行けるトコまで行け!!?
──結局、紅牙の隠れ家で夜を明かすことになった俺たち。
まぁ早い話、みんなで和室で雑魚寝する……というだけなのだが、実際寝てるのは俺を挟んで天狗二人のみ。
篝は後片付けをしているんだか、一人で飲んでいるんだか…まだ囲炉裏の部屋にいるし、幻夜は……どこに行ったのだろう??
……それにしても。今日は本当にいろいろあった…というか、昨日からか。
なんだか、どっと疲れた──。
肉体的、精神的疲労はピークを振り切っているはずだが、それが余計に眠気を飛ばしてしまっている気もする。
俺は眠れないまま、暗い天井を見つめていて……ふと思い出した。
そう言えば……俺、学校を出ていろいろあったけど、そのまま幻妖界に来たんだよな?
……確か、今日は金曜日だから…(あくまでも)明日の学校の心配はないとして──問題が一つ。
俺が彼方の手を引っ張って学校を出たのは、たぶんたくさんの生徒に目撃されている。
彼方があれだけ注目されていた場でだからな……次に俺が学校に行った時に学校の奴ら…特に女子から何か言われるかもしれない!?
出来る限り目立たないようにしてきた俺の努力があの出来事で、すべて水の泡だ……!
……いや…もう仕方がないか。済んだことだ。
たださすがに、何も連絡せずに帰らないのは……少なくとも家族は心配するかもしれない。
今まで無断外泊も家出もしたことないのだから。
まぁ……ここまでくると、俺の意志ではどうにもならない。
明日帰れるという保証もないし……第一、人界と幻妖界の時差すらも分からない。
──もう、成るようにしか成らない!
諦め半分で割り切ることにした俺。
はぁぁぁ……
自然ともれた重い溜め息。
目の前の現実から逃げることが出来るのなら……猛ダッシュで逃げ出したい気分だ。
もう、眠気は完全に消え失せてしまった。
両隣では天狗二人がスヤスヤ寝てるし……。
こうして寝顔だけ見てると普通の人間と全く大差ない。
……まぁ、人間仕様のままだけど。
少なくとも、本当は(怖いかもしれない)妖怪とは思えない。
……俺は、もう一度…今度は小さく溜め息を着くと体を起こし、そのままそっと縁側へと出た。
外は真っ暗…先程まで激しい戦闘があったとは思えないほど静寂の戻った夜の闇──
そんな中、縁側に一人腰掛けた俺。
障子の中から漏れる薄明かりだけが唯一の光源で。
辺りは再び虫の鳴く声と、時折、暗い森の木々が微かな風に揺れる音のみだ。
ただただ広がる森の奥を…俺はそのまま見つめていた──。
一人でいると余計な事までぐるぐる考えてしまうのは……俺の悪い癖。
それを押し殺すように、ただボーっと……
すると、そこに、
「眠れないの? 宗一郎」
背後の障子が開き、小さな灯りを手に出てきた篝。
その問いに、小さく頷いた俺。
篝は灯りを置き、俺の横にちょこんと座ると……俺と同じように、目の前に広がる暗い森へと視線を向けた。
そのまま流れる…暫しの沈黙──。
時折、頬を撫でる風が心地よい……が、敢えて何を話せば良いのかも分からず、俺は当たり障りのない言葉を探し……
「…こ……幻妖界にも夜ってあるんだな?」
必死で探し出した俺の言葉に、篝はクスッと小さく笑うと、
「…うん。人界と同じように昼夜があるよ。ただ、人界より夜が長いかなぁ」
「へぇ……」
そうなんだ…さすが妖怪の世界──!
妙に納得したものの……このままでは会話がまた途切れそう…っ
だが、もう俺から話すのを諦め…篝が話し出すまで待とうか……?
そんなことを考えていると、
「ねぇ、宗一郎……」
そう切り出して、篝は小さく問いかけるように……
「記憶がないってことは、いろいろ理解に苦しんだり…分からないことがたくさんあるんじゃない?」
苦笑をうかべ…俺の反応を窺うように、前方の森から俺へと視線を向ける……。
……まぁ、篝の言うとおりだ。
こいつらと出会ってからというもの……散々な目に遭ったり、理解に苦しむ非常識かつ非科学的なことの連続だ。
常識人かつリアリストを自称していた俺には有り得ないことばかりで…今でも頭の整理は追いついてない──。
だが、その大きな瞳を見つめ返しつつも、俺はどう答えたものかと言葉を探していると……
「……彼方ちゃんはあぁ見えて頑固だから、必要なことすら宗一郎に伝えてない気もするし?」
困ったように、そう付け加えられた。
──確かに、彼方は俺自身が自分で記憶を取り戻さないと意味がないというスタンスを変えてはいない。
……だからこそ。
今まで白叡に口止めしたり、星酔にキレたりしてたんだ。
それに、彼方自身が紅牙について詳しく語ることもなかった。
そんな彼方が、あの夢に出てきた…紅牙の記憶の場所に行こうだなんて……。
彼方の考えがそう簡単に変わったとは思えないが、さっき篝たちが言ってたように
“──時間がない”
ということなのか……?
だから彼方は……??
