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無理矢理スタートライン!!?

 “すべてはそこからだろう?”


 幻夜の言葉が重くのし掛かる……。

 そして、再び訪れた気まずい沈黙。


 ──そう、皆分かっているんだ。


 俺…紅牙の記憶が全ての鍵を握っている。

 俺が()()を思い出すことで動き出す“何か”があることが……。


 だからこそ、幻夜はそのきっかけを作るために動いている……それが仲間の、彼方の反感を買うことも承知で。

 だが、俺自身に委ねると言った彼方ですら、夢で見た紅い荒野へ連れて行く決意をしてくれた。


 各自の立場もあるだろう。

 思いもそれぞれだろう…… 。


 それでも、俺の記憶のために動いてくれていることには違いないんだ。

 そうでなければ、俺たちは今この場にいないはずだから──


「まぁ、とりあえず明日には紅い荒野になんとか着くだろ」


 天音がこの重い空気を溜め息混じりの呟きで破りつつ、


「──…ここで揉めてても仕方ねぇだろ。オレらはとにかく今出来る事をすれば良いだけのことだ」


 ──確かに。

 俺が言うのも何だが…この場で仲間同士で険悪ムードになっていても仕方がない。

 今はとにかく出来る事を一つずつしていくしかないんだ……天音の言うように。


「そうだね。ま、宗一郎はとにかく今は休んで、明日に備えて」


 篝はそう言って、俺に微笑んだ。

 それに俺は…複雑な気持ちを抑えつつも頷いて、ここは大人しく横になるしかなかった──。


 ──再び訪れた静けさ。

 横になって、そう経たないうちに俺はそのまま眠ってしまったようだ……。

 気づけば、もう朝で…──


「起きて! 宗一郎っ」


 またもや明るく元気な篝の声で起こされた。

 俺を覗き込むように笑顔を向ける篝も含め、すでに他三名もいつでも出発出来そうなかんじ──…ではあったが、


「……?」


 どうも雰囲気がおかしい…??

 そんな違和感はあったものの、とりあえずそのまま紅い荒野へと出発した俺たち……。


 だが、やはり昨夜の険悪ムードを若干引きずっているのは明らかだった。

 ……もしかして、俺が眠っている間にこいつらの中で何かあったのだろうか??

 俺には分からないだけに、余計不安な気分になった。


 あくまでも、これは俺の感覚…憶測ではあるが……これまでの様子から、幻夜の言動が他三名の考え方とは若干のズレがある。

 結果的には同じであったとしても、幻夜は手段を選ばない…というべきか?

 それを他の奴らが本当に受け入れているかは分からないが、少なくとも幻夜には幻夜なりの考えや思惑があって敢えてそうしているのだろう。

 まぁ、それを俺がとやかく言える立場ではないのだが。


 ──にしても、あれだけ賑やかだった会話もまばらになった上、今までと明らかに違う雰囲気に俺は戸惑いと不安をおぼえていた。

 これは目的地・紅い荒野に一刻も早く到着しなければならない、もう一つの理由が出来たようなものだ…!?


 もちろん、今まで同様山道をピッチ早めで歩き続けていることに変わりはない。

 それに必死に付いていく俺。

 もう、昨夜やこの気まずい空気、まして紅牙について考える余裕なんてない強行だ!

 しかも、この口数の少なさが余計ペースを早めているような気もする…!!


 一応、俺を気遣ってか時折休みながら進んでくれてはいるのだが……これはもう、到着したあかつきには本当に何かしら思い出さなければならないような雰囲気が出来上がりつつあった。

 それに加えて、この気まずい空気が俺に更なるプレッシャーとなってのしかかっている……!?


 ──俺、本当に思い出せるのか?

 本当に、大丈夫なのだろうか……?


 無理矢理思い出せるようなモノでないことは今までからも分かっている。

 これはもう自分の意志でどうにかなるようなモノでない…ということも。


 まぁ、今は深く考えられるような状況でもないし、余裕もない。

 ここはもう、無心で歩くことに集中するしか……!


