第28話 過ち
そこは、この樹海の中で一番の大きさを誇る長寿の樹木。
俺はその中に連行されながらもお邪魔する。
すると、一人暮らしという割にはとてつもなく広い40畳くらいはあるであろう内装。
下は全て畳で構成され、窓の部分は花束の様に様々な花たちがカーテンの役割を果たしている。
まさに自然の恵みで作られた天然の日除け備品。
上からは暖色系の温かい光を優しく微かに照らし出すジャック・オー・ランタンが複数個左右均等になるように吊り下げられていて、とても整った部屋に見える。
そんな中、俺は今正座をして長と対面している。
どうしようどうしよう!!
この里の長と対面。
二人っきり、
でも幼女だ・・・
いやいやいや、見た目に惑わされるな!
あの二人の美人姉妹がへりくだる程の相手。
相当偉大な人物に違いない。
人じゃないけど、
今から何言われるんだろうか?
重い罰を下されたり、みんなの前であのデカい蛇みたいに首チョンパされて晒されるのだろうか?
公開処刑コースか?
冗談じゃない、まだ死ねないというのに、
セラフィーたちが何処に行ったのかもわからないのに、
まぁ、無事っていう可能性はあるが、あの攻撃で無事生きているって事は無いから俺の近くにいるはずなのだが、
いや、何の話してるの、
とにかく、この場の凌ぎ方を考えないと、
そんな俺の心境なんぞ知らない長は興味深そうに、そしてどこか引き攣った表情で俺の事を見て来る。
そして、エルフの長が碧眼で俺の目をじっくりと覗き込むように見て口を開く。
「まずは、此度の件のこと、謝罪しよう。」
「え?」
その言葉は俺の脳内を一瞬で白く染め上げる。
なぜなら、もっと語っ苦しいセリフから入ってくると思ったからだ。
色々と考えていたことが全て白紙に戻されてしまったよ。
エルフの事情、不法侵入の俺への処罰からその他諸々。
俺が考えていたことは大方こんな感じだ。
なので、その唐突に来た謝罪と言う言葉は俺の心を動揺させるのに時間は掛からなかった。
「ちょ、え?謝罪?何でですか????」
「ふむ、ワシが誤る理由はお主が一番理解しておろう。このエルフの樹海に来た時にお主の身に起こった出来事の事を言っておるのじゃ。」
「ん~~~~、この地に来て起こった出来事ねぇ・・・・・・」
俺は暫く考えた後、電球が頭の中でピカッと光って思い出した。
その出来事の事は確かに俺が地肌で体験し、今でも記憶の中に鮮明に残っている危険な仕打ちの事だ。
「あぁ、あれね。思い出した思い出した。赤の他人にいきなり矢を飛ばして来る野蛮なエルフの顔は今でも覚えているよ。危うく死ぬところだった。」
「そうじゃ、その事じゃ。だからお主には謝罪の意も込めて話しておこうと思うのじゃ。我らが何故人間を恨み、そして忌み嫌うのかという真実を、」
植物のカーテンから風が入り、俺たち二人の空間を吹き通る。
この状況は固唾を飲み込み、思わず硬直してしまうような雰囲気だ。
そんな中、初めに喋るのは勿論エルフの長。
長は萎れる表情で語る。
「そう、あれは確か・・・2年前の事じゃ。いつもの様に狩りをして、遠征をして、家族や友人と楽しく平和に暮らしている時に起こった悲惨な出来事。」
長は語り出した。
内容はこうだ。
平和で平凡な樹海の世界の中で、楽しく暮らすエルフ族。
長様はその時丁度遠征に行く為に身支度をしている最中で、弓を背に携え、魔石をポーチに入れて準備万全の用意をしていた。
がしかし、そんな長様の元に一人の男性が現れる。
今にして思えば、この二人の出会いこそが後の事件の元凶だったのだ、と長は仰る。
その男の人は大体30代半ばという歳で、片腕からは血が大量に流血していた。
それを見た長様は心配そうな顔つきで怪我を直してやり、傷を塞ぐ。
すると、たちまち顔色や気分が晴れて「ありがとう」と謝罪の言葉を一本送ってくれたそうだ。
長様はその人間の言葉に気分を良くして「せっかくだから里に案内してやろう」と快く提案し、その者を連れて行った。
長自体も信用していた。
だから不審な事はしないだろうと、そう腹を括っての行動であった。
しかし、事件は起こった。
エルフの樹海は火の海になり、あちらこちらで火災が発生する。
被害はどんどん加速していき、もう誰にも止められない事態に発展。
そう、全ては長の助けた男がした行動だったのだ!!
