鬼より豆
今日は節分。今年で3歳になる娘が、豆の入った袋を俺に投げるはずなのだが……。シャカシャカ音を鳴らす方が楽しいようだ。嫁も、
「これ鬼さんに投げて~」
と誘導する。しかし、娘は一向に豆の入った袋を手放さない。まるでマラカスのように両手でリズムよく中の豆を鳴らしている。
(娘よ、豆を……投げてくれ)
娘に無視される赤鬼。紙で作られた簡単な面と、バルーンで出来た金棒が寂しい。一人で突っ立っているわけにはいかず、娘の方へと近づいて、「がおー!」などと小さく言ってみる。
ここは集合住宅だ。あまり大きな声は出せない。
「パパ、しー! めっ」
娘が少し不機嫌そうに言った。もしかして演奏中だったのを邪魔されたのが嫌だったのか? それとも、「ここは集合住宅だぞ。静かにしろ」という警告か?
普通に俺がパパだとバレてるし。節分だというから休みの調整もしていたのに。これでは邪魔者ではないか。
しゅん……。
「パパ、こっち! 豆さんブーンしよ!」
「がおがお……?」
豆さんブーンって何だ?
面のくり抜かれた穴から娘を見る。豆の入った袋をブンブンと振り回している。かわいい。その横で、「危ないわよ、リカ」と言っている嫁もかわいい。
こうなれば、襲うしかないだろう!
「がおがお……!」
控えめな声で言いつつ、距離を詰めて、娘をぎゅっと抱きしめる。あたたかい。トクトクする。面で見えないだろうが、少しだけ涙が出ている。歳をとると涙もろくなる物だ。
その光景を見ていた嫁が、呆れた顔をしている。
「もう、あなたったら。鬼が寄ってきたらダメじゃない」
「俺は鬼じゃねぇもん。パパだもん。リカのパパだ」
「はいはい」
子どもみたいに娘を抱く俺の鬼の面を、嫁が外した。
「ねぇ、パパ。豆さんブーンしよ!」
「うんうん、豆さんブーンしようなっ!」
娘には初めから鬼なんて見えていなかったんだ。俺という存在を、ちゃんと見極めてくれている。豆さんブーンはよく分からなかったが、俺が悪者になることなく、娘と楽しく過ごせた。
鬼より豆さんブーン。楽しかったぞ、リカ!




