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1:カタコンベ

死とともに命は闇に消えるのか

それとも光に溶けていくのか──もちろん

光に溶けると僕は知ってる──だから

この冷たい地下墓地の、無機質で、色のない

人骨が壁となって続く闇を

まるで透けた大地を歩くように

感じ入る生命も、躍動する風もないまま進む

ただ僕という意志が灯りとなって

言葉のない空間を、こつこつ歩く


「二千年以上前の骨もありますよ

 死が時を止めて、そして

 生きた人が、ここではどこまでも仮初めの

 生臭い時間を持ち込んでくる

 でも死は動かず変わらない

 たぶん──

 ここの骨と訪れる人が

 交わることはないという、ただ、それだけです」


案内人は淡々と、小さな声で喋る

薄暗く、でもどこか厳かに──

彼の時間も止まりかけているかのように

年より断然若く見える──たぶん

僕もそうだと思う──でも

同じ墓守りでも、僕はもっと陽気だし、きっと

それは僕と彼を、光と闇が分けているからだと思う


「信仰はございますか

 ここの骨の多くが、かつてはキリスト教徒でした」

「教会には行きませんが

 光を信じていると言ったら

 ならクリスチャンだと言われました」

「光ですか

 ここにはあまりないものですね」

「墓はどこも同じじゃないかと思います

 死者ではなく、あるのは死ですから」


案内人はかすかに頷き、変わらず

死に寄り添うよう歩き続ける

それは、何もないところを存在が通るという

少し不思議な感覚

重たい骨たちの、闇に満ちた軽さ

それは土や石と同じで──これが

本当の死というものだと、思う

感情のない、命のない、言葉も名前もない

きっと、真の意味で

僕には触れることのできない、そんなもの


「私はきっと、ずいぶん死に似てきています

 私はここに、馴染んでしまった

 ですがあなたは

 墓守りなのに死の様相があまりない」

「そうですか?

 半分くらい死者になってるんじゃないかって

 自分ではそう思ってるんですが──でも

 僕の墓は、少し変わっているんです

 こことはある意味正反対で

 死者の命の残滓を、光に変える

 そんな墓なんです」

「なるほど、あなたの手が触れるのは

 死ではなく、生なのですね」


そういえば──と

僕は彼女を思い出す

ずっと絵を描いていた彼女

街並みの、そこに流れる命を視ていた

命の光をずっと描いてた、そんな彼女──

この旅も、本当は彼女と来たかった

ここに並ぶ骨たちを見て、彼女なら

どんな絵を描くだろう──きっと

カンヴァス全てを黒く塗り潰すような、そんな気がする

それとも、何も描かずに白いままで

「何もない」と、言うだろうか


まだまだ続く地下墓地は

耳を突付く音を響かせ、その

乾いた手触りだけのなかを

暗い永遠という恐怖で満たしていく

骨たちに、言葉がないのは幸いだと思う

ここでは、言葉の願いのどんなひとつも叶いはしない

僕は今日、ここを通るだけ──ただ、通るだけ

命を延々求める者にも

自分だけの死を望む者にも

ここは深くて黒い大きな口をいつでも開けて

どこまでも肯定として、大地を提示し続ける

それなら、ここにあるいくつもの意志は

骨の姿を借りた主人なき意志は、いったい

どこから来て、僕の視界に絡みつくのだろう


「気になりますか、骨たちの視線が」


案内人が、立ち止まる

それは、何かとても、恐ろしいことのように思えて

僕は足を、動かし続ける──彼も

すぐに歩き始めて、僕の前に音もなく戻る


「僕は、死を望み、あらゆる不死を望みません

 では、この骨たちは、いったいどっちなんでしょう

 ちょっと、分からなくなってきました」

「あの視線は

 死を望もうとする、神々の意志です

 しかし彼らが望んだ瞬間、全ては存在になるのです」

「だとしたら、あ、でも──」


ふと、僕は思い出す

自分の言葉を抱いたまま死ぬことを望んだ、彼女のことを

それは、その意志は

大地に強く衝突しても、砕けなかったはず

命の在り方を熟知していた彼女は、むしろ

大地を貫く言葉となって、僕の言葉に、存在している

だから──


「人間も、神々の一員なんですね」


僕は、立ち止まる

骨たちに覆われた空洞が、突然、愛おしくなって

そっと──僕は彼女の名前を呼ぶ

涙がこぼれて

その温かい水滴は、深い闇へと消えていく

だけど、この温かさが尽きることはない

それは、永遠と永遠の、静かな融合だった

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