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2:回廊墓地

青い空の下、緑の木々の間──

照り返す光の直線と雄弁が

僕を歓迎し、迎え入れてくれる

光はいつも優しい──きっと、優しい

僕はまだ、自分が抱える死よりも、その

死という骨を包み込む命のほうが強くあるのだと知る

いやむしろ──

僕は案外、長生きするのかもしれない

それは、命の強靭さ、ではなく

やはり、死に守られているから


僕は回廊を歩く

ずいぶんと長い、宮殿のような回廊

その柱に、天井に、壁に

生き生きと蔦が絡み

いたるところ花が添えられ

明るく、華やいでいる

でも僕の足の下──床のその下から

黒いもやのように死が気配を立ててくる

地上の色とりどりの命と交差し、ぶつかり──

けっして混ざり合おうとはせず、その気もなく

まるで互いが互いに無関心のように

それぞれの在り方を貫いている

それは──

ここを訪れる人たちですら、どうでもいいと言わんばかりに


「どうです、美しいところでしょう

 墓碑も、全て異なる意匠で

 ここは墓地という名の美術館です」

「たしかに、素敵なところですね

 でも、棺に足を乗せるというのは

 ちょっと抵抗を感じます」

「いえむしろ、しっかり踏んであげてください

 それによって、死者が徳を積めるのですから」

「徳、ですか」


立ち止まり、僕は足下の気配を感じる

たぶん、ここには死だけではなく

死者から剥がれ落ちたものが

堆肥のように積もっている──きっと

僕らが踏むのはその肥だ

地上が与え続けてきた、生前の情念を、衝動を、欲望を

浄化するため僕らは歩く

だとしたら──

僕らの足音の届くところに

死者たちは立っている

爛れた言葉で、少しずつ、光を取り戻しながら


「ここの墓地の名前、たしか

 静かに眠る、という意味でしたね

 こうも足音の多いなかで静かに眠る、というのは──」

「人間は、死んだからといってすぐに静かにはなれません

 あらゆる喧騒が、彼の言葉の内にあります

 大風が、嵐が、荒波が、死んだ後も付きまといます

 それらを抜け出し、はじめて

 静かに眠るのです」

「僕らが歩くのは

 彼らの安眠のための手助け、ですね

 僕らの足音は

 さしずめ聖なる雷の響き、ですかね」

「きっと、そのように

 そして同じく私たちにも、祝福があることを──」


彼の祈りに触れながら

僕はそっと目を閉じる──光が

あらゆる言葉に浸透し、優しい眼差しを見せる

静かな──声が聴こえる、それは

ここを歩く人たちの、死者への慰め

──でも

硬い気配と意識を感じ、僕は目を開ける

立ち止まり、見まわし、湧き上がる恐怖と怒りに

動揺と焦燥を感じ、僕は思わず、声を出す


「機械化人間」


体の全て、筋肉も心臓も神経も脳も機械化し

地上の永遠を手にした人間

死であり死ではなく

死ぬことのない死である人間

肉の体と見分けのつかない彼らを、でも

僕は見つけることができる──それは

人の姿で動く彼らの、命の欠如が視えるから

──いた

あそこに、回廊墓地の流れる生命の合間に

冷たく静かに音を立て、歩いている


「よく分かりましたね

 彼は週に一度、必ずここに訪れるんです

 でもどうなのでしょう、きっと

 彼はもう、自分の意志ではなく

 そういうプログラムで、来ているのかもしれません」

「まさか墓地で、機械化人間と会うとは思いませんでした」

「機械化人間は、お嫌いですか」

「どうなのでしょう──ただ

 僕は彼らの末路を知っています

 それはとても恐ろしくて、人間の

 死だけではなく、生も同時に否定する、そんな

 残酷で歪な存在だと、思うんです」


墓守りの彼は目を伏せ

耐えるように目尻を震わす

それが──どういう意味の言葉なのか

僕にはすぐ分からず、ただ

静謐に広がる悲しそうな気配が

潤んだ星々のように、弱々しく煌めくのが視えた

ふと、浮かぶ疑問──僕の血と脊柱に

冷たく落ちるひとつの問い

機械化人間の、その足音は

ここの死者を慰め、積み上がる徳となるのだろうか──

でも、たぶん

彼の歩くその重さと歩幅は

きっと──死者の耳まで、届かない

彼はもう、本来

この回廊の下に眠っている、骨たちの、兄弟なのだから

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