婚約破棄された無能聖女は、平民幼馴染と幸せになります。哀れな王太子様と嘘つき聖女様に復讐などは致しません。
「ジニア。貴様のような無能聖女はいらん。俺は神に選ばれし真の聖女を見つけたのだ。よって、貴様との婚約を破棄する」
王家主催のパーティーで告げられたその言葉に、あたしはしばらく言葉を返せないでいた。
あたしにまっすぐ指を突きつけるのは、この国の王太子であるオディール。顔と金だけは持っているが、正直言ってこれ以上ない馬鹿だ。色々教育を受けてきたくせに平民よりよほど頭が悪い。こいつが王様になったら間違いなく国が滅びるレベルで。
さらに気に入らないところは、馬鹿のくせに周囲を見下していること。事実無根のことで会う度会う度貶されて、何度ビンタしてやろうかと思ったかわからない。
それでも今までは我慢してきた。が、今回の事例はさすがに呆れて物も言えないほど愚か過ぎた。
――婚約破棄? ふざけんじゃないよ。
喉元まで迫り上がった罵倒をグッと飲み込み、オディールと、その隣にいる女を睨みつける。
そしてあたしは冷静を装って言った。
「これは王命による婚約。オディール様の独断で婚約破棄など決められるはずがないでしょう。それに、その腕に抱かれている尻軽……もとい、ご令嬢が真の聖女だとおっしゃるのですか?」
「そうだ。彼女――ダチュラこそが真の聖女なのだ! 彼女ほど美しく清らかな女性は他にいない!」
「あぁ、オディール様」
オディールにしなだれかかり、うっとりとした目をしている尻軽女ことダチュラ。
見た目はあたしより何倍も美人だし、身分もずっと格上の伯爵令嬢。でも彼女、実はあたしの侍女なのだ。
なのに侍女の仕事をサボり、忙しいあたしの代わりと称して度々パーティーに出席しては男に股を開いているともっぱらの噂だった。男爵子息、伯爵子息、侯爵、果ては隣国の大貴族にまで……。どうせ関係ないと思って放置していたが、まさかその間にあたしの婚約者様をたらし込んでいたとは。
しかもその誘惑に当たり前のように乗っかるオディールにも開いた口が塞がらなかった。
「どうして私が無能聖女だと?」
「ダチュラが貴様の聖なる力を上回る奇跡を発現させたのだ。それに対し貴様はなんだ。小さい結界を張ることくらいしかできぬではないか。だというのに聖女を名乗るなどと甚だ図々しい」
元々、婚約は王家が打診してきたものだ。それを勝手に破棄するのはおかし過ぎるし、そもそも、何を根拠にあたしが無能でダチュラが真の聖女ってことになるのかが理解できない。
しかしどうせ全部ダチュラの馬鹿な嘘をオディールが盲信しただけなのだろうとわかるから、言い返さない。
聖女の力があると言われて、無理矢理故郷の農村から王宮に連れて来られ、勝手に馬鹿な王太子と婚約させられたあたし。
それなのにこんなのってひど過ぎる。今までの淑女教育だの王妃教育だの、聖地巡礼だのというくだらない努力は一体何だったのか。命削って『結界』を張ったり、多くの人々に恵みをもたらしてやったりしたあたしの施しは無駄だったのか。この五年間の時間を返してほしい。
でも、むしろ良かったのかも知れないとも思う。
オディールと結婚すると考える度に憂鬱な気分になっていたし、毎日文句を言われながら過ごすのもごめんだ。
だからあたしは、大人しく婚約破棄を受け入れてやることにした。
「承知しました。
多分この国はこれからガタガタになっていくと思いますが、哀れな王太子様と嘘つき聖女様は勝手に破滅なさってください。それでは失礼します」
「おいちょっと待て。俺の話はまだ終わっていないぞ!」
「どうしてあなたの話を聞く必要があるんです? ――最後まで見苦しいことごちゃごちゃ言うなよ、馬鹿野郎が」
あたしはそう吐き捨てると、オディールとダチュラに背を向けて歩き出した。
まだ王太子が吠えているが気にしない。どうせ、もう二度と会わない人間なのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ガタゴトと貧素な馬車に揺られ、あたしは故郷を目指していた。
聖女というのは、この国で最も優遇されるべき存在なのに、いつもこんな馬車で国中を巡らされていたなぁと思い、無性に腹が立ってくる。
平民だからと侮られ続けていたんだろう。
あたしのことを何だと思っているのだか、理解に苦しむ。無能? そんなわけがない。あたしは確かに聖女だった。神に認められた聖女だと言っていたのは国王や神官どもだったというのに。
でもあたしはあたしを冷遇し続けた者たちにも、もちろん王太子オディールやダチュラにも復讐したりはしない。もはやあいつらに少しの興味もないのだから。
五年ぶりに帰って来た故郷の村は、随分と寂れていた。
きっとあたしがいなくなったせいなのだろう。農作物はすっかり枯れ切って川は干からびている。
あたしの聖女としての収入は全部この村に送るように言っていたはずだが、それはどうやら実行されていなかったようだ。
