すべて予定通り!!?
Sうさぎとの決着は、本当に一瞬だったと思う。
白叡に倒されたSうさぎは、呆然とする俺の目の前で黒い霧となって消えていった──。
……こんなに早く片付くのなら、もっと早めに助けてくれれば良かったのに。
そんなことを考えつつも……
「お…終わった……のか…?」
自然と口をついた力なき呟き。
俺はその場に力なくへたれこむように膝を着いた。
それとほぼ同時に、
ヴゥ……ン
「ッ!?」
結界に入った、あの時と同じように耳鳴りのような音と、一瞬歪んだ視界……!
『……どうやら、結界も破れたようだな』
辺りを確認するように見回し、白叡は俺の前に降り立った。
「そうか……ッ…痛ぅ……!」
ホッとしたことで、半ば忘れていた腕の痛みを再確認した俺……!
その様子に、白叡は軽く溜め息をつくと、
『……見せろ』
「え……?」
戸惑いつつも、ケガした腕を白叡に向ける。
『大したことはないが……怪我をさせたのがバレるとうるさいからな……』
そう呟くと、傷の辺りに鼻先を近づける白叡。
すると……
ポゥ……
淡い光が傷と白叡の間に……!?
……それは、少し暖かいような感覚。
そして、痛みが次第に和らいでいく──!?
やがて。
痛みとともに光が収まると、白叡は顔を上げ、
『まだ痛むか?』
「……平気みたい。ありがとう、白叡」
確かに、もう痛みは感じない。
お礼を言った俺に、白叡は視線を逸らしつつ、
『いや、オレ様には傷を治すことは出来ん。痛みを取り除く程度だ……帰ったらちゃんと手当てしろよ?』
そう言うと、また小さな光の塊に姿を変え、俺の左手に入っていった……。
静まり返った夜道にたった独り取り残された俺。
白叡は黙ったまま……。
……もしかして、お礼言われて…照れた?
『……』
──……そんなわけないか。
俺はゆっくり立ち上がると、家へと急ぐ。
……その後は何事もなく無事に家に帰ることが出来たが、傷の手当てをしてベッドに入った時にはすでに日付が変わっていた。
横になって改めて感じる疲労感──
もちろん、心身ともにだ。
薄暗い天井を見上げ、またもや盛りだくさんだった一日…いや、夕方以降を振り返る。
彼方との再会やら、幻夜との出会いやら、三体の人形の襲撃やら……本当に疲れた数時間だ。
だが、何よりも気になったことがある……!
白叡の言った、あの一言。
“現在だって鬼の身体能力はあるはず”
……俺に鬼の身体能力??
そんなもの、あるはずがない!!
まぁ、自分で言うのも何だが……運動神経は良いとは思う。
でも鬼の…というほどではないはずだ。
「……なぁ、白叡…」
俺の小さな呼び掛けに、白叡は眠りを妨げられたせいか、
『──……なんだ?』
面倒を通り越して、不愉快…いや、怒りすら滲ませながらも応えてくれた。
「あ…あのさ、さっき言ってたことなんだけど……」
白叡に疑問をぶつけるべく、俺は恐る恐る切り出した。
すると……
『……そのままだ。お前には鬼の身体能力はもちろん、妖力も備わっている』
──そんなバカなッ!!?
驚いたのはもちろんだが、あまりのことに呆気にとられている俺に、白叡は面倒そうに続けた。
『事実、あの攻撃を避けることも、防ぐことも出来ただろう?』
……確かに、あの攻撃を避けることは出来たけど。
でも……あのバリアみたいなので防いでくれたのは白叡だろ??
『オレ様はただ、キッカケを作ってやっただけだ』
???
……どういうことだ?
『分かり易く言うなら……オレ様の妖気でお前の妖気を引き出した、ということだ』
へ??
……まさかぁ?!
にわかには信じがたい一言で唖然とする俺に、白叡は溜め息をつくと、
『……彼方がオレ様の妖気を高めたのと同じことをしたんだ』
つまり。
白叡の妖力アップの方法は、彼方の妖力を呼び水にして元からあるものを引き出した……てこと??
