第9話 怒り ※ラキシス視点
「ロザリア!!」
ラキシスは討伐から帰還した早々に湯浴みもせずロザリアの部屋へと向かった。しかしそこにはロザリアの姿もなく、言付けられた手紙を握り締め、悔しそうに唇を噛む。
「くそっ! あの王太子は一体いつまでロザリアを苦しめたら気が済むのだ!!」
怒りを露わに壁に拳を叩きつける。
「だ、旦那様、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!!」
エバンになだめられながらも怒りが収まらない。金色の瞳が激しく揺らぐ。身体からは抑えきれない魔力が滲み出るかのようだ。
周りにいる者たちは皆一様に怯える。ラキシスが魔力を暴走させることなどないことは皆分かっているが、それでも巨大な魔力を抑えもせず身体にまとわせていられると、普通の人間ならば怯えて当然だった。
「旦那様、皆が怯えております。魔力を抑えてください。ロザリア様もそのような姿の旦那様を見たいはずがございません」
エバンに言われハッとする。自分がどれだけ皆を怯えさせたのかと気付いたラキシスは、周りを見回し心を落ち着け魔力を抑えた。
「すまない、みんな」
「いえ、旦那様。我々こそロザリア様をお止め出来ずに申し訳ございません」
「いや、いい。ロザリアは自分を持ったしっかりした人だ。自分がやるべきことだと思ったのだろう。それを止めるつもりはない。だが……頼ってもらえないのは寂しいがな……」
次期王妃としての教育の賜物か、ロザリアは他人に弱いところを見せないようにしている素振りを感じる。
もっと自分を頼って欲しい。もっと自分に甘えて欲しい。
自分がロザリアに寄り添ってもらえたことが心から嬉しかった。長年重荷となっていた心を救ってもらえた。
だからロザリアの重荷も共に背負いたい。これからの人生、二人で共に生きるのだから。
「エバン、馬の用意を! 王都へ向かう!」
ロザリアから手紙が届いてすぐに城へと帰還したかったが、魔物の討伐に手間取りすぐに戻ることは叶わなかった。帰還出来たときにはロザリアが王都へ出発してからすでに幾日かは過ぎていた。それから王都へ到着した、という手紙だけは届いていた。しかしそこからはなんの連絡もない。王都到着の手紙は二日前に届いたということだった。
二、三日連絡がなければ国王陛下に謁見をしてほしいとわざわざ言い残していた。なにかあったときのためだろう。ということは国王陛下はこのことを把握していないのかもしれない。
ラキシスは焦る心を抑えつつ、休む間も惜しみ馬を走らせた。
「ロザリア……」
王都へ到着しまずはナジェスト邸へと向かった。ナジェスト邸にはナジェスト公爵の姿はなかった。代わりに夫人が対応してくれる。
「ラキシス様、ようこそおいでくださいました」
「ロザリアはどこです!?」
到着早々必死の形相でロザリアを心配している婚約者に夫人は微笑んだ。
「ラキシス様、落ち着いてください。私の夫、ナジェスト公爵もロザリアと共にいるのです。滅多なことにはなりません」
冷静にそう告げられ、ラキシスは頭が冷えていった。
ロザリアと連絡が取れなくなって一週間ほどが経っている。居ても立っても居られない気持ちのままナジェスト公爵邸へと飛び込んだ。冷静さを失い公爵邸に、さらには夫人に対して威圧的な態度で詰め寄るなんて言語道断だ。
「申し訳ございません。取り乱してしまい、情けない姿を晒しました。お許しください」
「フフ、良いのですよ、貴方がロザリアを大切に想ってくださっていることがよく分かりましたから」
そうにこやかに言われ、なんだかやたらと恥ずかしくなってしまった。必死に赤面するのを抑えているつもりが、どうやら夫人には見透かされているような気がする。
夫人はフフと笑っていたかと思うと冷静な表情になり、状況を説明してくれた。
「ロザリアは王都に着いてすぐに夫と共に王城へと向かいました。それから一切連絡は取れておりません。ラキシス様が来られたら陛下への謁見申請を行うように言われております。貴方が到着されたときすでに使いは出しておりますので、返事が来るまでは屋敷でお待ちくださいね」
さすが公爵夫人だな。落ち着いておられる。それに比べて自分はどうだ。情けない。
逸る気持ちを抑えながら公爵邸で謁見の返事を待つのだった。