【ワーカー】のススメ
ギルドに向かう時は5分で着いた道のりを既に30分以上は歩いている。
力なく足を引き摺流ように歩いていれば時間がかかっても仕方の無いことだ。
洞窟内で初めてスキルを使ったのは、何時くらいだったのだろうか。寝て起きたら手の甲に現れた数字が変わっていた事からお昼前後だろう。
つまり明日の昼過ぎには数字は“5”に変わる。
現在の負債額は45500リーン。
明日の昼過ぎには59150リーンになってしまう。
今の残金は、最初の村で貰った報酬の残り500リーンと魔物の素材を冒険者ギルドで買い取って貰い、手にした3533リーン。
合計で4033リーンだ。
仮に4033リーンを返済に回したとしても41467リーンになり明日には53907リーンとなる。
今返した方が5243リーンの差額となり1210リーンお得だ。
だが所持金ゼロにした場合,
なにも買うことができなくなってしまう。
もしかしたら買った商品をもっと高値で売ることが出来るかもしれない。
お金でお金は生み出せる。
長期的に見れば間違いなくその方がいい。
だが、7日間というタイムリミットと1日3割という悪徳金融業者も真っ青の暴利が、重くのしかかる。
これが日本だったら不法原因給付で返済しないで済む。仮に返済義務が生じたとしても金利だって利息制限法で年利15%に計算し直しだ。
しかし今は異世界。
法律で守られていた頃が懐かしい。
自分の身は自分で守る。それが異世界の暗黙のルールなのだ。
途方に暮れる。
街を歩く人々の笑い声が聞こえる
「クソ。幸せそうにしやがって。なんで俺だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。俺がなにしたっていうんだ。」
人はお金に追われると心が荒む。
自分は関係ないと思って生きてきた。
しかし運命の悪戯によって心が崩れていく。
頭の中で世の中に対し悪態をついて少し
でも溜飲を下げようとしていた。
結局宿に戻るまで45分もかかってしまった。
そこには見覚えのある馬車が停車していた。
「ああっ。エミリーを待たせてたの忘れてた!!」
お金の工面に失敗して落ち込んでいた為、すっかり記憶の彼方に追いやっていた。
急いで部屋まで駆け上がる。
不作法に勢いよく扉を開ける。
突然開いた扉に、中にいたエミリーとクレハドールが驚きの表情で出入り口に振り返る。
「エミリーごめん!待たせすぎちゃって!!」
エミリーは入ってきた人物が相馬だった事を確認できるとホッと胸を撫で下ろし、ソファーから優雅に立ち上がる。
「ソーマ様。お帰りなさいませ。御用は無事お済みになりましたか?」
首を少し傾けて微笑む。
女神の如き美しさ。
エミリーが部屋にいると明るさが増した気がする。
エミリーの放つ高貴なオーラが部屋を照らしているのかと錯覚するほどだ。
「あー。うん。まぁぼちぼちね」
流石に真実を全て伝えるわけにもいかない。
だからと言って見栄を張るのも違う。
なんとなく濁して返答した。
「そうでしたか?浮かない顔をされていますが、ソーマ様が大丈夫とおっしゃるのであれば大丈夫なのでしょう」
「それで、待たせてしまって申し訳ないが、今日はどうしたの??」
エミリーは待ってましたと言わんばかりに笑顔を見せて食い気味に相馬に要件を伝えた。
「そうなんです!実は今日お伺いしましたのは、ソーマ様が仰っていた仕事の件でお伝えしたいことがあって押しかけてしまいました。事前にご一報入れるべきだったと反省しております」
エミリーにお礼は何が良いかと聞かれたとき職の斡旋をお願いしていたのだ。まさかこんな早く対応してもらえるとは思ってもいなかったので、全く当てにしていなかった。
「何か仕事があるのか!!?」
思わずエミリーに駆け寄り方を両手で掴む
少し力が強かったのかエミリーが苦悶の表情を浮かべたので慌てて放し、謝罪を述べた。
「あっ、ごめん・興奮して力が入りすぎてしまった。」
「いいえ。興奮する程に喜んで頂けるなら私も嬉しいですわ。ですから問題ありませんわ」
エミリーは笑顔で言ってくれた。
