10:乾いた十字架と赤い瞳
これまで人は、いったい何回死んできたのだろう──
いつか僕にも訪れるそれは
疲れと痛みでうまく歩けなくても、でも
まだまだ先のことのようで
僕は、命の光に満ち溢れ、そして
今、立ち並ぶ褪せた十字の群れの前で
感じ入ることも、祈ることもせず
ただただ、続くこの景色のなかに立っている──
風の音がしない
熱い荒野に無造作に立つ十字架たちは
死者というより、その思いをかすかに背負って
義務も使命も持たず
わずかな言葉だけを発している
そこに、鮮明に響く、僕の足音
それは不自然な介入──
沈むことも浮くこともない景色が
抗うことを許さず、僕の存在を薄めていく
手をかざしても、反応するものはなく
ここには、ひとつの死体もないことを知る
そこに──
硬い気配を感じ、僕は身構える──だけど
何か、違うと思った
この十字架の群れのなかに、機械化人間がいる
いるのだけど、そこにははっきりと自我の意志があり
まるで、本当の人間のような──
「不思議な人間だな
機械化人間の気配を感じて、警戒している
でも、私はあなたに危害を加えない
安心していい」
声が、した
不思議な、声だった
人としての意志と調和した、陰のある女性の声
機械化人間らしくない、思いのはっきり通った声
たぶん、機械化してまだ間もない──いや、だけど
何か、何か──違和感がある
安心していい、なんて言葉を
信じる気になどなれないはずが、なぜか
彼女であれば、大丈夫なような──そんな気がした
「私には大切な人がいて、でも結ばれる相手ではなく
それでも想い合った私たちは
二人で誰も知らないところに逃げた
でも、逃げる途中に事故に遭い
私は重傷を負い、それでも、機械化して生き残った
彼は──そのまま死んでしまった
墓を作ることもできず
私はここに十字架だけ立て、ほとんど毎日通っている
もう、ずいぶん長い間、ここに来ている」
「待って、普通は──
時間が経てば経つほど、機械化人間は自我を失う
言葉はどんどん固まって、動かなくなって
あなたのように、なんというか──」
「分かるよ、言いたいこと
なぜかは分からないが、私の自我は残り続け
こうやって、あなたと話すことができる
感情は、もうすっかり動かないが
それでも、あなたが少し変わった人間だとも分かる」
「あなたの言葉は、確かに萎縮しているけど
それでもちゃんと動いてる
命を感じはしないけど、でも、動いてる
まるで、重たい人形を、どこかから操ってるみたいに」
十字のなかから、女性の姿をしたものが
すっと静かに立ち上がる──その、姿は
素直に、綺麗だと思った
振り返るその顔に、焼けた光が当たる
そのなかで、睫毛と眉毛がわずかに揺れて
赤い瞳が、力なく金色に映る
僕は、息を飲む──まさか、こんな
もはや人間ではないものに、いわばただの機械に
こんなに惹き込まれるなんて思わなかった
いや、それは違うと、すぐに思い直す
彼女が、特殊なのだ
光を持たない彼女が、それでもここに立っているのは
きっと、これは、人間業ではない
僕はその奇跡に惹かれ、機械のその向こう側の
どんな嵐も薙伏せる、そんな無音の存在に
僕の、僕自身の名を、共鳴させている
「私はあなたを知っている
機械化人間をそそのかし
死を受け入れさせた悪魔と呼ばれる墓守り
でも、私はあなたを憎まない
あなたはきっと、機械化人間にも、優しいから」
「僕は以前、機械化人間を憎んでいました
でも、今は違います
僕にも、大切な人がいました
彼女も事故に遭い、機械化し、でも
彼女は人であろうとし、そして
自ら死を選びました」
「そんなに強い人が──残念だったな
でも、あなたの意志は
その人の強さで支えられている」
「僕は、機械化人間を諦めたくないんです
彼らにだって、まだ
死を望む権利はあるし、死を肯定することだってできる
今は、そう、信じたいんです」
すっと、赤い瞳の彼女が動く
まっすぐ、まっすぐに、綺麗な音を立てながら
この景色の何も邪魔せず歩いてくる
まるで、この大地そのもののような
いや、大地を知り尽くして、その音の全てを把握して
不協を生まず、ただ自然に通る音を発する──
僕は、彼女を見続ける──彼女の
その機械ではなく、それを動かしている
もはや悲しみも憂鬱も後悔もない、その意志を
「どうして、毎日ここに来るんですか」
「それくらいしか、やることもない
ここには死体も何もなく
ただ十字架だけの形だけだが
それでも、私は、彼の死を感じていたい
それは感情ではなく、もっと深い
私自身の何かに触れてくれる」
「そうか、分かりました
僕はあなたの火が気になるんです
命をもっともっと純化した、いや
命とはまったく別の、そんな光を
あなたは絶やすことなく持っている」
赤い瞳が、僕を射抜く
全てを透かされるような、そんな感覚
音もなく、言葉もなく、もっともっと精妙な
細い細い光のような、そんな何かが
僕の存在を貫き、熱くし、明るくさせる
「もし、よかったら
あなたについていきたい」
「それはとても嬉しいですけど
僕と一緒にいたら、機械化人間に襲われます」
「心配しなくていい
私は死を否定されたが
私は、今でも死を否定してはいない」
「だったら──」
手を、伸ばしたのは無意識
まるで光に操られるように
僕の内の火がけしかけるように──
僕は納得して腕を動かし
そして、差し出された赤い瞳の引力を掴む
掴んで、流れ込んでくる、その力強い名前に震えた
ひとつの、光景が浮かぶ──それは
夜のなか、いくつもの火が灯されている
「僕は、世界中の墓地を巡ってきました
最後に、行きたいところがあるんです」
「ぜひ一緒に連れていってほしい」
乾いた光が素早く落ちて
また、彼女の瞳が金色になる
それはくすんだ機械の色──でも
その色を生み出す彼女の無言は
まるでこの大地と空の全てのように
静かに、燃えているのだった