これは後に明白になった事実だが、あの片腕の流血は自らが付けた自損の傷。
全てはこの里にわざと怪我人の振りして紛れ込み、無茶苦茶にするための罠であり、一連の作戦だったのだ!!!!
その事を知らなかった長は、メラメラと真っ赤に燃える炎と焼け崩れていく里の光景を目の前で見つめては呆然と抜けた力で棒立ちする事しか出来なかった。
信じたくなかったのだ。
自分の所為でこんなにも酷い大惨事を起こしてしまうとは、
次第にエスカレートする被害、何処に潜んでいたのか分からない男の仲間らしき人達が次々と現れては男女問わずエルフを殺し、子供たちは生け捕りにされて攫われていく始末。
里の宝の半分も奪われた。
長は、このエルフの樹海に代々伝わる祖先からの全てを踏みにじったのだ!
そして後に残ったのは、エルフの無残にも悲惨な屍と大量の血痕のみ、
エルフは怒り、恨み、悲しく憎悪する。
これが事のあらましであり、悲しい悲しい物語。
長の口から語られた真実はここまで、
「どうじゃ、これで分かっただろ。お主が襲われた理由は全てこのワシ一人の責任であり罪なのじゃ。この事はまだ誰にも話しておらん。だから・・・・・」
俺は黙った。
あまりの驚愕な回想の内容に、言葉が出なかったのだ。
なんて声を掛けてあげればいいのか分からなかった。
どう励ましてやればいいのか分からなかった。
同情なんて出来なかった。
ただそこにあるのは、深々と頭を畳に擦り付ける情けない一人のエルフの姿だけ、
とてもじゃないが善行で行った行動とはいえ、その善の行動が逆に裏目に出てしまう結果になってしまったこと、
それはタイムリープをしたい程に後悔している過ち。
俺はそんなエルフに言葉を掛ける。
「あの、頭を上げてください。別に謝罪なんていりません。命を奪われそうになったのは事実ですけど、俺は今もこうしてピンピン生きてます。だから大丈夫。謝る必要はないです。それに、エルフのトップが簡単に頭なんて下げるもんじゃないですし、」
この言葉は俺の精一杯の勇気付けである。
だが、この拙くも頼りない言葉が二人の暗い雰囲気から微かにクスッとハモる笑いを抜き出した。
「そうか、そうじゃな。これではトップの器ではないな。」
「うんうん、」
俺は笑顔で満足そうに答える。
そして、それにつられてエルフの長も笑う。
「あの、一応言っておきますけど、俺は悪さなんて考えてこの里に入ったわけじゃないですからね!!偶々!偶然!!この地に迷い込んだだけ!!なので勘違いはしないでくださいね??」
「はっはっはっはっは!大丈夫じゃ。ワシはこう見えて3000年以上生きておる。だからこそ、分かるものもある。お主の目は邪な事など考えない情熱的で真っ直ぐで綺麗な色をしておる。あの人間とは違ってな。」
「3000年以上!?!?!?だと・・・・・」
「そうじゃ、吃驚したか?見た目がこんなにも美少女なワシの実年齢が3000年以上と知って、」
「いや、何となくだけど、察していましたよ。皆の前で演説してたところをばっちり記憶に埋め込んでるので、」
「ふむ、そうであったか。」
「はい、」
とその時!
