敵う気がしない!!?
学校の校門で待っていた彼方を引っ張り、駆け込んだ小さな公園。
……どうやら俺の話したいことも、彼方の用事も同じ──白叡のこと?
苦笑をうかべたまま、彼方は俺の左手をそっと握ると、
「昨日の今日だけど、白叡の妖気が急に小さくなったから驚いて来たんだよ……」
驚いて…と言うわりには、賞金稼ぎやらお土産やら……今だって、そう慌てた様子もない。
だが、妖気が急にってことは、白叡に何か遭ったのは間違いない……?
──やっぱり、あの星酔が??
「ちょっと引っ張るよ?」
「え……??」
急に耳に入った彼方の言葉に、我に返った俺。
だが、俺が聞き返す間もなく……彼方はグイッと俺の左手を引いた。
──すると
ズルル……!
「うわっ……!?」
俺の左手からズルズルと……彼方に尻尾を掴まれた白叡が出てきた!?
「……寝てる…のか?」
完全に引っ張り出され、尻尾を掴まれたまま……逆さ状態で、ぷらーんとしている白叡。
こんなの普段の白叡なら絶対に有り得ない光景だろう。
意識の無さそうなその様子に、不安にも心配にもなる……が、
「うーん……?」
そのままじぃっと白叡を観察するように見つめる彼方。
……ん?
その表情が、一瞬真顔になった……?
そして、彼方はひとしきり白叡を観察すると、
「……仕方ないね」
そう呟き、白叡を抱き直すと近くのベンチに腰掛けた。
俺も慌てて近くへ……。
彼方の膝の上でくたっとしている白叡──
その姿は、何だかぬいぐるみのように見えた。
「──ねぇ、宗一郎」
「え?」
白叡を撫でながら、彼方は改めて俺を見つめると、
「誰かに会った?」
──ッ!
昨日会ったといえば……三体の人形と…いや、彼方はたぶん星酔のことを言ってる──よな?
俺が困惑するような表情をしていたからか……彼方は苦笑混じりに、
「別に怒るわけじゃないよ。……星酔が来たんでしょ?」
「! ……なんで…ッ」
驚く俺に、彼方は俺から白叡に視線を移しつつ、
「……うん、コレは獏の術だから──星酔かな、て」
「あ……やっぱり、白叡が起きないのは星酔のせい……?」
俺の問いに、彼方は困ったような苦笑で頷くと、
「大丈夫だよ、寝てるだけだから。……でも、そろそろ起こそうね」
そう言うと、ひょいっと片手で白叡を持ち上げ……
「白叡」
…………
やはり、彼方の呼びかけですら反応のない白叡。
獏の……星酔の術ってのは余程強力なのかな??
余計に心配になった俺だが、相変わらず反応のない白叡の様子に彼方は小さく溜め息をつくと、おもむろにもう片方の手で──
パチンッ!!!
「……えぇっ!??」
白叡の額に炸裂したのは……──デコピン!!?
何だか……すごく痛そうな感じだったんだけど……?
だが、そのおかげか、
『…ん……痛ぅ…ッ??!』
──白叡が痛みに顔をしかめつつ、ついに目を覚ました!
「おはよ♡ 白叡」
『……ッ!!?』
目の前にいる笑顔の彼方……と、その状況を掴みきれずに動揺する白叡。
……まぁ、これで一安心か。
だが、ホッとしたのも束の間──
彼方はまだ混乱している白叡を優しく抱き直し、俺に視線を戻すと……
「──さて、星酔は何だって?」
その表情からは笑みが消えていた。
「……ッ」
思わず言葉に詰まった俺。そこに──
『……そうだッ! あの獏がッ……!!』
急に我に返ったのか、白叡が叫んだ……が、
「白叡、話は聞くから。とりあえず入って」
『……ッ』
有無を言わせぬ様子で、白叡は彼方に強制回収……?
一瞬彼方の顔を見た白叡だが、素直に(?)彼方の左手へと入っていった。
もしかして……
やっぱり彼方は怒ってるのかな?
普段にこやかなだけに……白叡でなくともビビる…かも!?
ちょっと……強制回収された白叡の安否が心配になった俺に、
「……別に怒ってないってば。白叡も、オレの中で少し休ませた方がいいと思うしね」
そう言って苦笑をうかべたが、
「──で、星酔は?」
話を戻し、じいっと俺を……真っ直ぐに見つめてくる琥珀色の瞳。
──…俺は昨夜の夢のことを正直に話すことにした。
・
・
・
「……そぅ」
俺の話を黙って聞き、小さく溜め息をつくと……そのまま再び黙ってしまった彼方。
──俺は一通り話をした。
星酔の様子、夢で見た光景を……。
……でも
あの扉のことは、扉を見たということしか言えなかった。
何故……詳しく言えなかった?
自分でも分からない。
ただ……
話したくない、言えない──そう思った。
──俺たちの間に流れる重い沈黙。
その沈黙を、彼方の小さな溜め息が破るまで……俺にはものすごく長く感じたけど、実際にはほんの数秒、数分だったのかもしれない。
彼方は重い口を開くように、ぽつぽつと話始めた。
「……まず、宗一郎が会った星酔は、オレたちの知り合い──もちろん、紅牙ともね。それから、宗一郎が見たっていう映像は……幻妖界の光景だと思う」
幻妖界──……
彼方たち妖怪が本来身をおく世界……つまり、紅牙の生きていた世界のこと。
あの荒れた大地、独特の空気……。
その全てが懐かしいと感じたのは、やはり俺が紅牙だという証明になるのだろうか──?
そして、紅牙の記憶……感情を垣間見たことになるのだろうか??
「──で、どう? 何か思い出した?」
言葉を失っていた俺に彼方は優しく問いかけた……が、
「……思い出す…というか、あの景色は懐かしかった気がする」
俺には、そう答えるしかなかった。
正直、あれが紅牙の記憶だとしても、俺が思い出したとはいえない。
……でも、確かに懐かしさを感じた。
ただそれだけで……。
「……まぁ、今はそれで十分だよ」
彼方は相変わらず苦笑をうかべそう呟くと、改めて俺を見つめ直し、
「あのね、宗一郎……オレは確かに、紅牙としての記憶を思い出して欲しいと思ってる。でもね……無理やりはイヤなんだ」
彼方の瞳は真っ直ぐに俺に向けられ、俺に……俺の中の紅牙に語りかけるように、
「オレは宗一郎自身が思い出してくれるのを待とうと思ってるの。でも……もし、紅牙がそれを望まないのなら──思い出さなくてもいい」
「……彼方…ッ」
──……ズキ…ン
彼方の言葉に、心の片隅に疼いた痛み──?
“紅牙がそれを望まないのなら”
おそらく、それは彼方の本心からの言葉。
だからこそ、胸が痛んだ……。
……俺は必死に言葉を探していた。
でも、なかなか見つからなくて──俺は彼方の次の言葉を待つしかなかった。
すると、
「……まぁ、そういうわけだから──…星酔のやり方は気に入らない」
「……え?」
いつもと明らかに違う……!?
その声音に、俺は思わず彼方を見ると……彼方はゆっくりと立ち上がり、
「いくら知り合いだとしても──白叡に術をかけたことは許さないよ?」
彼方の視線は俺…ではなく、その先に向けられて……?
「──…そう言うだろうと思ってましたよ」
「!!?」
聞き覚えのある声……!?
俺は慌てて彼方の視線の先へ……後ろを振り返った!
そこにいたのは──夢で会った、あの星酔だった。