第二話
目の前に、見知らぬ男と女がいる。
『~~。お母さん達、もう疲れちゃった……。一緒に…………』
嫌だ……離せ……離せっ……!
「っ!はぁっ……はぁ……」
ナナシはベッドの上で跳ね起きた。
「(夢……?)」
「1番!まだ抵抗するか!」
ナナシはアヤノとソウタの前で研究員に暴行されている。
「っせえ!俺に命令すんな!」
「(ナナシ……?今日はいつもより苛立っている様だな……)」
「アヤノ」
ソウタが肘でアヤノをつついた。
「ソウタくん、なんだい?」
アヤノは小声でソウタに返事をした。
「ナナの奴、今日はいつもより長く痛めつけられてるけど大丈夫かな……。死んじまわねぇかな……」
ソウタの顔を見ると今にも泣きそうな顔をしている。
「ソウタくん……」
死ぬ事は……身体が丈夫な昼鳥という性質も相まって大丈夫だと思うが、仲間が痛めつけられているこの状況がアヤノ自身耐えられなかった。
だが、アヤノが止めに入った所でナナシは抵抗する事を止めないだろう。そして、研究員にどんなペナルティが課されるかもわからない。アヤノは、自分一人に課されるならいいと思っている。だが、ナナシやソウタ、そして夜鳥のみんなにまで迷惑がかかるかもしれない行為をする訳にはいかなかった。
「大丈夫だ、ソウタくん。ナナシを信じろ」
「……うん」
アヤノは、そんな戯れ言しか言えない自分自身を呪った。
「ナナシ」
アヤノは実験が終わった後、中庭のベンチに寝そべるナナシに声をかけた。手には救急セットが握られている。
「……今はお前と喋る気分じゃねぇ。どっか行け男女」
ナナシはふい、とアヤノに背を向けた。
「……手当てだけでも、させてくれないか……?」
「そんな気分じゃねぇ」
「ナナシ……」
ナナシはアヤノの消え入りそうな声に振り向いた。そこには悲しげな顔をしたアヤノがいた。
「んだよ男女。何でテメェが泣きそうなんだよ」
「ははっ……バレてしまったか?…………自己嫌悪さ……。仲間だと言っておきながら君を助けられない私の……」
「誰が助けてくれなんて言った?そういう所がムカつくんだよ」
ナナシは忌々し気に言った。
「ただの……自己満足だな……」
「ああそうだよ。わかったらさっさと行け」
「ただの自己満足でも、私は君を助けたい」
「は?」
「だからせめて治療だけでもさせてくれないか……?」
「は?てめえ何言ってんだ?助けなんて要らねーっつてんだろ」
「それは君の勝手だ。だから私にも勝手をさせてくれないか?」
「……うぜー。もう勝手にしろ」
「……!ナナシ、ありがとう」
「礼を言われる筋合いも無ぇよ」
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綺麗な家具にお洋服。美味しいお料理に大きな鳥籠。そしてそこにはご主人様。
『ご主人様!会いたかったですわ!』
私はご主人様に抱きつく。ああ、帰って来たかったその場所に、今、私はいる。
チラリとよそ見をする。すると、ご主人様の遥か後ろ、鳥籠の外に……
『あら……ソウタ、くん……?』
ソウタくんが何だか物悲しげな表情で笑っていた。
『おれは、ハルが良いならどっちだって良いよ』
ソウタくん、どういう意味ですの……?ソウタくん……ソウタ……く……
ハルはそこでハッと目を覚ました。
「……ああ、夢、ですの……」
ハルは心底がっかりした。
「(そう……ですわよね……それにしても……)」
夢の中にソウタが出てきた。ハルにはそれが気になった。
「(あれはどういう意味だったのかしら……?まあ、夢に意味を求めても仕方ないですが……)」
ハルはベッドから起き上がる。
「(ご主人様には会えませんけれど……ソウタくんには会えますわ)」
ハルはいそいそと朝の身支度を始めた。
「ソウタくん!」
「あ、ハル」
昼鳥の実験時間が終わった15時。ハルは中庭にやって来たソウタに手を振った。
「ハル、今日はなんかご機嫌だな」
「え、そうですかしら」
「おう!ご機嫌なのは良い事だぜ!」
「ふふっ」
ハルとソウタは二人で中庭の木の根元に座った。ちょうど木陰になっており、夜鳥のハルでも日の照らす中庭にいれる。
二人の談笑中、ハルは夢の事を思い出した。
「そういえば、今日ご主人様の夢をみましたの」