扉を勢いよく開けてくる一人のエルフが衝撃音と共に飛び出して来る!!
そのエルフは長い金髪のロングヘアーで目付きの悪い眼差しをしており、入出するや否や跪く。
それから、遠慮と言う言葉を知らないのか、本人が傍に居る状態で堂々と物騒な言葉を飛ばしてきた。
「長殿!一つお願い事がございます。そこに居る人間の子供を今すぐ始末する許可を頂きたく存じます。」
「何!?」
俺は瞳孔を縮めてそのエルフを見つめる。
よくよく見ると、そのエルフは俺が一番最初に言葉を交わした顔面凶器エルフだ。
素敵な矢を足元にプレゼントしてくれた嫌味な奴。
しかし、さすがにこの意見を通すわけには行かないので長は反論する。
「ならん、」
「どうしてですか、理由をお聞かせください。」
「ふむ、理由・・・・か。それは簡単な事じゃ。こやつは今日からワシの友達になったからじゃ。理由なんてそれで十分じゃろ。」
「なっ!?」
「とも・・・だち????」
待て待て待て!!!
友達・・・今この人、俺の事を見つめて友達って言った!?
30分くらいしか話していない仲なのに友達とは、
驚愕する俺。
それは天と地を震えさせ、上下逆転するような発言。
この言葉にはさすがの顔面凶器エルフも予想外!!!
激しく反論する。
「な、何を仰りますか!!ふざけているのですか長様!!人間の子供が居るんです。今すぐにでも処分すべきでしょ!昔の事をお忘れになったのですか!?!?!」
「もちろん覚えておる。鮮明にな。だが、それとこれとは話が別じゃ。」
「くっ、」
下唇を噛んで悔しそうな顔をする顔面凶器エルフ。
眉間に皺が寄る程に、腕や顔や眼球に血管が浮き出る程に力を込めて悔しがっている。
その姿はまさしく顔面凶器である!!!
そして、そんな表情をチラッと見た長は耐えかねたのか、顔を近づけ、人差し指を立てて一つ提案をする。
その提案とは、
「ワシはこの人間を信用しとる。だが、お主はこの人間を信用どころか邪魔な存在だと憎み、今すぐ殺したいと思っておる。ならば、この際だ。ここは例の"しきたり"で白黒はっきり勝負を着けようではないか。どうだ、乗るか?この提案に、」
この提案を持ち掛けられた顔面凶器エルフは即断する。
「いいでしょう。その案乗りましょう。ですが、俺が勝った場合あの人間の命を貰います。」
「よかろう。」
「お主はどうじゃ?人間の子よ。」
え?命を奪う?しきたり?
聞いてない聞いてない!!!!!
何今から何やるの!!!!
ちょっと待ってよ!!俺何も状況理解してないのに話が進んでるやつ?
勝手に人の命とか賭けないでもらえますか長さん。
承諾しないで!否定して!!断固として断って!!!
さっきまで俺のこと友達とか言ってたじゃん。
あの言葉は嘘だったんですか!?!?!?!?!
酷い!!!!
「おい、早う答えんか。」
「え、あの、その、、、、、えぇ~~~~と・・・・・・はははははは、い。わ、わかりました。」
あまりの不意を突かれた展開に呂律が回らず、目をくるくると反時計回りで回しながらハッキリとしない言葉で返答をする。
俺今から何やるの?
そして、日にちは過ぎ、三日後の昼。
「えぇ、今から"しきたり"に習ってルーファス様とエマの決闘を行います。両者準備はいいですね?」
「あぁ、問題ない。」
「へい!へい!へい!!!問題大ありだよ!!!ちょっと待って、タイムを使います!!!」
「はい、というわけで、両者問題ないとの返答を貰いましたのでこれから第68473回目の矜持と正義を賭けた決闘試合を行います。」
では、決闘開始!!!!!!!!
待てええええええええええええええええ!!!