荒野にて、夜明けとともに現れた敵──鬼の実力者の一人、浅葱。
それと対峙する篝と天音は、これから始まるだろう派手な戦闘いにヤル気満々。
その様子に後方で見守る幻夜と彼方の溜め息が重なり……守られているだけの俺ではあるが、色々な意味で不安を感じたのは言うまでもない。
俺のそんな不安をよそに……天音と篝は改めて浅葱に向かい、
「待たせたな、相手してやるよ」
「ま…どうせ、ボクらの相手としては物足りないけどねっ」
……どこまでこいつらは敵を挑発したら気が済むのか?
案の定、浅葱は怒りに震えていた…。
正確には、最初の篝たちの“所詮ザコ”的発言への怒りで言葉を失っていたようだけど。
その浅葱が震える手で取り出したのは……鞭!?
「貴様等──どこまでも私を侮辱しおって……ッ!!」
うん、その言葉も気持ちももっともだと思うが……相手が悪い。
浅葱は怒りを滲ませて忌々しそうに言うと、革製と思われれる黒い鞭をビシッと構え、ソレに妖気らしきものを纏わせて振り回し始めた…!
「さぁ……っ! 跪くが良い!!」
おいおい……こいつもか。
もうS気質は十分だろ? むしろ出過ぎだろ!?
ただ、こいつの場合、武器が鞭なので余計にそんな感じがするのか……?
……いや、もうこれが妖の本質なのかもしれない。
最早、妖の気質にうんざりしてきた俺の気持ちなんて構うことなく、浅葱は篝と天音目掛け得意げに鞭を振り回している……!
時折地面に当たるその鞭攻撃は地面を大きく抉るような威力を持っていた。
だが、二人は簡単にそれをかわし、反撃の機会をうかがっている──?
その戦いを先ほどよりも離れて見守っている俺たちだったが……
「…うーん、これは面倒かもねぇ」
「え?」
彼方の言葉に思わず聞き返した。
だって…こいつらならどんな相手でも問題なさそうなのに?
──というか、その前にさんざん挑発しちゃってるのに!?
「鞭は元々高い技術を要求される武器…しかも浅葱はそこに妖力を込めている。普通の鞭でだって使い手次第で肉も骨も切れるからね」
幻夜がそう言うのからには、そんな厄介な武器の使い手…浅葱が一応“実力者”の一人というのは伊達ではなさそうだ。酷い言われようでは有ったけど。
「で…でも、鞭は間合いが広いけど、その中に入っちゃえば……っ」
「その間合いに入るのも簡単ではないし、当然その時の対応策もあるだろ」
必死に考えた俺の作戦(?)もあっさり幻夜に切り捨てられた……しかも溜め息混じりに。
だが確かに、妖気を込められている上、普通の鞭とは思えない予測不可能な動きで攻撃してくる。
そのためか、篝たちは苦戦を強いられているように見えた。
「……まぁ、短銃のままじゃ難しいだろうな」
幻夜の言うように、鞭の隙間を狙って放たれる篝の銃弾も、その真っ直ぐな軌道が読みやすいのか、避けられてしまっている?
「篝も分かってるんだろうけど……このまま刀に変えても間合いが届かないね」
それでも、二人とも上手く鞭攻撃からは身をかわしているようで、致命的な傷…いや掠り傷もほとんどないようだった。
もちろん、戦いを見守る俺たちにその影響はない。
離れた場所で見ているというのもあるが、おそらく幻夜が結界を張って守ってくれているためだろう。
それに天音の言葉からすると、浅葱の標的は俺と篝みたいだが、まずは目の前の篝と天音から…ということもあるか──だいぶ挑発されてたしな。
現時点の戦況は攻防を続ける浅葱と篝に対し、天音は攻撃をかわしつつどう手出ししたものか考え中…といったところだろうか?
……そういえば、天音がどう戦うのか知らないし、まだ見たことがない。
実際に見たのは、河童の流に投石したのくらいだろうか?
