6:朽ちていく墓
激しい雨の打ち付ける大地に
埋もれるように木が横たわり
僕は、巨木と苔のなかを抜け
草はらへと足を踏み出す──踏み出して
その、寂しい色が、僕を止める
これは──この光景は、あの日の
彼女の事故を思い出させる
突然降り出したのは
今日みたいな、強い音の雨
それに覆いかぶさるように、耳鳴り
鋭く冷たい金属の音が、呼吸を熱くする
燃えるような皮膚の感触と、でも
体の内は、闇の底のような、冷徹な寒気
耳鳴りが、一本の糸のように伸び
それが目の裏に映り、今にも切れそうに
細かく震えている──それは
この地上で、ぎりぎりのところで
強い痛みに耐えている僕の意識そのもの
そして──あの時僕が、と
もはや誰の慰めにもならない仮定に支配される
分かってる
何にもならず、どうすることもできない、ただ
僕は受け入れ、どんな暗闇のなかでも
光を見つけなければならない、ただ
そうする他に、命の幸せなどありえない
だから、だから──
「だいぶ顔色が悪いようですが
雨に冷えましたか」
案内人の声に、僕は荒い呼吸で答える
聞こえる自分の音が、灰のように意識に降り積もる
それは温めているのか、熱を奪っているのか
もう、よく、分からない
「戻りましょう
あなたは、今にも倒れてしまいそうだ」
大丈夫、大丈夫です、ここで、僕は
逃げ出すわけにはいかないんです──
震える手で、案内人の服を掴む
そこから、一瞬──鮮やかな色が流れ込んで
僕の目は、動きを取り戻す
足も、手も、唇も、全部まだ震えているけど
この、光景を、見続けることができる
「教えてください
風雨にさらされ、あの木々たちが、あの墓が
どうなっていくのか」
案内人に、手を握られる──それは
冷たく湿った柔らかな肌
僕はきっと
彼女に連れられて、光の世界に生きている
それは命という死の次元
僕はまだ、自分の皮膚を感じ
その外となかが交換する重たいものを肯定する
同時に、皮膚を貫き僕の言葉を賦活する、あの光を
地上の何よりも身近に感じる
僕が知りたいのは
墓や骨の色合いではなく、そこから空へ溶けゆく光
それから、さらにさらに登りゆく言葉
「この島は無人で
墓を管理する者も、もういません
ただ、朽ちていくのです
巨木墓の上部が死者の在り処ですが
それもずいぶん昔の話
見てください、全ての木々は彫られ
そこには精霊と物語があるのです
しかしその詳しいところは、特別な者しか知らず
今はもう、多くが忘れられています」
「ですが、僕には、あれらの墓が
悲しいものには見えないんです」
「ええ、誰も覚えていなくとも
ここには確かに精霊が
ええ、優しい眼差しで、佇んでいます
墓が朽ちることも
いずれ全てがなくなることも
彼らには、大したことではないのです」
「だとすれば──」
僕は、灰色の空を見上げる
数え切れない雨粒が、この景色には優しく
そして僕には冷たく痛い
その感覚が、体と命と言葉を繋ぐ
僕はかがんで、水浸しの草を触る
その下のぬかるむ土を握る
そこに浸透している、たくさんの意志に触れる
するとこの光景から、硬いものがどんどん透けて
まるで、一枚の絵そのものが
涙でびっしょり濡れてるような
そこに精霊たちが、声を抑えて俯いている
そんな感覚が、僕の内に満ちる
「全てのものには
優しい諦めがあります
僕はいつも、雨にそれを教えられます
でも、だとしたら
それでも抵抗しようとする、この痛みは
いったい、何なのでしょう」
「それでも彼らも、死者のために墓を作り
ここに建ててきました
墓はいずれ朽ちていく──でも
それはすぐではありません
長い長い時間、人にとって
とても長い時間なのです」
人にとっての──長い時間
そう、音もなく変わりゆく
緩やかで、透明な、僕にとっても、彼女にとっても
命のありのままの、そんな光の遷移
だから
僕はきっと、この痛みを
彼女に笑うことができる
そう、そうすることを、そうなることを
彼女は僕と一緒に願い、そして
死んでいった