沈黙
今日は節分。ぶっといぶっとい恵方巻。今年は北北西を向いて食べるらしい。スマホで調べた。父さん母さん妹。家族全員そろって、スーパーで買ってきた恵方巻を見ている。
八種類も海鮮が入っていた。それぞれにどんな意味があるのかは分からない。でもこれ本当に一口でいけるのか?
「ほくほくせい! ベアちゃんいりゅ!」
妹の恵美が嬉しそうに僕の手を引っ張って北北西にある、人形を指した。ベアちゃん。少し人間味のある目つきをした、ふざけた顔の人形だ。夜中にトイレに行くときには不気味だけど、昼間はマヌケ面で、よく恵美にパンチされている。
(これを見ながら食べるのか……恵方巻)
家族全員がベアちゃんの方を見ながら恵方巻に齧りつく姿を想像してしまって、変な笑いが出た。駄目だ、僕は笑ってしまう。
「恵美。恵方巻は、静かに食べるのよ」
「はーい!」
母さん、気づかないのか。目の前にはベアちゃんが居るんだぞ! 笑いを堪えられるか? そんなの無理に決まってる。笑っちゃダメな時にこそ、笑ってしまう。人ってそういうものなんだよ!
「じゃあ、みんなで食べるぞ、せーの……」
沈黙。
そうだ、「いただきます」も無かったんだ。みんながモグモグとベアちゃんを見つめながら、崇めるように黙々と恵方巻を食べている。そんな姿が滑稽で、口に含んだ恵方巻が喉につかえそうになった。
(頑張れ。あと半分)
ベアちゃんを忘れよう忘れようと思っていたら、妹が、
「ぷいぷいぷいぷいーあっちゃもんちゃだぁだぁ~♪」
と、首を振りながらご機嫌に謎の歌をうたい出す。マヌケな顔のベアちゃんと謎の歌。これには、僕だけじゃなく、父さんも母さんも、大声で笑いだしてしまった。
「恵美、しーっ」
母さんが声をプルプルと震わせながら言う。
「しかたないねぇ」
恵美はそう言うと、何事もなかったかのように、恵方巻に齧りついていた。その姿が可笑しくて、ついつい笑いの連鎖が起きてしまう。これは恵美が悪い。
「あはははは!」
でも、我が家はこれくらい賑やかな方が、楽しくていいのかな。とか思ったりするよ。笑う門には福来るっていう言葉も、あるみたいだし!
そんな僕らを、ベアちゃんがマヌケ面で見ていた。今日も我が家は平和だ。




