3:巨岩墓地
巨大な岩の壁、そこに穴が掘られ
いくつも穴があけられ、棺が入れられている
音のない雨に濡れ、わずかに返る光の
その視線は僕と向かい合うことなく
水気のなかで鳴る竹のほうが
身近な意志として僕の命と共鳴している
その、心地よさから一歩踏み出し
収縮していく感覚のなか
僕は岩を見上げる──高く、高く
水滴を抱え、そして落としてくる窪み
そこに、まるで天上の大地のように
死者の残した体が横たわっている──
「墓守りというのは、天国を信じておられるんですか?」
案内人が、背後から訊いてくる
何を、訊かれているのか──僕は分からず、彼の目を覗く
それは純粋で、無垢で、少しだけ悪意のにおいがして
なにか──この墓地を穢していくような、そんな気がした
いやでも、と──僕は思う
なぜかみんな、天国は空にあると言う
僕にはそれが分からなくて
空を目指す墓地は穢れ以前に、きっと
地上のにおいに浸されていると、そう、思っていた
たぶん、それは、間違っていない──
この墓地には、穴と棺以外に、たくさんの人形がある
生前の死者をかたどった、残る者への慰め
誰かのもたらす死が、誰かの続ける生を助ける
だとしたらけっきょく──天国があっても、なくても
それはきっと、たいした問題にはならない
「このご時世でも、私は天国が信じられなくてですね
こんなことを言ったら
それでは魂はどこへ行くのかと言われるんです
そんなの、どこにも行かないに決まっています
ええ、きっと、きっと──そうなんです」
案内人の、声が変わる
くぐもり、淀み、押し込まれた言葉
僕は空を見上げる
曇り色から、歪んだ時間のように、雨がやってくる
それは墓地をどこか遠くへ色褪せさせ
人形たちの小さな意志を隠し
世界を、世界そのものを、隔離していく
ここにいる、僕と彼──まるで
彼の秘めた執着と苦しさを、慰めようとするように
「大切な人を、なくされたんですね」
雨に混じって、案内人の顔が濡れる
最初は一滴──もう一滴、そして
すぐにとめどなく、やるせなく、どこまでも、深く深く
「今でも彼女がそばにいると
どうしてそう思ってはいけないのでしょう
天国なんかに行かず、ずっと、僕のそばに
ずっと、ずっと⋯⋯」
人間の言葉はきっと、生きることと同じくらい
死ぬことも望んでいる──だけど
もうひとつ、それらと同じくらいに
誰かと一緒にいることも、望んでいるのだと思う
僕だってそう
彼女と、もっともっとずっと、一緒にいたかった──
「あなたも、泣いておられるんですか」
案内人が、目を見開く
僕は、我慢できずに目を閉じる
強く強く、溢れることの大きな力を
じっと耐えて時が経つのを待つように
「僕もたぶん、空にある天国なんて信じていません──だけど
僕らには宇宙があります
そこから命が流れてきて
そしてまた流れ出していく先としての
明るい明るい、どこまでも明るい光の宇宙です
はるか彼方、僕らの指がそのかけらすら見えなくなる
そんなずっとずっと遠い彼方から
今、僕らが立って、雨を受けている
この場所まで、延々と、どこまでも
僕らには宇宙が広がっています
だから、だから──きっと
大切な人はいつも、そばにいるのだと、信じています」
傘が、落とされる
濡れしきる彼の顔が震えて、腕が伸ばされ
僕は、抱きしめられる
全身の意志が小刻みに揺れ続ける、そんな二人
僕の手からも傘が離れて
二人で、大切な人のために泣いた
墓地に置かれた人形たちは
いっさい僕らを見ようとはせず
まるで場違いな感情に戸惑うように
岩が、棺が、そして人形たちが、濡れていた
それは、肯定であり、でも僕らにとって
ひとつの否定のようで、やっぱり──
僕はまだ、泣いてしまうのだった
雨が、流していこうと優しく触れる
その一粒一粒から、声が、聴こえる
分かってる──分かってる分かってる
僕は、彼女を亡くしたことも、でもその言葉が
僕の言葉の内で動いていることも、ぜんぶぜんぶ
よく分かっている──分かっているのに
でも、僕はまだ地上を歩き、大地を歩き
そしてその美しい景色に心を奪われる
だから──まだ、僕は時に、彼女を求めてしまう
その手を、指を、温もりを
「あなたの仕事に、祝福があることを祈っています」
案内人が、涙をぬぐって言ってくれた
僕はお礼を返して、そっと目を閉じる
大丈夫──と、聴こえた気がした
ずっと残ってる、彼女の声が
僕の言葉のまんなかから
そっと優しく、僕の名前を、呼んだ気がした