──その時の映像が頭をよぎる中、天音に視線を移すと…
「あれは……羽??」
天音の手には数本の黒い羽!?
「天音の武器ってあの羽なのか?」
驚きつつ訊いた俺に、幻夜はやや首を傾げるように答えた。
「あぁ、確かに羽はいろいろ便利なんだが、武器というほどのものじゃない。一応妖気を込めているから威力はあるかもしれないが……あくまで補助的なものだな」
「天音の武器は別のモノだよ。でも…それも間合いに入れた方が確実かな?」
彼方の言う、別のモノ…というのも気にはなるが、羽でどうするというのだろう?
……よく漫画とかで羽が使われているのを見たことはあるが、実際の羽に威力なんてものはないことくらい…俺でも分かる。
そこへ妖力を込めたとして、どこまでやれるのだろう??
次第に激しくなっていく浅葱の鞭攻撃……。
鞭の特性なのか…そのしなり具合は浅葱の意志を的確に攻撃へと変え、妖力を込められ威力を増している一撃は相当の破壊力を持っていた。
その攻撃の軌道も読み切れない…いや、俺にはすでにその動きすら見切れてもいないが。
「そうだ、宗一郎…あんまり熱心に見ない方がいいよ」
「え?」
ふいにそう言われ、思わず聞き返えすように彼方を見たが、答えてくれたのは幻夜だった。
「篝と蘭丸の戦いですら妖気解放を誘発されたくらいだからね。今回はその比じゃない…もっと激しくなる──…」
“お前も、必ず戦闘いたくなる──”
幻夜の眼鏡越しの紫瞳はそう言っていた。
「相手はともかく、あの二人がノリノリだからねぇ」
困ったように苦笑をうかべながら彼方はそう言った。
──そうだった!
こんな状況…戦いを真剣に見てたら、また俺から妖気が解放されてしまいかねない。
余計に面倒を起こさないためにも気をつけなくては……!
俺が改めて気持ちを落ち着けようとゆっくり深呼吸する中、
「とりあえず、先に手を打っておく方が良いだろう…」
そう言って、幻夜は俺たちを囲う結界をより強化した。
……もしもの時、紅牙の気配を察知されないように。
「ありがとう…幻夜」
とりあえずお礼を言うと、幻夜は溜め息混じりの苦笑をうかべ、
「まぁ、紅牙のこと…だからね。前回くらいで反応したのは予想外だったけど、覚醒のきっかけとも考えられるし…戦闘に過敏になってるのかもしれない。……何より、あの二人が戦闘っているのを目の前にしてあの好戦的な紅牙が黙っているとは思えないからね」
その言葉に申し訳ない気持ちに…いや、その信用のなさの方が気になったが……反論できない。
前回も無意識だったわけだし?
話に聞く紅牙は戦闘マニアらしいし??
まぁ、とにかく……幻夜の結界のおかげで一安心といったところだろうか?
あまり本心からは喜べないが、紅牙の記憶を思い出す…覚醒のきっかけとなるのならそれでいいのかもしれない。
俺だって思い出したいとは思っているが、こればかりはどうも俺の意志とは関係ないようだしな。
そうこうしているうちに、戦況に変化が起こった──!
「弾丸など無意味!! それに逃げてばかりでは勝負にならぬだろうが……ッ」
やや苛立ちすら滲ませながら、鞭をしならせ言う浅葱に、
「いやぁ、そうでもねぇよ?」
そう小さく言うと、天音はその手に持っていた妖気を込めた数本の羽を投げた──!
天音から次々と放たれる黒い羽は、そのまま浅葱を攻撃するでもなく、浅葱の攻撃間合いのやや外側を囲うように宙に浮いた状態で止まっている……!?
「何だと……!?」
予想外の天音の行動に、浅葱だけでなく俺も驚きと戸惑いをおぼえていた。
アレに何の意味があるというのだろう??
──その答えは、直後に判明することになる。
「さぁ、反撃開始だよ?」
篝の好戦的な笑みと言葉によって、本当の戦いの火蓋が切って落とされた──!