第5話 本当の姿
こんなに大きな身体の方なのに、私を抱き締めるその姿はまるで小さな子供が泣きじゃくっているかのように思えた。私はラキシス様の頭をそっと撫でた。もっさりとしていた黒髪は思っていたよりふんわりと柔らかかった。
しばらく私を抱き締めていたかと思うと、そっと身体を離し、顔を真っ赤にしながら「すまない」と小さく呟いたラキシス様。
そんなラキシス様をベッドに座らせ、横に腰を下ろした。
そしてそっと前髪に手を伸ばすと、ラキシス様は一瞬ビクッとしたが、前髪に触れても止めはしなかった。ゆっくりと前髪を掻き上げ、今まで隠れていた顔を出す。
その顔はとても美しく、いわゆる美丈夫と言われるであろうほどの綺麗な男性だった。さらにはその金色の瞳が宝石のようで、吸い込まれる美しさだった。
「綺麗……フフ、初めて貴方のお顔を見ることが出来ましたね」
そう言ってそっと前髪を分ける流れのまま、頬を撫でた。両の頬を手で包み込み、にこりと笑って見せた。なぜ顔を隠していたのか。
こんなに綺麗な顔に瞳なら隠す必要ないのではないかと思ったが、これほどまでに隠したい理由がなにかあるのだろう。それはきっと知らぬ人間が安易に聞いてはいけない話だろうと、あえて口にはしなかった。
ラキシス様は泣きそうな顔になり、そして頬を包む私の手を自分の手で包んだ。私よりも遥かに大きい手にドキリとする。
「ロザリア……貴女が好きだ……キスしても良いだろうか」
「え……」
驚いていると、私の手を包んでいた手は私の頬に伸びた。そしてそっと顔が近付いてくると、金色の美しい瞳に身体が動かなくなるような気がして、私はラキシス様の唇を受け入れた。
ぎこちなく合わされた唇が少し離れたかと思うと、再び重ねられ、緊張と唇の柔らかく温かい感触に頭がクラクラとした。それほど長い時間ではないのだろうが、とても長く感じられ身体が強張るのが分かった。
チュッという音と共に唇を離したラキシス様。そのまま鼻が当たる距離で私を見詰める。その瞳は熱を帯び、愛しそうな表情で私を見詰めていた。
「私は貴女を愛していても良いだろうか」
「え?」
私の頬を包んでいた手を離すと、ラキシス様は視線を外し前を向いた。そしてぽつりぽつりと語り出す。
「私のこの瞳は呪われているのだ」
呪い? 私は黙ってラキシス様の言葉を待った。
「私の魔力は異常に高い。その証としてこの瞳があるのだと言われた。体内にある魔力が瞳に映し出されているのだと」
そんなことが……でも実際ラキシス様の瞳は不思議に金色が揺らいでいるように見える。まるで炎が揺らぐように……それが魔力……だからキラキラと輝いて見えるのね。
「この瞳は魔物を寄せ付けると言われた。だからこの土地に魔物が多いのは私のせいなんだ」
「そ、そんなこと!!」
そんなことがあるわけがない。だってこの土地に魔物が現れたのはラキシス様が生まれるずっと前からだと聞いている。だから前ダルヴァン辺境伯も同様に戦っていたのだから。誰に言われたのかは知らないが、それでラキシス様は傷付き、一人で責任を感じ、今までずっと命を張って戦ってきたのだと思うと胸が締め付けられた。
「魔物がいなければ父も母も死なずに済んだ。私のせいなんだ」
前ダルヴァン辺境伯とその夫人は魔物に襲われ亡くなったとは聞いていたが、誰もラキシス様のせいだなんて言っていない。むしろそうやって自分を責め続けるラキシス様を心配していた。
ラキシス様は優しい方。すべて自分の責任だとずっと重い荷物を背負い続けて来た方。
あぁ、なんて愛しい……ラキシス様には幸せになって欲しい。これは愛かしら……。
ロベルト様とのことがあり、愛とはなにかが分からなくなっていた。でもきっとこれは愛。そうよ、ロベルト様とはお互い愛は芽生えなかったけれど、今ラキシス様に感じるこの気持ちは愛だと断言出来る。私はラキシス様を愛している。
「ラキシス様……私には貴方が今まで苦しんで来たことをなかったことには出来ません。でも、これからの貴方を幸せにすることは出来ます。貴方がどんな力を持っていようと、魔物を寄せ付けようとも関係ありません。
私は貴方を愛しております。私が貴方を幸せにします。これからは私が貴方の重荷を共に背負いますわ」
そう言ってラキシス様の頬を再び両手で包むと、こちらを向かせた。ラキシス様の瞳は動揺なのか激しく揺らいでいた。それがまた綺麗とも思えるのだから重症ね。愛の力とは恐ろしいものだわ、とクスッと笑った。
私が笑ったものだから、キョトンとした顔になったラキシス様があまりに可愛くて、私は自分から唇を重ねたのだった。