「それで!? その仕事の内容って!!? その、報酬は即金で貰えるかな? 報酬の金額は!?」
相馬の心に余裕は一切無い。
今はとにかく頭の中は“金”の事で埋め尽くされていた。
エミリーは”コホン”と咳ばらいを一つして話し始めた。
「まず、ソーマ様の天職は冒険者だと確信しておりますわ。ですが、試験は月に1度。次の試験まで約一月ございますわ。そして、この国から試験会場までは船で大陸を渡る必要があるので移動で10日程はかかりますわ。なので、次回の試験を受験する事をお勧めいたします。その準備等は私が進めさせていただきますが宜しいですか?」
エミリーの提案はすごく嬉しい。
ギルドで魔物の素材を売った時もライセンスが有る無しでは報酬が雲泥の差だ。
だから、冒険者になるのは願ってもいない事。。。だが、あと6日後に死ぬ可能性のある相馬には未来の可能性より目の前の現実
お金
の方が重要だった。
「エミリー。その提案はすごく嬉しい。だけど恥ずかしい話だけど後5日以内には手元にまとまった金が必要なんだ」
「はい!ですので、今すぐできて、冒険者になる上でも良い練習になる仕事を紹介しにきましたの。商会ギルドというのもありまして、主に大衆用品の販売、買取を担っているのですが、≪商人≫≪ワーカー≫と2つの登録システムがありまして、≪ワーカー≫をご提案に参りましたの」
「ワーカーってのはどんな仕事なの?」
「簡単に申し上げますと、魔物以外全ての買取をしてくれますの。獣や野草、鉱石などワーカーの仕事は多岐に渡りますわ。もちろん冒険者の方が待遇も報酬も破格ですが、現役冒険者の方々もワーカー経験者の方がほとんどですの」
「そのワーカーというのは試験とかないの?」
「ワーカーは登録制ですので商会ギルドに行って申請を出すだけですわ!!」
「それは最高だよ!!早速今から申請したいんだけど、どこにあるのかな!?」
「場所は、王都のメインゲート近くにありますわよ。それで…」
エミリーはクレハドールに目配せをする。
クレハドールは相馬に歩み寄り、黒い執事服の内ポケットから皮で出来た小さな巾着を取り出して渡してきた。
エミリーが再び相馬に話しかける。
「ソーマ様なら必ずやると仰られると思っておりました。差し出がましいようですがそれは支度金としてお使いくださいませ」
受け取った巾着袋の口を開けて中を確認すると銅貨が入っていた。
慌ててクレハドールに突き返す。
只でさえこんなハイグレードな宿に泊めさせて貰ってるのに、さらにお金を受け取るなんて恥知らずな事は出来ない。
「さすがにこれは受け取れません!!お気持ちだけでありがたく頂戴します!!」
エミリーは目を閉じて何かを思い返しながら相馬に話しかける。
「洞窟内で命を救って頂いた恩はこんな物では返しきれませんの。お願いいたします。私を救うためだと思って受け取ってくださいませ」
エミリーは胸に手を当て頭を下げる。それに合わせるようにクレハドールも両腕を指先まで伸ばし、ズボンの折り目にピタリと合わせて、深々と頭を下げてきた。これ以上ない位の奇麗な敬礼。
相馬は目に涙を浮かべた。男の涙は見せないと隠す様に、答礼した。
「エミリー。このお金は大切に使わせてもらうよ。本当にありがとう!!でもこれでもうお礼は終わりにしてくれよ!」
「はいっ」
エミリーは満足したと言わんばかりに満面の笑みで答えた。
あまりの可愛さに惚れてしまいそうだった。
(あと俺が5年若かったらなぁ…)
その後15分ほど雑談を交えた。エミリー達は商会ギルドまで送ると言ってくれたが、せっかくなら歩いて街を見たいと申し出てお断りした。
少し残念そうな顔をしていたが、また数日中に会おうと約束をしてエミリー達は帰って行った。
そして、貰った貨幣を数えてみる。
銀貨が10枚入っていた。
100,000リーンだ。このお金を返済に充てれば完済できるのだが、エミリーの気持ちに泥を塗るわけにはいかないと思い、必ずワーカーの支度金に使うと決めた。
再び宿を出て、商会ギルドを目指した。
☆現在の相馬情報☆
{残金104033リーン}
{借金45500リーン}