理由はいらない!!?
半ば無理矢理ではあったが、ようやく辿り着いた“紅い荒野”──。
確かにここは紅牙たちが最後に、いつものように楽しく過ごした大切な思い出の場所。
──紅牙の強い思いがあった場所。
だからこそあの時、断片的ではあってもこの光景が見えたのだろう。
ただ、紅牙の記憶…思い出の場所であるのは確かでも、これは記憶の断片の一つにすぎない。
真の紅い荒野を“いつか皆で見たい”。
それが…彼方が俺をここへ連れてきたかった本当の理由かもしれない。
もしも見ることができたのなら、紅牙の記憶が蘇るのでは……そう思ったかもしれない。
残念ながら、真の紅い荒野を見るという願いは今回も叶わなかったけれど。
俺は今その地にいる。この目で見て、この足で立っている──なのに、俺はその言葉を…願いを覚えても、思い出すこともできなかった。
……また俺は彼方に悲しい思いをさせてしまった。
たとえ、その表情がいつもと変わらぬ笑顔であったとしても、分かるよ……その真実を映し出す、琥珀色の瞳を見れば。
いたたまれずその瞳から逃れるように、俯いた俺。
覚えていない、思い出せない自分に情けなさと怒りを感じずにはいられなかった。
俺に記憶がないということが、この幻妖界や秘宝がどうとかいう以前に、仲間であるこいつらに迷惑をかける。
こいつらを…彼方を傷付けている……?
「──…本当にごめん」
心から申し訳ない思いで、自然と口をついた言葉。
「どうしたの? 急に」
俯いたままの俺に、篝が心配げに顔を覗き込んできた。
「……俺、本当に少しずつだけど自分が紅牙だった実感がでてきたのに…確かな記憶もないし、何より俺…お前たちのこと覚えてない……ちゃんと思い出せない…ッ」
友達だった、仲間だったはず…大切にしていたはずなのに──!
「何を言い出すのかと思えば……今更だよ、宗一郎」
どこか呆れたような苦笑で言う幻夜、その横から、
「そんなこと気にしてたのか? ……あのなぁ、宗一郎、オレらは仲間としてここにいるんだ。お互いを認め合った仲だからここにいるんだぜ?」
そう言って天音は改めて俺を見つめると、
「仲間ってのはどんなに時間や距離が引き離したとしても変わらない、けして切れない絆を持った奴らのことをいうんだ」
──…けして切れない絆?
「敢えて口に出すまでもないことだよ?」
篝は付け加えるようにそう言って、にっこりと微笑んだ。
そして幻夜がそれに続くように、
「……きっかけはともかく、僕たちは互いを仲間として認め合ったから一緒にいたし、今もこの場にいるんだ」
呟くように言った後、改めて俺に向かい、
「その事実はけして変わらない……どんなに状況が変わっても、たとえ姿形が変わったとしても、互いが互いである限り、ね」
「……幻夜…?」
俺にとって、その言葉は少し意外な気さえした。
他の奴らならともかく、幻夜の口から聞くことはないと思っていた……。
幻夜は仲間としても一歩引いて客観的に見つめているようなドライさがあったからだろうか??
