〇角関係
「おら、腹くくれ勘太」
「ちょ、押さないでよ五朗」
放課後の中学校の教室で、五郎がボクを急かしていた。同じクラスの優香ちゃんに告れと。そんなの無理だ。まだクラスメートが残っているし、優香ちゃんの周囲には顔の整った男女が2~3人居る。
何の特徴もないボクなんかが突然声をかけたら気持ち悪がられるだろう。何より恥ずかしい。
「止めとこう。な、五郎。止めとこう!」
「この意気地なし~」
「なんとでも言え。嫌われるよりましだ」
この五朗という奴はお調子者で、茶化すのが得意だ。だけどクラスメートには気に入られている。この状態になったのも、ついさっき「優香ちゃんってかわいいよなー」という五朗の言葉に、
「そうだね」
と素直に答えてしまったからだ。優香ちゃんが好きなこともうっかり話してしまった。コイツは茶化しているつもりだけど、ボクは真剣なのに。恋心は男にもあるんだぞ! もう!
「ねー優香ちゃん~!」
「なぁに五朗君」
五朗が大きな声で優香ちゃんに話しかけた。みんなの視線がボクたちに集まる。ひそひそ声が怖い。何か嫌な予感がする。いや。まさかな……。
「勘太が『好き』だってー」
「え?」
おわったぁああああ!
優香ちゃんの反応「え?」だぞ! 酷いや、みんなの前で言うなんて! 笑いのためにクラスメートを売ったな。この恨みは絶対に忘れないぞ! うわぁああ!
「あ、あのちが……これは、その」
「そうだったの!? 教えてくれてありがとう五朗君」
へ?
「どうして五朗にお礼を言ってるの優香ちゃん」
きっと早口で汗ばんでいたと思う。顔の色は分からないけれど、蒸気でムシムシしたような火照りがある。多分真っ赤だろう。くそぅ……。教室に居るのがつらい。よし、逃げよう!
「――待って、勘太君」
「な、なに優香ちゃん」
嘘だろ。優香ちゃんが走ってきた! ボクが逃げようとしたら五朗が腕をつかんで離してくれない。うぐぐぐ、動けない……。逃げそこなったボク。目の前に優香ちゃんが居る。どういう状況これ!?
「勘太君。いつも私のこと見てるから、もしかしたら好きなのかなって思って。五郎君に探りを入れてもらってたの。好きでいてくれてありがと♪」
「……うん」
一連の会話は、すっかり周囲のクラスメートの話のネタになってしまった。なんだか、優香ちゃんの性格が思っていたのと違う。か、かわいいから良いけれど。
「私、気になったことはとことん知りたいの。勘太君についてもっと知りたいなー」
優香ちゃんと一緒に喋ってた人たちもボクに話しかけてくる。正直めちゃくちゃ嬉しい。その隣で五朗が小さな声で、
「俺も優香ちゃん好きなこと忘れるなよ」
とボクに耳打ちしてくる。首を傾げる優香ちゃんだった。道化も大変だな。好きな人よりも、お笑いキャラを守ったか。でも、優香ちゃんを好きな人はきっと沢山いる。
ボクも自分を磨いて、魅力的な男になってやる!
――次の日にヘアワックスを失敗して笑われて、五郎と同じポジションになってしまうことを今のボクは知らない……。