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4:塩と湖と墓

暖色の色とりどりの花たちは

愛してるという高貴な言葉を乗せられて

命がもっとも輝く場所で、香りを放つ──

そうして生まれた思いは

もしかすると永遠なのかもしれない

だけど、そこに添えた花々は

雨のない川のように、いずれ

流れる水の終わりを迎える

色の褪せ、硬くなった花びらは、きっと

恋人たちには似合わない──だから

色は色のまま、形は形のまま

花々は瞬間を固定されるようになった

けっして生きてはいない標本は、でも

すぐに恋人たちにも忘れ去られる

永遠なんて、そんなものなのかもしれない

好きな人からもらった花が

自分の前で枯れていくのは

暗い終わりと無常な世界が見えるようで──なんて

人間はまだ、そんな形に固執する

魂だけは不滅だなんて、どうして信じられるだろう

機械だろうがなんだろうが──きっと

化け物だろうが悪魔だろうが

好きな人が目の前にいて、動いて、喋るのならば

人間は許してしまう──たぶん、僕も、そうだった


僕は、深呼吸をする

どうして、この場所で

ここに合わないことを思ってしまったのかと

ひとつ、溜め息──

山と湖に挟まれた塩の街

斜面から水際まで、優しく木の家が建ち並び

僕は高台から、街と湖を静かに見下ろす

空が映り、雲が映り、光を返して街が色付く

もう一度、深呼吸──

流れる水の命の香りと

とどまる水の死へのにおい

たくさんの花が植えられ、そこに

屋根のある十字が立てられ、まっすぐ陽を受けている

花々は、愛してる以外の言葉に嬉々として

死のその上に咲いている──だけど

それでも花たちは純粋に、命であろうとしている

いや──きっと、どんな時でも

花に邪心はない

欲望も、暗い情念もなく、ただ、太陽を目指している

死の内から芽生え、死から体を与えられ、それでも

植物が、惑うことはない

生まれてから、死に絶えるまで

きっとずっと、植物は植物であり続ける


「ここは世界で一番美しい街です

 かつて塩に支えられ、塩により輝く、そんな街です」

「たしかに、そうですね

 そして全てが、湖に溶け出していくようです」

「いえ、この街はきっと

 あなたが思う以上に、硬いんですよ」


案内人の顔が、少し翳ってわずかに笑う

僕は空を見上げ、湖を見下ろし

そしてその間に位置するこの墓地で

流れそうで、でも流れない色があるのを見つける


「きっと誰も

 愛する人の死を受け入れられない」


呟くような自分の声が

まるで、誰かの声のように響く

案内人の足が、土を踏んで音を出し

そこには、なにか──

色のような、命のような、そんな

流れる動きがある気がした


「納骨堂に行きましょう」


彼の後につき、そばの建物へと向かう

左手側に、大きな湖──僕は少し立ち止まり

交差するふたつの色を見つめる

彼女なら、どんな絵を描くだろう──けっきょく

僕が最後に思うのはそれ

ちょっとだけ、目を閉じて

僕だけの時間を瞼の後ろに溜めていく

名前を呼んで、目を開けて──


「すみません、すぐ行きます」


納骨堂へ、向かう

なかには──骨がそのまま並べられて

でも、ここは明るく、まるで

湖の、豊かな水のその上に

確かな意志と静かな思いで建ってるような

そんな気がした


「ここにあるのはずいぶん昔の遺骨ですが

 ほら、見てください

 頭蓋骨のひとつひとつに

 装飾が描かれています」

 

僕は思わず──命みたいだ、そう

口にしていた

頭の部分に描かれた、蔦や花たち

それらの絵はまるで

大地から生え出た緑のように

この空間に、命という川の流れとなっている


「もしかしたらこの街は

 思ったよりも硬くないかもしれません

 やっぱり、あの湖の生と死が

 静かに静かに流れています」

「頭蓋骨の装飾に、何かを視たのですね」

「僕は大切な人を亡くしました

 その人も、絵を描いていたんです

 きっと彼女も、このように──

 死と命を結びたかったのだと、思います」

「そうですか

 素敵な方だったのですね

 あなたの愛する人に、祝福を──」


彼の言葉を受け取って

僕は彼女の名前を呼んだ──それは

僕の言葉に染み込んだ、いまだ消えることのない

光の内の、本当の、彼女のようだった

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