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7:宙吊りの墓

人は死ねば天に行くと言い

天は上にあると言い

多くの者が空を見上げ、そして

そこへ昇ることを夢見ている

きっと、それは間違っていない

確かに僕らの頭の上の、遥か向こうに空はあり

さらに向こうの遥か彼方に、宇宙が広がる

人は死ねば、星になるのだ

星の世界の住人となり、闇を捨てて光となって

黄道十二宮を遊回する──だけど

宇宙はそんなに、遠いものかと時々思う

いつだって、そう、地上を歩いている時だって

僕らには、宇宙が浸透しているのだ

だから

人は宇宙に憧れ、宇宙を逃さまいと

この、体を硬くしてきた──それが

機械化人間を生み出した

宇宙は、けっきょくのところ宇宙のもので

僕らが縛り付けることなど、できるはずもなかったのに──

人の欲深さが、宇宙を死へと追いやった

でも、それは

今に始まることではない

全てのものが、あらゆるものが

いつか死を取り違え、そして滅んでいく


わずかに霧がかる山岳の道

見上げる断崖には、吊るされたいくつもの棺

かすかに、すっと松の香りが通り

地上と棺を結びつける、古い意志を僕は感じる


「彼らは、人は死んでもすぐに天へ昇れないと

 そう、考えていました

 それには時間がかかる

 そしてその間、死体が腐らぬよう

 松の葉で燻製とし、人や獣に荒らされぬよう

 あの、高い場所に死者を置いたのです」

「彼らにとって

 地上の力はとても強いものだったのか

 それとも、それがずっと、本来の人なのか」

「どうなのでしょうね

 もうこの埋葬法はされていませんが

 始まったのは、そうですね──

 イエスの生誕くらいでしょうか」

「人が固まるには、十分な時代だった、かもですね」


案内人が、僕の目を覗き込み

そしてそっと目を伏せる

風が吹いて、僕は足に力を入れて

まだ、自分の何ものも飛ばされないよう意識を保つ

流れるように光が差し込み

棺の影が濃ゆく落ち込む

そこに

ああ──と、僕は見つける

もはや喋り相手もいない悪魔が

痩せた体でそれでも笑い、その光景が虚しくて

僕は小さく、光、と、つぶやく

悪魔は大きく目を見開いて

慌てふためき逃げ去っていく


「あなたは不思議な人だ

 生命に満ち溢れ、その流れを意識しながら

 どこか死に急ぐところがあり

 光と強く親和している

 きっと、あなたなら

 死体が腐る前に、天へと昇っていけるような

 そんな気さえするのです」

「以前は、自分が半分、死者の顔をしてるような

 そんな気がして外に行くのが怖かったんです

 でも今は、そんなに気にはなりません

 自分のすぐ近くに、大切な死がいて

 いつでも彼女と手を繋げること、そのほうが

 僕にとっては意味があると、そう、思っているんです」


わずかに、吊られた棺が揺れた気がして

僕は断崖を見上げる

まだ残っていた悪魔が、怒りに満ちたその顔で笑い

嘲るように、見下すように体を揺らす

風が吹いて、そのにおいに溶けて

油臭い死が漂ってくる──これは、間違いなく、機械化人間

僕は、指を差す

その先に光の全てを集中させて

もしかしたら、彼がかつての命に触れて

何かを思い出すかもと、そう、願いながら

でも──彼にはもう、届かない

どんなに光が包み込んでも

彼の硬い皮膚を貫くことはない

その内側の、黒く沈んだ震える闇を

澄んだ匂いが照らすことはない


「あの放心した足取り──

 機械化して、時間もかなり経ってるでしょう

 ここに、墓にやってくるのは

 あるいは彼の、最後の光なのかもしれない」


案内人の言葉──それが

僕にはひとつの慈悲に思えて

でもそれが、吊られた棺のこの景色と、どこか合わない気がして

まるで、溶けない塩を見ているような

いやその塩は、実のところプラスチックだったような

そんな違和感が、霧と風の撫でる大地に広がっていく

その、なかに──

僕はさらに異質なものを感じ取る

聞こえるそれは、溶けることも消えることもない

地球を黒く塗りつぶしていく、そんな

硬い硬い鋼鉄のような小さな棘──小さいけれど

それは大地にとって大きな異物

天国に、いきたい

天国に、わたしもいきたい──

そう、漏れる、かすれた機械音


「いまやこの島にいるのは

 ほとんどキリスト教徒です

 土のなかで腐って消える、それを

 彼らは受け入れました──ですが

 そうすることのできない彼は

 這いつくばりながら、崖の棺を見上げるのです」


案内人の言葉──それが

僕には厳しい怒りに思えて

それが、この地の硬さの全てに流れて

僕は思わず震え上がる──だけど

機械化人間は、何も感じず足を踏み出し

首を上げて棺と空を見ようとする──その

暗く沈んだ瞳に、今いったい何が映って、そして

まだ、何を考えられるのか──


僕は、目を閉じる

手の先の熱くなる命の感覚を

風に流して草木を揺らす

季節外れの花が咲き、白い香りが吹き

彼女の名前を思い浮かべる──そう、思い浮かべる

声に出すことは、できなかった

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