だが、今の言葉ではっきりした。
そこには偽りのないモノを感じた──。
俺のことも仲間としてちゃんと見てくれている、認めてくれている、と。
「まぁ、そうでもなけりゃあ…オレらバラバラの種族がわざわざつるむと思うか? ……はなっから覚悟が違うんだよ」
そう言ってやんちゃな笑顔を見せた天音。
そう……だよな。
本来なら敵対しているはずの鬼・天狗・妖狐の三妖が仲間として一緒にいた──。
そして、今もこの場に一緒にいるんだから……昔のように。
……すると、今まで黙って聞いていた彼方が静かに口を開いた。
「……確かに、紅牙は認めてなかったかもしれない。宗一郎にも信じてもらえないかもしれない。でも、オレたち…オレにとっては大事な仲間なんだ。一緒に笑いあったり、ケンカしたり…命を懸けて戦ったり──その全てが楽しかったんだ。何よりもなくしたくない大事な仲間で、居場所だった…大切にしたい絆がそこにあったんだよ」
彼方の真摯な…でも優しく、温かな琥珀色の瞳が真っ直ぐ俺を見つめていた…。
「……てるよ」
「え?」
「分かってるよ……そんなこと」
俺だってもちろん、紅牙だって…………ちゃんと分かってる。
同じ気持ちでいるよ。
掛け替えのない大切な仲間で──大事な絆がある、と。
「……うん」
俺の言葉に嬉しそうに微笑んだ彼方、そして他三人にも同様に笑みがうかんでいた。
申し訳なさと感謝の気持ちが俺の心を駆け巡って……何よりも、確かな安心感が生まれたような気がした。
俺は、こいつらと仲間という絆で確かにつながっている──。
「焦らないでいいんだよ、ただ前に進むことを止めないで欲しいだけ」
篝は微笑みながらそう言った。そして、
「それにね、自分を責める必要もないよ、宗一郎。……言ってるでしょ? 現状を…現実を楽しんで、て」
彼方もにっこりと微笑んだ。
「どうせなるようにしかならねぇよ。だが言っとくが、これは諦めじゃねぇ……どうなるのか先を楽しみに変えてけってことだぜ?」
「……結局、最後に信じられるのは自分自身だ。自分が見て、感じたものを信じればいい。何を信じ、何を疑うか…受け入れるか、否定するかは自分で見定めるんだ」
「……うん…」
天音と幻夜の言葉に…俺は自信はないものの、でも覚悟を決めるように頷いた。
そして、俺は改めて四人を見渡すと、
「──…一つだけ、聞かせてくれるか? 紅牙も含めて、お前たちは元々敵同士の種族…なのに、何で……」
一緒にいることを決めた──?
仲間であると認め合った──??
「決まってんだろ、そんなこと…!」
俺の言葉を遮るように天音が呆れたように言った言葉に、
「「「「気に入ったからだよ」」」」
四人全員が笑顔でそう続けた。
「そう……か」
“気に入ったから”
──その一言で十分だった。
だから仲間になった…だから一緒にいた。
種族も立場も関係ない──自分自身で決めたんだ。
皆の笑顔はそう語りかけていた。
俺の不安も迷いも、その一言と笑顔で晴れていく……。
この先は興味本位じゃ済まされない。
もう踏み入れてしまったからには…踏み込んだのは俺自身、だから。
前に進まなきゃ──!
逃げちゃ駄目だ…!!
もう引き返すことは出来ない。
いや、引き返すつもりもない。
俺はこいつらと一緒に前に進むと決めたのだから。
必ず紅牙としての記憶を取り戻し、こいつらのことを…共に過ごした日々を……思い出すんだ。
そして、紅牙が抱え込み、封じようとした真実を──!
「でもね、宗一郎…何度も言うようだけど、時間がないことも事実なんだ」
──…それは、どこか辛そうな篝の言葉。それに幻夜は頷くと、
「せっかくだ、ここらで状況整理をしよう」
そう切り出し、仕方ないといった様子で天音たちも黙って幻夜に視線を移す中、
「皆揃ってるし、いい機会だろ? 宗一郎の記憶も戻りかけているようだし…君には少しでも現状の把握をしてもらい、更に覚醒を進めるきっかけにして欲しい」
俺の記憶は曖昧なものも含めて戻りつつあることは確かだ。
だが、幻妖界のことも…妖のこともよく分からない。それらの現状となれば尚更……。
しかも俺自身の命に関わってくる!?
「確かに、記憶の話以前に幻妖界の現状は17年前とは変わってきているしな。現状の把握は必要だろう……オレらにとっても確認しておく良い機会になるしな」
そう天音は頷きつつ、煙管の灰を捨てると新たに火を付け直す。
「記憶があろうがなかろうがすでに事態は動きだしているからね……」
幻夜はそう言うと、焚き火から小枝を一本取り出すと、地面に鬼を頂点に天狗・妖狐の文字を三角になるように書き、鬼に向かいニ本の矢印を加えたのだった──。