そして、白叡はその方法を俺に試した──!?
『そうだ。……上手くいっただろう?』
それは……結果的には、だろ!?
何だか、ニヤリとした白叡の顔が思い浮かぶが……釈然としない、俺。
だって、俺は人間だぞ?
身体能力はともかく、妖力なんてあるはずが……
『まだそんなことを言っているのか? いい加減、認めろ』
そうは言っても、認められることと、認められないことがあるッ!!
いくら、紅牙…鬼の生まれ変わりと言われたって、俺の両親は人間だ。
そこから生まれたなら、俺だって人間のはず!!
少なくとも身体は人間だろ!
『……“転生”といっても、お前の場合は魂だけで済む単純なものではない』
……え?
転生ってのは、いわゆる輪廻転生のことだろ?
魂だけじゃないのか??
今までの常識と知識では理解が追いつかない。
なのに……
『詳しくはオレ様も知らんがな』
えぇ!??
そんな無責任なッ!?
そこまで言ったんだから、せめてもう少し分かり易く説明してくれよ!!
……すると、暫しの沈黙の後、白叡は渋々ながらに語り出した。
『正確なことも、詳しいことも知らんのは本当だ。まず前提として、元来妖にとっては“転生する”という概念はない』
は??
ならなんで、お前らはそんな話をしてるんだ?
『紅牙の件は例外だ。──いいか、お前も見ただろ? 死んだ奴らがどうなったか』
あぁ、そういえば。
今までの敵は死んだ後、黒い霧になって消えた──?
『そう、妖は少なくとも死んだらそれで全て消滅、というのが共通認識だ』
つまり、本来妖は死んだら魂ごと消滅するってことか……。
『あぁ。そもそも妖は人間の姿を真似たり、憑くことはあっても、妖が転生…しかも人間に転生するなんて前代未聞──ただ、そのおかげで今まで見つからずに済んだのだろうけどな。転生し人間の肉体に入っているのは単に姿を真似たのとは訳が違うのだから』
敵は、まさか紅牙が人間に転生しているなんて思いもしない。
何より、肉体自体が隠れ蓑になる──。
確かに。
たまたま……結果的に、17年経った今のタイミングで見つかってはしまったが、今まで何事もなく……妖怪とは無縁のまま生きてこれたのだから。
『少なくとも、紅牙を追っている奴らは人間の姿をしている紅牙を探している。幻夜が言っていた“それっぽい人物”ってのは僅かでも“鬼の気配がする奴”てことだ』
それっぽい……鬼の気配を持つ??
まさか、この俺が鬼の気配を持っていたと!!?
……いや、彼方たちも俺が紅牙と断言していたのだから、鬼の気配がしてるってことなのか???
『流石に完全に隠し切れるものじゃなかった、てことだな。ただ、魂……中身が紅牙である以上、普通の人間と同じとはいかない。そもそも人間の体では妖の妖力を受け止めることはできないだろうしな』
白叡は溜め息混じりにそう言うと、一瞬の沈黙の後
『何故お前に紅牙の記憶がないのかは分からないが……魂は紅牙で間違いない。妖力も備わっているし、記憶が戻ればその使い方も思い出すだろう。そして、鬼の魂の器であるこの身体もそれなりに変化していってもおかしくないはずだ』
え…………?
それって……俺もあの挿絵の鬼みたいな姿に……!?
『……どんな想像をしてるかは知らんが、結論として、お前は“人間であって人間ではない”ということだ。諦めろ』
うわあぁぁぁ……
勝手に出された無情な結論に、俺は頭が真っ白になった……。
そして、気が遠くなる俺に追い討ちをかけるように、
『もっと分かりやすく言い換えると、“今のお前は妖に戻る途中”といったところだな』
うわぁ……さらに微妙!!
『まぁ、事実は事実……成るようにしか成らん。──なら、楽しめ』
……白叡のニヤリとした様子と、彼方のあの笑顔が重なった気がした──。