 そんなことを考えながら歩いていた俺の耳に不意に飛び込んできたのは……幻夜の現実的な一言だった。


「──このままのペースだと今日中には無理そうだね」


 その言葉に彼方は、


「仕方ないよ、こればっかりは」


 いつもどおり柔らかい物腰で答えたが、幻夜はちらりと俺の方を振り返ると、


「──…身体能力だけでも戻っていれば」


 ぼそりと呟いた。が、


「今そう言っても仕方ねぇだろうが、戻ってねぇもんは戻ってねぇんだから!」


 すかさず天音が口を挟んだ。


 その口調に滲むのは…幻夜の言葉に対しての怒りなのか、それとも覚醒出来てない俺に対しての怒りなのか……いや、その両方か。


 一瞬にして広がった険悪なムード。

 それでなくとも昨夜から引きずってるってのに……!?

 すべて俺のせいなのは分かるが、それでも俺にはどうしようもない。

 重たい沈黙が一瞬流れた後、


「……たく、しようがねぇなぁ…」


 ぼそりと天音が溜め息混じりに言うと、


 ヒョイ


「え!?」


 天音に、いわゆる俵抱きで軽々担がれた俺…!?


「……おとなしくしてろ、宗一郎」


 天音は俺に向かいそう言うと、今度は


「ほら! これでいいんだろ!?」


 幻夜に吐き捨てるように言った。

 ……そう、この瞬間、名実ともに俺はこいつらの()()()となったのだ。


「──じゃあ、遠慮なく行くよ」


 幻夜はそう言うと、山道をいきなり走り出した…!

 もちろん他二名、俺を抱えた天音もその後に続く。


 これは、走る…というより、猛烈なスピードで移動しているような感覚──かもしれない。


「ちゃんと掴まっててくれよ?」


 天音の言葉にコクコクと頷くしかない俺……。

 俺を担いでいるにも関わらず、天音の移動スピードは他三人と変わらない。

 これが本来のこいつらの移動スピードなのか……いや、天音だけじゃない、こいつらの余裕さから見て本当はもっと早く移動できそうだった。


 それにしたって、とても山道を移動しているとは思えないスピードだ。

 歩いたって大変な道なき道だのだから。

 そもそもこんな悪路なんて、こいつらにとってはどうってことないのか──?

 今まで俺に合わせてくれていたことに心から感謝するとともに、申し訳なくも思った。


 後ろ向きなのもあって、もう目を開けてるのもちょっと怖いくらいにどんどんスピードが上がる…!

 思わず硬く目を閉じて必死に天音にしがみつく俺に、


「──…宗一郎、ほら、もう着くぞ」


「……え?」


 天音の言葉と同時に徐々に移動スピードが落ち、やがて足が止まったところで……俺は恐る恐る目を開けた。


「…ここが……紅い荒野…!?」


 天音に下ろしてもらい、改めて辺りを見渡す。

 そこに広がっている景色は──


 まだ日暮れ前のはずなのに、分厚い不気味で暗い雲が一面を覆い尽くし、その下にただ広大な大地…紅く焼けた土と岩。

 草木はもちろん、生きる者の気配を感じさせない…むしろ寄せ付けないような荒れた土地。


 これが……“紅い荒野”。


 ──そう、星酔の術で見たあの光景に間違いない。

 その荒野に…この場に俺は今実際にこの足で立っている──やはり、あれは紅牙の記憶の断片であるという確信を胸に。

 これは、俺が無理矢理スタートラインに立たされたようなものかもしれない。


「……相変わらずだな、ここは」


「うん、そうだね…」


 幻夜の言葉に彼方は苦笑をうかべて頷いた後、


「……どう? 宗一郎」


 その問いかけに……俺はもう一度目の前に広がる紅く焼けた大地を見渡しながら、


「──…うん、夢で見たあの光景は確かに()()だと思う」


 そして、俺は改めて俺自身に問いかけるように…言葉を選びながら、


「……でも、何で()()を見たのかはまだ分からない。ただ、この光景も空気も…風も懐かしい感じがする……」


 正直に今の気持ちを言葉にしてはみたものの…これで彼方の求める答えになっていただろうか?