聖女として国中を飛び回っている中、あたしを執拗にこの村に近づけないようにしていたのはそのせいか。あたしは納得しつつ、金を横領した誰かさん――はっきり言ってしまうと間違いなくダチュラだろう――を苦々しく思った。
歯噛みしながらあたしは、村に足を踏み入れる。
するとすぐにおばさん連中が気づいて、私に駆け寄って来た。
「ジニアちゃんだ」
「ジニアじゃないか」
「待ってたよ。最近川の水の濁りがひどくてねぇ」
「どうして戻って来たんだい」
「そりゃああんた、クランに会うためじゃないか」
「でもジニアちゃん、王太子妃なんだろう?」
「帰省なのかい」「とにかく歓迎しなくちゃね」
あたしが事情を話す間もなく、おばさん連中はそれぞれの家へ向かい、大声で皆にあたしの帰還を知らせていく。
そして皆に大歓喜されながら迎え入れられたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あたしがこの村へ帰って来た最大の理由は、幼馴染のクランに会うためだった。
みなしごだったあたしは、クランの家で共に育った。生まれた時から王宮に連れて行かれる十三歳の時まで片時も離れなかったと言っていい親友。そしてあたしが密かに想いを寄せていた相手でもある。
王宮のパーティーとはまるで違う、田舎臭いどんちゃん騒ぎの中、あたしは彼と再会した。
すっかり身長が伸びて大人び、しかし少し痩せこけた少年。しかしあたしはそれが彼だとすぐにわかった。
「……久しぶり、クラン。元気にしてた?」
「うん。でもジニアがいなくなってから、すごく寂しかった」
「あたしも。クランに会えてとっても嬉しい」
オディールみたいに金髪碧眼ではないし、顔だって地味。体格は骨と皮みたいだし、キラキラ要素は一つもない。
でもあたしはクランの方がよほど格好良く見えた。
あたしはクランの手を握り、聖女の力を流し込む。
するとあかぎれだらけだったクランの手はツヤツヤになり、顔色が良くなる。
驚きながらあたしを見つめてくる彼にあたしは言った。
「あたし、無能聖女なんだって。それで王太子様から婚約破棄されちゃったんだよね。今までの五年間、馬鹿みたい。だけどあたし、今とっても嬉しいの。
……ねえクラン。あたし、あんたが好き。ずっと言えなかったけど、会えない間もあんたのこと考えてた」
「――――」
しばらく、気まずい沈黙が落ちる。
周りでガチャガチャやっている村人たちはあたしたちの様子を興味津々で見ていた。けれどあたしはそんなことは全く気にならず、クランの顔だけを見ていた。
「実は僕も、なんて言ったら君はどう思う?」
「飛び上がって喜ぶよ」
「僕はこんなむさ苦しい平民男なのに?」
「そんなこと言ったらあたしはガサツな平民女よ。長年淑女の皮を被ってたけど、もうそんなことしないしね。どう、受け入れてくれる?」
オディールと婚約してしまったことで叶わないと今まで思っていた想いを全力でぶつける。
クランは答えを寄越す代わりにそっとあたしに顔を近づけ、優しく口づけをした。
おばさん連中や酔っ払った男どもが「わああ」っと大きな歓声を上げる。
あたしは顔を赤らめながら、お返しとばかりにクランを抱き締める。
彼の温もりを感じながら、久々に――それこそ五年ぶりに心から幸せだと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからまもなくあたしたちは結婚し、平民にしてはちょっと贅沢な一軒家で二人暮らしをすることになった。
聖なる力を使って農業を立て直したり病人を治したりしながら、のんびり生活を満喫している。
そんな中、王都から使者がやって来たことがあった。
なんでもダチュラの聖女の力は偽造であり、結界が緩んで大変なことになっているとか。その上に隣国の大貴族をはじめとして十人ほどの男とダチュラが交わっていたことが公になり、彼女の処刑や王太子の廃嫡、そして内乱などで大変なことになっているらしい。まあ、大体予想通りだった。
……が、あたしは別に何とも思わない。
もはや彼らとは完全に無関係だ。手を貸す義理はない。そう言って使者を追い返すとすぐに面倒な奴が訪れた。かつてあたしの婚約者であった元王太子オディールだ。
「ジニア、貴様は王国を見捨てるのか!」
「あたし、もう聖女じゃないんで。ってことでさよなら」
あたしは哀れな王太子にも尻軽女にも、決して復讐はしない。
ただ見捨てるだけだ。あたしは村に結界を張り、二度と彼と顔を合わせないようにしておいた。
きっと近いうちに元王太子様は野垂れ死ぬだろうが、知ったこっちゃないというものだ。
あたしはあたしの愛する人との幸せな暮らしを守る。
聖女ではなく、一人の女として――。
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