感謝祭後半!
ドリュー・デリンジャーたちが飲んでいるテーブルは会場内の南東に点在していた。ちなみにアデリーンたちのテーブルは、舞台前の中央である。
「こんな扱いってさあ! まさか、あんなことになるなんて……うう」
何か嫌なことでもあったのだろうか、スーツ姿の彼は周りが心配している中で泣きじゃくっている。その傍らにはもう1人の彼が立つ。服装は似たようなものだが、現行版の彼よりは『出来る男』めいた雰囲気を醸し出しており、それなりに格好よくは見えた。アデリーンらはドリューと話す前に、プロトタイプ版での彼の同業者2人に目をやり、会釈をする。
「それ以上言うんじゃあない! 大丈夫だ、ぼくよ。お前はこっちのぼくより出番多めにもらえたんだからな、そう嘆くこたあない……」
「何ベソかいてんですか! わたしは見た目のアイデアだけでお名前なんか考えてももらえなかったのにー」
名前をもらったばかりの蘭珠が現行版の世界のドリューを肘で小突き、情けない彼に喝を入れる。グラス片手にもう片方の手で腰に手を当て、気丈に振る舞う。直後、「えら~いっ!」と、突然割り込んで来た茶髪のウェーブヘアーでメガネをかけたグラマラスな長身女性――キュイジーネ・キャメロンが蘭珠を後ろから抱いて頭をさすり、褒めちぎった。
「うらやま……おほん! やや! メガネ少女!? 玄武モチーフのヒーローになる予定だった、あのメガネ少女なのか!?」
「このたびね、蘭珠というお名前をいただきました!」
「その子の名付け親はワタシだ! 生みの親ではないが……えーと、【ギルバート・ギンガルス】!」
「……って、どなた?」
蜜月も輪に入ったそばから、ロザリアが首をかしげた。プロトタイプ版の世界の住人も人数が多く、さしものロザリアも全員の顔や名前は把握しきれないでいたのだ。なお、蘭珠はというと、最初は困惑していたのにだんだん気持ちが良さそうになってしまい――、しかしそこでキュイジーネが彼女を解放してやった。「ドキドキしたでしょう……」と、感想も訊ねて。
「【現行版】のロザリアよ! それはこのオレだ。【現行版の世界】でいうところの【スティーヴン・ジョーンズ】の立ち位置に、このギルバート・ギンガルスがいたのだ」
ロザリアの疑問に答えてやろうと、ヒゲを生やしたロングヘアーの男が潔く自ら名乗り出た。本人も述べたようにスティーヴンと雰囲気がよく似ていた。司会も務めたアデリーンやパーティーの主催者である虎姫、設営に協力した蜜月は彼らのことは当然バッチリと記憶していたが、ロザリアは覚えなければならないことが多かったため、はっきりと覚えられたのはプロトタイプ版の世界の自分や姉たちくらいだったという。
「まあまあまあ、ここは穏便に。それにこっちのスティーヴン本人は呼んでないから、ねー」
「楽しんどいでー、あたくしたちはプロトタイプ版の世界同士でワイワイやるから。蘭珠ちゃんはどっちがいいかな?」
もう1人のキュイジーネである、【アンバー・アングイス】が目線の高さを合わせて訊ねた。容姿はほとんど同じだが、彼女はキュイジーネよりも更にラフな雰囲気を漂わせている。そのアンバーへの返答に迷った蘭珠はメガネを一瞬だけ外し、少しだけ考えた末にこう選択する。
「……こっちで! 現行版のみなさん、ありがとうございました!」
「ええ、ランジュちゃんも!」
ほんの少ししかいられなかったものの、水鏡蘭珠にとっては楽しいひと時になったことは確かだ。彼女もそのように述べていたのだからそうだ。かくしてアデリーンたちは席に戻り、パーティー料理を少しずつつまんだりしながら談笑を再開する。
「ねぇ、わたしたちもエモーショナルな感じで終わらない?」
「賛成よ~カタリナお姉ちゃん! 毎度毎度、会いに来てくれてありがとう」
「ありがたみがなくなって来てる気もするけど、まあいっか。私もカタリナちゃんに会えて嬉しいしぃ」
カタリナとこうして交流することが出来て嬉しかったのはアデリーンやロザリアだけでなく、綾女も一緒であった。一筋だけ涙を流した後、彼女はグラスを持ち直してカタリナを見つめ微笑む。
「こちらこそ素敵な催しをありがとう。それでは皆さんお待ちかね、改めまして」
「……かんぱーい!!」
――この後アデリーンたちは、この記念すべきパーティーを大いに楽しんだという。