表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6:朽ちていく墓

激しい雨の打ち付ける大地に

埋もれるように木が横たわり

僕は、巨木と苔のなかを抜け

草はらへと足を踏み出す──踏み出して

その、寂しい色が、僕を止める

これは──この光景は、あの日の

彼女の事故を思い出させる

突然降り出したのは

今日みたいな、強い音の雨

それに覆いかぶさるように、耳鳴り

鋭く冷たい金属の音が、呼吸を熱くする

燃えるような皮膚の感触と、でも

体の内は、闇の底のような、冷徹な寒気

耳鳴りが、一本の糸のように伸び

それが目の裏に映り、今にも切れそうに

細かく震えている──それは

この地上で、ぎりぎりのところで

強い痛みに耐えている僕の意識そのもの

そして──あの時僕が、と

もはや誰の慰めにもならない仮定に支配される

分かってる

何にもならず、どうすることもできない、ただ

僕は受け入れ、どんな暗闇のなかでも

光を見つけなければならない、ただ

そうする他に、命の幸せなどありえない

だから、だから──


「だいぶ顔色が悪いようですが

 雨に冷えましたか」


案内人の声に、僕は荒い呼吸で答える

聞こえる自分の音が、灰のように意識に降り積もる

それは温めているのか、熱を奪っているのか

もう、よく、分からない


「戻りましょう

 あなたは、今にも倒れてしまいそうだ」


大丈夫、大丈夫です、ここで、僕は

逃げ出すわけにはいかないんです──

震える手で、案内人の服を掴む

そこから、一瞬──鮮やかな色が流れ込んで

僕の目は、動きを取り戻す

足も、手も、唇も、全部まだ震えているけど

この、光景を、見続けることができる


「教えてください

 風雨にさらされ、あの木々たちが、あの墓が

 どうなっていくのか」


案内人に、手を握られる──それは

冷たく湿った柔らかな肌

僕はきっと

彼女に連れられて、光の世界に生きている

それは命という死の次元

僕はまだ、自分の皮膚を感じ

その外となかが交換する重たいものを肯定する

同時に、皮膚を貫き僕の言葉を賦活する、あの光を

地上の何よりも身近に感じる

僕が知りたいのは

墓や骨の色合いではなく、そこから空へ溶けゆく光

それから、さらにさらに登りゆく言葉


「この島は無人で

 墓を管理する者も、もういません

 ただ、朽ちていくのです

 巨木墓の上部が死者の在り処ですが

 それもずいぶん昔の話

 見てください、全ての木々は彫られ

 そこには精霊と物語があるのです

 しかしその詳しいところは、特別な者しか知らず

 今はもう、多くが忘れられています」

「ですが、僕には、あれらの墓が

 悲しいものには見えないんです」

「ええ、誰も覚えていなくとも

 ここには確かに精霊が

 ええ、優しい眼差しで、佇んでいます

 墓が朽ちることも

 いずれ全てがなくなることも

 彼らには、大したことではないのです」

「だとすれば──」


僕は、灰色の空を見上げる

数え切れない雨粒が、この景色には優しく

そして僕には冷たく痛い

その感覚が、体と命と言葉を繋ぐ

僕はかがんで、水浸しの草を触る

その下のぬかるむ土を握る

そこに浸透している、たくさんの意志に触れる

するとこの光景から、硬いものがどんどん透けて

まるで、一枚の絵そのものが

涙でびっしょり濡れてるような

そこに精霊たちが、声を抑えて俯いている

そんな感覚が、僕の内に満ちる


「全てのものには

 優しい諦めがあります

 僕はいつも、雨にそれを教えられます

 でも、だとしたら

 それでも抵抗しようとする、この痛みは

 いったい、何なのでしょう」

「それでも彼らも、死者のために墓を作り

 ここに建ててきました

 墓はいずれ朽ちていく──でも

 それはすぐではありません

 長い長い時間、人にとって

 とても長い時間なのです」


人にとっての──長い時間

そう、音もなく変わりゆく

緩やかで、透明な、僕にとっても、彼女にとっても

命のありのままの、そんな光の遷移

だから

僕はきっと、この痛みを

彼女に笑うことができる

そう、そうすることを、そうなることを

彼女は僕と一緒に願い、そして

死んでいった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