「でも、彼方ちゃんは彼方ちゃんなりに…一生懸命考えたんだと思うんだ」
“──だから、許してやってほしい”
“だから……信じてほしい”
俺を見つめる篝の…夕陽色の瞳はそう語っていた。
「……大丈夫だよ」
俺は小さく篝に…というより自分自身に言うようにそう答えた。
許すも何も……俺はただついてきたんだ。
俺を…俺の存在を信じ、受け入れてくれたのと同じように──彼方を…こいつらを信じて。
「そう…だよね。宗一郎……やっぱり変わらないね」
「え……?」
思わず聞き返した俺に、篝は微笑むと、
「……絶対に口には出さなかったけど、紅牙も彼方ちゃんを…ボクらを信じてくれていたよ。たぶん、理屈なしにね」
──理屈なしに他人を信じる、か。
いくら仲間として認めていたとしても、それはリスクがデカくて…すごくコワい気もする。
確かに、それが出来るほどの信頼とか友情とかいうなら──それは素晴らしいことだろう…。
まぁ…絶対に口に出さなかった、てのが何とも紅牙らしいと思うのは……俺の偏見だろうか?
だが改めて、俺は──紅牙と変わらず、こいつらを本当に…理屈なしに信じているだろうか……?
「まぁ…紅牙のことだから……ただ流されてただけかもしれないけどねっ」
そう言って笑う篝に、思わず、
「……たぶん、そっちじゃないか?」
俺は……限りなくそっちの方だ。少なくとも──今は。
……まぁ、紅牙の本音がどうであれ、絶対認めないだろうし……こう答えるしかない。
俺の言葉に一瞬その大きな瞳が見開かれたが、
「…そっかぁ」
そう言って、クスクス笑う篝。
自然と俺にまで笑みが移るような──。
……あぁ、そうか。
話し方だけじゃない、篝と彼方の共通点……自然と周囲を和ませ、温かい気持ちにさせてくれる雰囲気。
それは何より、俺を……たぶん紅牙をも、支えてくれている気がした。
「──…まぁ、ボクで答えられることなら答えるよ」
ひとしきり笑った後、篝はそう言ってにっこりと微笑んだ。
だが……篝の言うような“必要なこと”というのが何なのかも分からないのだから…質問のしようがない。
それに、彼方の“自分で思い出さなければ意味がない”という言葉があまりにも重くて──下手に質問できない気がした。
改めて言われると…何をきけばいいのか、どうきけばいいのか……どうも慎重になってしまう。
困っていた俺の様子に、篝の微笑みは苦笑に変わる……
「たとえば……さっき初めて、紅牙が何やってたかとか知ったんでしょ?」
「あ…ぁ、うん」
戦闘マニアな盗賊、とかな…。
「……でも、今の俺とはいろいろかけ離れてて…正直実感とかは……」
そんな実感があっても困るけど。
「まぁ、今まで17年も人間として…現代日本で生きてきたら、仕方がないかもねぇ」
そう呟いた篝の苦笑が深くなる。
確かに俺にしてみれば……その言葉どおり、
「まずは自分が“妖怪の生まれ変わり”ということから信じられなかったくらいだし…?」
思わず溜め息混じりに言った俺に、
「じゃあ、現在はそれだけでも実感がある?」
「え……っ!?」
──…まぁ、もう俺自身から妖気とか出ちゃったら…信じずにはいられない、というのが正直なところで……俺は渋々頷いた。
それを見た篝は、にっこり微笑むと、
「なら、大丈夫! きっと思い出せるよ」
自信ありげに言い切った……!
そういえば…以前、白叡にも“自覚することから”的なことを言われたからな……。
確かに…よくよく考えてみなくても、現在の俺は……実感がある。
自分が紅牙の生まれ変わりと…少なくとも無関係ではないという自覚、というか実感ははっきりとあるんだ。
なら、本当に全てを思い出せるのだろうか──?
だが…本来なら──
俺は存在すらしないはずだったんじゃ……?
…………ッ
再び思い出しかけた…重くなる気持ちを今は無理やり振り払って、敢えて別の質問をすることにした……!
「じ…じゃあ、聞きたいんだけど、紅い荒野…ってどんな所なんだ?」
とりあえず目先のことを口にした俺に篝は、
「…夢で見たんでしょ? たぶんそのままだよ」
その微笑みは変わらないのに…何故か今は意地悪そうに見えた……。
「え…でも……っ」
思わず言葉に詰まった俺に、篝は腕組みをしながら…しかも仕方なさそうに、
「う~ん……ここからはだいぶ距離があるね。簡単に言うとそこは…土が紅く焼けてて、草木もなくて、生き物の気配もしないようなとこ…かなぁ」
うん、確かに俺が夢で見た通りっぽいけど……
「…でも、なんでそんな所を敢えて……何か意味でもあるのか…??」
もう篝にというより、俺自身に問いただすように呟いたが、
「まぁ、行ってその目で見てごらんよ」
篝は彼方の気持ちをくんで、敢えて詳しく言わないのかもしれないけど……
それで俺が何も思い出さなかったら…??
──ものすごい罪悪感だ!!!
俺の脳裏には、さっきの…あのガッカリムードがよぎる……!
だが…そんな俺の顔を覗き込むように、
「なぁに行く前からそんな表情してるの? 行ってみなきゃ分からないでしょ!?」
──…まぁ、そうなんだけど…どうも自信がない。すると、
「もしダメでも、誰も宗一郎を責めたりしないよっ」
そう言って微笑んだ篝。
いや、責めはしないけど、お前ら…あからさまにガッカリするだろ!!?
そんなツッコミをぐっと堪える。
とりあえず、行くだけ行ってみよう…!
それこそ、行けるところまで──!!
そう覚悟を決めざるを得なかった。
後のことは考えず、ただ…今はそれしか俺に出来ることはないのだから……。