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10/12

10:乾いた十字架と赤い瞳

これまで人は、いったい何回死んできたのだろう──

いつか僕にも訪れるそれは

疲れと痛みでうまく歩けなくても、でも

まだまだ先のことのようで

僕は、命の光に満ち溢れ、そして

今、立ち並ぶ褪せた十字の群れの前で

感じ入ることも、祈ることもせず

ただただ、続くこの景色のなかに立っている──

風の音がしない

熱い荒野に無造作に立つ十字架たちは

死者というより、その思いをかすかに背負って

義務も使命も持たず

わずかな言葉だけを発している

そこに、鮮明に響く、僕の足音

それは不自然な介入──

沈むことも浮くこともない景色が

抗うことを許さず、僕の存在を薄めていく

手をかざしても、反応するものはなく

ここには、ひとつの死体もないことを知る

そこに──

硬い気配を感じ、僕は身構える──だけど

何か、違うと思った

この十字架の群れのなかに、機械化人間がいる

いるのだけど、そこにははっきりと自我の意志があり

まるで、本当の人間のような──


「不思議な人間だな

 機械化人間の気配を感じて、警戒している

 でも、私はあなたに危害を加えない

 安心していい」


声が、した

不思議な、声だった

人としての意志と調和した、陰のある女性の声

機械化人間らしくない、思いのはっきり通った声

たぶん、機械化してまだ間もない──いや、だけど

何か、何か──違和感がある

安心していい、なんて言葉を

信じる気になどなれないはずが、なぜか

彼女であれば、大丈夫なような──そんな気がした


「私には大切な人がいて、でも結ばれる相手ではなく

 それでも想い合った私たちは

 二人で誰も知らないところに逃げた

 でも、逃げる途中に事故に遭い

 私は重傷を負い、それでも、機械化して生き残った

 彼は──そのまま死んでしまった

 墓を作ることもできず

 私はここに十字架だけ立て、ほとんど毎日通っている

 もう、ずいぶん長い間、ここに来ている」

「待って、普通は──

 時間が経てば経つほど、機械化人間は自我を失う

 言葉はどんどん固まって、動かなくなって

 あなたのように、なんというか──」

「分かるよ、言いたいこと

 なぜかは分からないが、私の自我は残り続け

 こうやって、あなたと話すことができる

 感情は、もうすっかり動かないが

 それでも、あなたが少し変わった人間だとも分かる」

「あなたの言葉は、確かに萎縮しているけど

 それでもちゃんと動いてる

 命を感じはしないけど、でも、動いてる

 まるで、重たい人形を、どこかから操ってるみたいに」


十字のなかから、女性の姿をしたものが

すっと静かに立ち上がる──その、姿は

素直に、綺麗だと思った

振り返るその顔に、焼けた光が当たる

そのなかで、睫毛と眉毛がわずかに揺れて

赤い瞳が、力なく金色に映る

僕は、息を飲む──まさか、こんな

もはや人間ではないものに、いわばただの機械に

こんなに惹き込まれるなんて思わなかった

いや、それは違うと、すぐに思い直す

彼女が、特殊なのだ

光を持たない彼女が、それでもここに立っているのは

きっと、これは、人間業ではない

僕はその奇跡に惹かれ、機械のその向こう側の

どんな嵐も薙伏せる、そんな無音の存在に

僕の、僕自身の名を、共鳴させている


「私はあなたを知っている

 機械化人間をそそのかし

 死を受け入れさせた悪魔と呼ばれる墓守り

 でも、私はあなたを憎まない

 あなたはきっと、機械化人間にも、優しいから」

「僕は以前、機械化人間を憎んでいました

 でも、今は違います

 僕にも、大切な人がいました

 彼女も事故に遭い、機械化し、でも

 彼女は人であろうとし、そして

 自ら死を選びました」

「そんなに強い人が──残念だったな

 でも、あなたの意志は

 その人の強さで支えられている」

「僕は、機械化人間を諦めたくないんです

 彼らにだって、まだ

 死を望む権利はあるし、死を肯定することだってできる

 今は、そう、信じたいんです」


すっと、赤い瞳の彼女が動く

まっすぐ、まっすぐに、綺麗な音を立てながら

この景色の何も邪魔せず歩いてくる

まるで、この大地そのもののような

いや、大地を知り尽くして、その音の全てを把握して

不協を生まず、ただ自然に通る音を発する──

僕は、彼女を見続ける──彼女の

その機械ではなく、それを動かしている

もはや悲しみも憂鬱も後悔もない、その意志を


「どうして、毎日ここに来るんですか」

「それくらいしか、やることもない

 ここには死体も何もなく

 ただ十字架だけの形だけだが

 それでも、私は、彼の死を感じていたい

 それは感情ではなく、もっと深い

 私自身の何かに触れてくれる」

「そうか、分かりました

 僕はあなたの火が気になるんです

 命をもっともっと純化した、いや

 命とはまったく別の、そんな光を

 あなたは絶やすことなく持っている」


赤い瞳が、僕を射抜く

全てを透かされるような、そんな感覚

音もなく、言葉もなく、もっともっと精妙な

細い細い光のような、そんな何かが

僕の存在を貫き、熱くし、明るくさせる


「もし、よかったら

 あなたについていきたい」

「それはとても嬉しいですけど

 僕と一緒にいたら、機械化人間に襲われます」

「心配しなくていい

 私は死を否定されたが

 私は、今でも死を否定してはいない」

「だったら──」


手を、伸ばしたのは無意識

まるで光に操られるように

僕の内の火がけしかけるように──

僕は納得して腕を動かし

そして、差し出された赤い瞳の引力を掴む

掴んで、流れ込んでくる、その力強い名前に震えた

ひとつの、光景が浮かぶ──それは

夜のなか、いくつもの火が灯されている


「僕は、世界中の墓地を巡ってきました

 最後に、行きたいところがあるんです」

「ぜひ一緒に連れていってほしい」


乾いた光が素早く落ちて

また、彼女の瞳が金色になる

それはくすんだ機械の色──でも

その色を生み出す彼女の無言は

まるでこの大地と空の全てのように

静かに、燃えているのだった

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