「おっ!ハルのご主人様の夢か?」
「はい。ご主人様のいる、あのお屋敷に帰れた夢ですわ……」
「そっか……早く帰れると良いな」
「ええ……。あ、ソウタくんも出てきましたのよ」
「えっ!おれもか!?」
ソウタはハルの言葉に驚いた。
「悲しげな顔で笑っておられました……。『おれは、ハルが良いならどっちでも良いよ』って……、どういう意味だったのかしら?」
「……なるほど」
「えっ!おわかりになられたのですか!」
「なーんとなく」
ソウタははにかんだ。
「教えてくださいまし!私気になって気になって……」
「えっとなー、たぶんだけど、おれ、ハルが帰っちゃうのが寂しいんだ」
「え……」
「ごめんな。こんなとこ居たくもないし、ハルがご主人様の所に帰れる方が良いって事くらいわかってんだけどな……。でも、ハルが嫌な気持ちになるのも嫌。だから、頑張って言ったんだろな。『ハルが良いならどっちでも良いよ』って」
「……そう……だったんですの……」
「あーあ、早く帰りてぇのに帰りたくもねぇ」
ソウタは大きく伸びをした。
「私、帰ってもソウタくんとお会いしたいですわ!」
「え」
ソウタは目を丸くした。
「ご主人様にお願いして、ソウタくんとお会い出来る様に頑張りますわ!」
「ハル……ははっ。じゃあ、頼むな」
「ええ!任せて下さいまし!」
ハルは笑顔でそう言った。
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眠れない……。夜鳥の本能がそうしているのかたまにこんな事がある。そんな時には決まって嫌な事を思い出す。
『亜人が学校来んなよな』
『しかも夜鳥。何そのつば広帽子。校則違反だろー』
『学校にはちゃんと許可を取ってある』
『うるせぇ亜人が口答えすんな』
『痛っ……』
『不採用……どうしてですか!』
『君、亜人だろう。亜人を雇ったとなるとわが社のイメージダウンになるんでね』
『…………』
『さあ、帰ってくれ』
自分を苛めていた奴らは社会に受け入れられ、真面目に頑張って来た自分は亜人というだけで社会のつま弾き……。自分の中の何かがボキリと折れた気がした。
真面目に頑張るなんて馬鹿らしい。俺はずる賢くお前らを食い物にしてやる。
「ああ、駄目だ」
これ以上考えると駄目になってしまいそうだ。リョウはベッドから起き上がり眼鏡をかけると部屋の外へ出た。
暗闇の中、中庭まで来ると、そこには先客がいた。
「5番ちゃんじゃん」
「リョウ」
レイが中庭の真ん中で突っ立っていた。
「何してんの」
「星を見ていた」
「何で」
「眠れなかったから」
この女は一言二言しか発さないから会話が面倒だとリョウは思った。だが、そんな奴でも今のリョウにはありがたかった。
「僕と一緒じゃん」
「そうなの?」
「そうなの」
会話が途切れる。リョウはやれやれとベンチに座った。
「星が、綺麗ね」
「そういう時は『月が綺麗ですね』って言うもんだよ」
「そうなの?」
レイの問にリョウはクククと可笑しそうに笑った。
「何」
「あはは、誰にでも言っちゃ駄目だよ。『I LOVE YOU』の洒落た訳し方なんだから」
「なっ……」
「あはは、ほんっとおかしい」
「じゃあ、リョウには良いの?」
「え?」
「リョウが言えって言ったって事はリョウには良いんでしょう?」
「な……そんな訳ないだろう!君をからかっただけなんだから……全く……」
リョウはレイの思いもしない言葉に面食らったが、それを悟られぬ様にぶつぶつと文句を言った。
そしてしばらくの沈黙……。先に口を開いたのはレイだった。
「月が、綺麗ね」
「……僕をからかうとはいい度胸じゃん」
「ふふっ」
レイが、笑った。
「君って、笑うんだね」
「そう、笑うの」
「ふーん」
二人はそのまま、眠くなるまで喋ったり沈黙したりを繰り返した。嫌な事は、思い出さなかった。
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『八雲 麗花(ヤクモ レイカ)巡査。この度の任務はわかっているね』
『はっ。例の研究所に潜入し、情報を集め、なおかつ組織を潰す事です』
『危険な任務になるだろうが、頼めるね』
『はっ』
「まずは、アヤノかな」
レイはそう呟いた。