 そっと確かめるように彼方を見ると、


「……そう」


 彼方の表情は笑顔だったが、どこかいつもと違う複雑そうな何かを感じさせた。

 それは喜びと悲しみが入り混じったような……切ない複雑な笑顔。

 その笑顔にちくりとした…心に感じたのは小さな痛み。

 ──と、その時。


「さ、今日はもう日が暮れるよ。今晩はここで野宿だねっ」


 この場のやや重くなりかけた空気を変えるかのように、明るく言った篝の手には……

 木枝の束…?

 いつの間に持ってきたのか…焚き火用の枝の束なんて。

 もしかして、途中で拾いながら来たのか? あの移動スピードで??


 ……まぁ、この場には草木がないのが分かっていたわけだし…火を燃やすためには必要なものだしな。

 さすがに気が利く…というより神がかった枝拾いに関心するしかない。


 ──そうこうするうちにも、あっという間に日が落ち辺りは闇に包まれた。


 焚き火の灯り以外に光はなく、空も大地も漆黒の闇に染まっている。

 そんな中で焚き火を囲む俺たち。

 皆なんとなく言葉もないまま…ただ焚き火の揺れる炎を見つめていた。


 だが、退屈なわけではない。

 どこか安心する気持ちにすらなるような……居心地の良い空気を感じていた時、


 ──ッ??!


 ()()はパチンと弾ける様な感覚だった。


 ──あぁ、俺…この光景、知ってる……?


「あ……そうか」


「え?」


 沈黙が続いていた中で思わず呟きをもらした俺に、皆の視線が自然と集まってしまった。

 仕方なく、俺は正直に言葉にしてみる……


「俺…知ってるよ、ここ。……いや、この光景も」


 そう、その理由はすぐに分かった。

 隠れ家でも感じたあの感覚と同じなんだ。


「宗一郎、何か思い出したの?」


 彼方が俺を見つめ、優しく問いかけるのに対し、小さく頷きかけたものの……


「う…ん、思い出したと言ってもいいかは分からないけど──でも知ってる、としか今は言えない」


 そう──この場所、紅い荒野は俺…いや、紅牙がこいつらと最後に過ごした場所なんだ。

 いつものように、仲間たちと楽しく過ごした──最後の場所。


 だから、敢えてあの時見えたのか。

 一つの疑問が確信を持った答えに変わった気がするよ……。


 紅牙、ここは紅牙が過ごした()()()思い出の場所だったんだろ…?


 封じ込めているはずの記憶なのに、その断片が垣間見えた理由、それは強い想いがあった場所だったからだ──


「……ここはね、宗一郎」


 ふいな篝の言葉に我に変えるような気持ちで顔を上げると、


「ここは確かに岩や土が紅く焼けているけど、それだけが名前の由来じゃないんだ」


「え? そうなのか?」


 聞き返した俺に、篝はにっこり微笑むと、


「ここはすごく紅くてキレイな夕陽が大地を照らし、天地全てが紅く染まる荒野なんだよ」


「だから、“紅い荒野”……?」


 ちょっと意外な気もした名の由来。

 てっきり見たままだからと思ってたのに…。


 あの鉛色の空が晴れるところなんて想像もつかない感じだったし……?


「いっつもあのぶ厚い鉛色の雲に遮られて、滅多に拝むことはできねぇんだけどな。実際、オレらもまだ一度もこの目で見たことがねぇ…ある意味伝説的な光景ってやつだな」


 そう言って煙管の煙を吐き出す天音。

 天音たちですら見たことがないというなら本当に珍しい、貴重な…それこそ伝説的な光景なのだろう。

 今の俺には想像することも出来ないが……おそらく、この世のものとは思えないような…美しい光景に違いない。


「──…いつか」


 今まで黙っていた彼方は、小さくぽつりと呟くと俺にゆっくりと視線を移してから、


「いつか、皆で見たいって言ってたんだよ。……今日もまた見られなかったけどね」


 そう言って苦笑にも見えるような…寂しげな笑顔を俺に向けた──。

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