1 異世界で新しい恋、始めました
「動けるようになってきたじゃないか。剣の筋も良い」
死なずに済んだ私は今、命の恩人様と、木剣(私が居た世界では、木刀と呼ばれていた物の形状だ)で手合わせをしている。褒められたけど軽く、あしらわれていて、それでも何故か木剣の扱いに私は懐かしさを感じていた。前世?で私は、木刀や竹刀を振り回していたのだろうか。
どのくらいの期間になるのか、もう何日も集落で過ごさせてもらって、新しい衣服を私は与えられていた。機織り機で作られた、チュニックシャツとズボン。ちなみに下着は無いようで、描写も恥ずかしいけど、いわゆるサラシとかフンドシのように布を巻いている。慣れると、これはこれで動きやすく思った。
私の木剣を容易く受け流している彼女は、この集落の長、つまりリーダーであるそうだ。「ただの名誉職、というか、お飾りだよ」と笑いながら説明してて、偉ぶった所が無い。ああ、ますます好きになってしまう。
長などと言うと、いかにも年長者なイメージがあるが(実際にそうなのかも知れないが)、彼女の外見は二十才といった所。しかし「私達、森の種族は長寿でな。ここに居る者は皆、数百年を生きているよ」と説明された時は、ああファンタジーの世界なんだと妙な実感が沸いたものだ。
病み上がりで息が切れて、今日も私は、一本も取れないまま木剣での手合わせに降参をした。手合わせの際は皮の小手と兜、そして胴の前面を守る木製の防具を着けるのが基本だ。胴の防具は肩紐で吊るしていて、剣道の装備と良く似ている。
剣道と違うのは、革靴を履いて地面の上で戦う事くらい。あと、突き技は危険なので禁止されている。木剣は木刀と同じく鍔が無いので、いわゆる鍔迫り合いも無いのは、ありがたかった。この集落の人達は皆、私より背が高くて筋力があるので、至近距離で押し合えば勝ち目が無いだろうなぁ。
「ありがとう……ござい……ましたぁ」
息を整えながら、何とか一礼する。周囲のギャラリーが拍手をしてくれた。集落に居るのは全員、女性。全部で三十人くらい? 皆、外見が大人で、子供は一人も居ない。長寿の種族なら、そういうものなんだろうか。異世界にも少子化社会が訪れてるのかどうか。
今はお昼どきで、ギャラリーは昼食を食べに、それぞれの木で建てられた小屋へと戻っていく。狩猟担当の人達は夕方には帰ってくるだろう。私は長さんの小屋に寝泊まりさせてもらっていて、食料は集落の方々が用意してくれていた。いいのかなぁ、ずっと私は無料で食べさせてもらってて。
「防具は外せるか? 私達も昼食にしよう、クロ」
すっかり子供扱いで長さんから、そう呼びかけられる。まあ子供なんですけどね。あまり記憶は無いけど、たぶん私は高校生くらいの年齢だ。名前も思い出せないので、集落の方々から私はクロと呼ばれている。髪の色が黒いからで、ここでは珍しいようだ。
「大丈夫です……自分で外せますよ、エルさん」
そう言いながら自然に、自分の顔が緩むのが分かる。この世界の人名は、私には発音が難しすぎて、だから私は彼女を『エルさん』と呼ばせてもらっていた。見た目がファンタジー世界に出てくる、エルフそのものだったから思い付いた呼び名だ。耳は尖ってないけど。
彼女の髪は金色。肌は白くて、見た目は欧米人みたい。ここがエルフの集落なら、みんな似たような外見なのかと思いがちだけど、そんな事も無くて肌の色などは違っていた。私を森で助けて、お姫様抱っこしてくれたエルさんは私より十センチ以上は背が高い。私も一六〇センチくらいはあると思うんだけどな。
「どうしたんだ。そんなに嬉しそうに、私の顔を見つめて」
笑いながらエルさんが言う。もうエルさんは防具を外していて、そもそも私との立ち合いでは兜を被っていなかった。「髪が乱れるのが嫌なんだ」という理由で、それで私を圧倒したのだから文句の付けようもない。肩までかかる、エルさんの髪が風で揺れた。
「嬉しいですよ。私の好きな人が、とっても強くて。そして、とっても優しくて」
私は既に、エルさんに気持ちを伝えていた。「それは一時的な感情だよ」と軽く受け流されたけど、全く諦めない私の姿を見る度に、彼女は優しく笑ってくれる。それだけで私は幸せを感じていた。
この想いは届かないのかも知れない。そもそも種族が違うし、年齢も違いすぎる。私の剣はエルさんに、かすりもしないかも。それでも私は、彼女を『エルさん』という、私だけの呼び方で呼ばせてもらえる事が嬉しい。好きな人をダーリンと呼んでいるような、甘い感覚に浸りながら私は彼女と昼食に向かった。