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8:鳥葬

星々は昇り、瞬きながら待っている

人の言葉のやってくるのを──

だがもちろん、地上を歩く人の身では

その全てを宇宙に持ち込めはしない──だとすれば

人はずっとずっと、偉大な排泄を行い続け

その浄化を、世界に任せ続けてきた

星々は自らの受け取れぬものを

地上の分身に委ねることで

宇宙と、この地球の均衡を保ってきたのだ

地上で、星々を戴くもの、反射の力で

思考を空から降らせ続け、そして

人の澱を食べ続けてきた、それが、鳥たち──


「あそこが鳥葬台

 すぐそばの小屋が、鳥葬師の作業場

 感じますか、この冷たく乾いた土地の風を」

「集まっては、すぐばらばらになる

 岩肌の色が、風にも染みているようで

 まるで、ここの風は死の彫刻家のようです」

「この風が、ハゲワシたちを形作ってきました

 いつも思います──鳥たちが死体を食べるのは

 あれはいったい、死なのか、生なのか」

「僕には、命のように思えます」


鳥たちが、集まってくる

何羽も何羽も、捧げられた抜け殻に──

そこには命の流れがなくて

でも、とどまることも、溜まることもなく

風の動きと同じように、ハゲワシたちに分散し

そして地球を回す力となる


「人の肉をついばむ彼らは

 けっして人の御魂を知らず

 ただ、もくもくと、彼らの使命をこなすのです」

「不思議です、風が全てを支配している

 でも、その流れのなかに

 人の言葉は見当たりません──少なくとも

 僕には感じられません」

「死者は僧の読経によって

 早々に、その御魂を引き離され、天に昇っていきます

 ですが死体は命によって、まだ

 ハゲワシたちの食事であり続けるのです」

「鳥たちが食べているのは、あれは

 いったい何なのでしょう──」


それが、人が大地に残すもので、地球にとっての毒で

大きな大きな、硬い塊としての頭部であると

僕にはそれが視える──いつの間にか

そんなものが視えるようになって

僕は少しだけ、彼女に近付けたような

そんな気がする──だけど

やっぱり僕は地上をまだ生き、鳥たちの食事を

彼女だったらどう描くだろうと、そう、考える

目の前に広がる、広大な無人

そこに飛び交う命の破片を、彼女なら、どう視ただろう

いや、命は切れもしないし無くなりもしないと

彼女はそう言って、風と溶け合う光を描くかもしれない


ハゲワシが、飛んでいく

人の毒が地球に沈むことを防ぎ

大空に舞い上がりながら

鳥は自らが星々であると感じ、そして

彼らもいつか、死んでゆく──流れ星はその時

祝福と邪で成り、僕らは夢を見、色をまとう

その循環は、きっと、間違っていない

間違っていないけど──僕らはいつまでも

そこにいるわけにはいかない──だから

呪いのようにそれを感じているとしても

きっと、まだ、希望はあるのかもしれない──そう

機械化人間にも


「ここまで、やってくるんですね、彼らは──

 鳥葬なんて、彼らから一番遠いものなのに

 それでも──まだ死を求める衝動を

 ああやって抱ける者もいるんですね」

「ここは立ち入り禁止区域です

 やってくる機械化人間は確かにいますが

 でも、彼らには罰が待っています

 もっとも、どんな罰も、彼らには意味のないものでしょうが」

「せめて読経を、受けることはできないでしょうか」

「求めがあれば、僧たちは引き受けるでしょう

 ですが、彼らの御霊はもう、その音に揺れないのです」


それは、分かっている──

彼らの否定したものは、地球の上でどこまでも大きい

今や衝動が死を求めても

彼らの言葉が、聖なる言葉に触れることはない

だから、彼らの手にした鉄の体が

そうやすやすと、言葉を解放することはない

でも、それでも──

ハゲワシを求める硬い足取りに

僕は悲しく顔をうつむけ、そして

祈らずにはいらない──もう、たぶん、けっして

彼らに聴こえることのない、光の溶ける言葉を


「人が集まると、ハゲワシたちは逃げていきます

 だからここは立ち入り禁止なのです

 風の流れを、不当に変えてはいけないのです

 私は彼を連れていきます

 ハゲワシたちは、機械化人間を嫌います

 風に乗ることのない、彼らの思考を嫌悪します」

「でも誰かが、誰かがきっと

 彼らも引き上げなければいけません

 そうじゃないと、僕らはみんな

 まっとうな死を、無くしてしまいます」

「あなたは、自分にそれができると?

 残念ながら、そんなことができる者など

 どこにもいはしないのです

 鳥たちにできないことを

 いったい誰ができるというのです」

「分かっています、分かっていますが

 でも──」


橋の下の深い谷に身を投げた

あの日の彼女が脳裏に流れる

彼女は──彼女は自分でそれをした

だから、最後の最後まで、僕は信じていたい

どうなっても、人が自分で死を守るという

その、高潔と悲哀と、人という自由を

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