偽名チョコレート
来ました来ましたこの季節。バレンタインデー! かわいい子ばかりが居る高校だからドキドキだ。
中学時代の友人が一人も居ないのは少し寂しいけれど、過去の僕を知らない人ばかりなのは好機だと思う。
だって、昔の僕はいじられキャラだったもの。今はクールに教室の隅で小説を読んでいる。伊達眼鏡をかけながら。格好いいでしょ。ふふん。
「ねぇ村山君」
「は、はいー」
クラスメートの江永ちゃんだ。この子は、誰にでも話しかけてくるムードメーカー。少しメイクが濃いめだけれど、ギャルって程ではない。素直で明るくていい子だと思う。
でも急に声をかけられたらビックリする。なんだろう?
「これ。義理チョコなんだけど、アレルギーとかない? クルミが入ってるんだけど」
義理チョコ!
一つ目のチョコゲットだ! わーい!
「全然ないよ。ありがとう」
平然を装ってチョコを受け取る。透明な袋の中から三粒のクルミチョコが見える。手作り……なのかな。嬉しい……嬉しい……。
「いっつも本ばかり読んでるから、糖分が必要かなって思って砂糖多めにしておいたよー」
「あ、ありがとう」
江永ちゃんは、そう言うと、他の男子にもチョコを渡しに行った。僕のために砂糖を多めに入れてくれた? え、ちょっと待って。こういうことされると好きになりそうだよ。……ん?
よく見ると袋にメッセージカードが入っている。
≪村山君へ 高山千里より≫
高山千里? 誰だ?
僕が周囲を見渡していると、急に異様な寒気がした。誰かに見られているような感覚がしたんだよなぁ。なんだか嫌な予感がする。
「――なぁ」
「わぁっ!?」
後ろから突然声をかけられた。数人の男子の声だ。この高校に来て初めて、叫び声をあげた。いつもクールに決めていたのに。くそぅ。
「お前も高山千里って子からチョコ貰ったんだろ?」
「もしかして、君たちも?」
「そうそう。てっきり江永さんからかと思ったら、知らない子からなんだ。一体何なんだろうな」
うーん、気になる。
これは江永ちゃんの企みか。このチョコを貰った男子は、ちょっとクセの強いボッチ系男子ばかりだ。僕の経験上、きっと、いじられキャラになるような気がする。
貰いたてのチョコをバリバリ食べながら呑気に談笑する男子たちを前に、僕は危機感を募らせていた。
(またいじられキャラになるのは嫌だ‼‼)
僕は勇気を出して、江永ちゃんにチョコの真相を聞こうとした。僕が近づいて来るのを見ると、江永ちゃんはクスクス笑って、「やっぱ来たよー」と言っている。やっぱり何か企んでいるんだな。
「あの、高山千里さんって誰?」
クールに。冷静に。穏やかに……。心臓バクバクで言ってみた。江永ちゃんは、どこか嬉しそうにこう言う。
「初めて村山君から話しかけてくれたね♪」
「え?」
察しの良い僕は瞬時に江永ちゃんの企みがわかった。さすが陽キャだ。僕が孤立しないようにと、メッセージカードに話題を作ってくれたんだな。
そういうところ見えちゃうと、ますます好きになっちゃうよ。うぅ……。
「ありがとう」
「どういたしまして。あとその眼鏡、似合ってないよ」
「えぇ……」
江永ちゃんのグループが笑っている。もしかしてこの眼鏡が伊達だってバレてるのか? だとしたら、すっごく恥ずかしい! うわぁああ!
「私らのグループと話す時は素で居なよ?」
江永ちゃんが言った。やっぱり偽ってみても、バレるもんだなぁ。この日を境に、ボクのクールキャラは終わった。やっぱり、自然体の方が良い。となると、自然といじられキャラになるけれど、悪い気はしなかった。
ついでだから、クラスで浮いている子に話しかけて、グループに誘ったりもした。心の奥に江永ちゃんへの恋心を秘めながら。
ホワイトデーには何を返そうかな。