第4話 瞳
その日初めてラキシス様と食事を共にした。色々話しかけてみたのだけれど、「ん」しか声にしてくださらない。
うーん、まだまだ距離は遠いのかしらね。でもラキシス様から婚約を言い出したくせに。もうちょっと交流をはかってくれてもいいのに。
違うところから攻めてみようかしら、と騎士団が集まる場所へと向かってみた。皆、とても歓迎してくれ、色々とにこやかに話してくれる。ラキシス様もこれくらいにこやかにしてくださったらいいのに。あの不愛想さが『悪魔閣下』と言われる所以なのじゃないかしら。だって実際のラキシス様は悪魔と呼ばれるほど怖くはなかった。
初めて会ったときは確かに見た目が怖かった。背の高さとあのもっさり髪の毛、さらにはまとう魔力のせいか威圧感がある。
でも実際は不愛想だけれど、怖い人ではなかった。城の者や騎士団の人たちには慕われているし、私に対してもなにか理不尽なことを要求してきたことなど一切ない。
返事は乏しいが、話を聞いていないわけではないし、話し終わるまで聞いてくれている。そしてたまにはぼそぼそっと返事をくれるときもある。彼は優しい人だと思う。
そう思えたことが嬉しかった。王都で荒んでしまった心がここに来て癒されている気がした。それが嬉しく有難かったから、ここへ呼んでくれたラキシス様と少しでも打ち解けたかった。
ラキシス様が屋敷にいる間はなるべく声をかけるように、共に過ごすように心がけた。
そうしているうちにラキシス様も次第に心を開いてきてくれている気がした。
「温泉にでも行かないか?」
少しずつ会話も増えてきていたあるとき、ラキシス様がそう言った。
「温泉? 温泉とはなんですか?」
「城から少し離れたところにある風呂だ。地下から湯が湧き出ているんだ。宿になっているから泊まりで……」
と、言いかけたところでラキシス様の言葉が止まった。俯いてしまった。これは……照れているのかしら。なんとなく耳が赤い気がする。フフ、可愛いわね……って、あれ? 可愛い!? 可愛いってなに!? 自分まで顔が火照り出したのが分かり慌てた。
「ま、まあ温泉とは地下から湯が湧き出るのですか!? 凄いですね! ぜひ行ってみたいですわ!」
慌てて言ったためになんだか声が大きくなってしまったわ。恥ずかしい。後ろでエバンや侍女たちがフフと笑っているような気がする……。
ラキシス様は言葉にはせずコクンと頷いて見せた。か、可愛い……い、いやいや、大の男に可愛いはおかしいでしょう! 失礼だわ!
そしてラキシス様の休暇のとき、城から少し離れた宿へと向かった。雪もすっかり深くなり、一面銀世界だった。
「とても美しい景色ですわね」
「ん……しかし君のほうが……」
ぼそぼそと呟かれた言葉は私の耳には届かず聞き直したときには、ラキシス様はそっぽを向いてしまい、なにも言葉にはしなかった。耳だけはやはり赤かったのだけれど。
特別室ともなると大きな部屋だった。しかし……
「す、すまない!! なにかの手違いだ!! 部屋を換えてもらうから!!」
今まで無口だったとは思えないほどの早口でまくしたてたラキシス様は、明らかに挙動不審で取り乱していた。
大きな部屋のなかには大きなベッドが一つだけだったのだ。こ、これはどうすべき!?
「い、いえ、大丈夫ですよ。い、一応婚約者でもうすぐ結婚するのではないですか。ですので、問題ないかと……」
「い、いやでも……」
ばつが悪そうに俯きぶつぶつ言っているラキシス様。ここは私がもう少し踏み込んでみるべきかしら。う、うん、そうよね。
ずいっと一歩を踏み出し、ラキシス様の目の前に立つと、その大きな身体の前から顔を見上げた。すると俯いていたラキシス様の目と初めて視線が合ったのだ。
驚くように目を見開いたラキシス様は、慌てて視線を外し、後ろを向いた。私はというと……
「綺麗!!」
ラキシス様の視線の先に再び移動し、逃げられまいと腕を掴んだ。
「ラキシス様の瞳、とても美しいです」
金色の綺麗な瞳。しかも金色だけでなく、色々な濃淡の色が入り混じり、宝石のように輝いていた。
「見るな!!」
ラキシス様は逃げるように顔を背け、前髪で目を隠す。でもやはり彼は優しい。私の手など振りほどくことなど簡単だろうに、無理に振りほどこうとはしない。顔を背けるだけだ。
「どうして? どうしてそんな綺麗な瞳を隠すのですか?」
「……」
「私は貴方の瞳が大好きです」
「……」
ゆっくりとこちらを向いたラキシス様は泣きそうな顔をしていた。そして顔が近付いて来たかと思うと、私をぎゅっと抱き締めた。