黄金の3分ルール
まだ冷え込む2月。昼ごはんも終わり、俺はデザートのカップアイスとステンレスのスプーンを冷凍庫から取り出した。ついでに母さんと父さんと妹の分も一緒にと頼まれる。自分で取ればいいのに……。さてはコタツから出たくないんだな。
「サンキュー、太郎」
父さんはそう言って、カップに入ったアイスを掘るように食べている。まだ硬いのに。俺は、(わかってないなぁ。アイスは溶けかけが一番おいしいに決まっているのに)と思った。が、口にはしない。
アイスは冷凍庫から出して3分後に食べるのが、一番うまいんだ。黄金の3分ルールを知らないなんて可哀そうだな。
「ひやぁ~冷たい!」
母さんは、両手でカップの側面を温めていた。なるほど。体温でアイスを溶かそうとする作戦だな。せっかちだけど美味しく食べたいなら、そういうやり方もアリだ。でも、溶けるのは側面だけ。真ん中は硬いままなんだなこれが。
「ねぇ二人とも。なんでコタツ使わないの?」
妹の由利は、あろうことかコタツの中に無許可でカップアイスを入れてきた。こんなの論外だ! 家族全員の足の臭いがアイスに移る。何より、俺の足元にアイスがあることが不快だ! それに食べ物を床に置くなんて!
「おい由利。汚ねぇから止めろよ」
「お兄ちゃんって神経質ー。早死にするよー」
「なんだと!」
ここから喧嘩が始まった。母さんと父さんは微笑ましそうにアイスを食べている。些細なことだと思われるかもしれない。でも俺は、食事の仕方が汚いのは許せない性格だ。納得するまで説得しようじゃないか!
「人の食べ方にケチ付けるとか、しなくても良いじゃん!」
「俺はそうは思わないね。食べ方は性格が出る。そんなじゃ、好きな人に振られるぞ」
「なにそれセクハラー!」
「話を逸らすなよ」
由利の言葉に内心動揺しつつ、そう返した。母さんと父さんは、アイスを食べながら、俺たちの喧嘩を見ている。ってか両親なら止めろよな。俺が疲れるだけじゃん。
食事のマナーを教えるのは、親の仕事だろ? 俺は幼稚園で学んだけど……。そういえば由利は箸の持ち方も下手だ。口いっぱいにおかず詰め込むし。
あぁ、なんだかいっぱい思い出したら、腹が立ってきた!
やいのやいのが止まらない。
「あんたたち。アイスは食べないで良いの?」
母さんがそう言う。しまった! 黄金の3分ルールを優に超えてしまった! どろっどろに溶けている。こんなのシェイクだ。最悪だ。
「あー! 私のアイスがー‼‼」
もっと悲惨だったのは由利の方だった。そりゃ、コタツの中に入れすぎたら液体になるよな。残念がる妹を見て、
「それ見たことか」
と言ってやった。
「もとはと言えば、お兄ちゃんが喧嘩ふっかけてきたんだからねー!? しんっじらんない!」
「ふふふ。なんとでも言え、愚か者よ」
勝った。なんだかそんな気持ちになってきた。優越感に浸りながらシェイク状のアイスを口に運ぼうとした。もう食えたもんじゃないだろう。人の足の臭いやどろっどろに溶けたアイスなんて。ざまぁみろってんだ。
これに懲りて、もう2度と同じ過ちは繰り返さないはず。そのくっさいアイスを捨ててくるんだな。はっはっはっ!
「これ、もう一回冷凍庫に入れてくる!」
「止めろ!」
由利の行動を家族総出で止めに入ったのは、言うまでもない。