ライセンス無しの憂鬱
流れていく景色は、よくテレビやアニメで見た中世時代を彷彿とさせる。
建物は赤を基調としたものが多い。レンガの色は赤い物が多いからだろう。
白い色や、黄色い色の建物もあるが圧倒的に赤色だ。
レンガ造りか木造が主だった建築様式みたいで、地球のようにSRC構造の建物はなさそうだった。
そもそも一番大きい建物はお城だけで、他の建物は一番高くても3階建て。大抵低い物ばかりだ。道路にもレンガが使われている。凸凹した地面を馬車が通ればガタガタと音を立てる。ゴム製のタイヤなどは無く全て木製だ。
化学などは全く無くで自然物と魔法によって発展を遂げているのがわかる。
一番異世界なんだと実感させられたのは、行きかう人々だ。圧倒的に人間が多いが、ドワーフやエルフも歩いているのを見かけた。そして、モフモフの獣耳が特徴の獣人もいる。
獣人は明らかに奴隷のように扱われている。見かけた獣人は全員鉄製の首輪をつけられているのでそう感じた。
ゆっくり確認すれば、そうじゃない獣人もいるのかもしれないが...
だが、今はそれどころではない。お金が無くて奴隷になる方がマシだ。
今は理不尽な余命宣告を受けている状態。
何よりも優先すべきは自らの命に対する安全の確保だ。
全力で走り続けても疲れない体。この時ばかりは一瞬神に感謝しかけたが、今自分の置かれている状況も神の与えたスキルのせいだ。それを思い出して、プラスマイナスで、どマイナスだ。
5分程走り続けてようやく城の下までたどり着いた。
近く見えたのだが結構な距離があった。城の大きさを改めて感じた。
辺りを見渡すと冒険者ギルドの看板を見つけた。
今更だが、言葉や文字がなぜ分かるのか疑問に思えた。
(まぁこれもあのクソジジイの力なのかもな)
冒険者ギルドは他の建物と造りが違った。見た目は小さな要塞という感じだ。レンガや木を使っていたが、他の建物とは異なり金属も使われていた。そして建物自体が薄っすら光っているように見える。もしかしたら何かの魔法が発動しているのかもしれないが、相馬が知る由も無かった。
敷地の中に入ろうとすると、衛兵に呼び止められた。重厚な鎧を着ている。肩についている角らしき飾りが威圧感を増している。ただ率直に動きにくそうだとは思った。
エミリーのお供が装備していた鎧はもっと簡素だった。もちろん、動きやすさを優先しているのかもしれないが、エミリーのお供をしていた兵士よりも、間違いなく強いと雰囲気だけで感じ取る事が出来る。
「見ない顔だな?ここに何の用だ?」
衛兵は持っていた大剣に手をかけて威嚇交じりに詰め寄り質問してくる。
俺が着ていた服装がこの世界では見かけないものだから警戒されたのかもしれないと思った。
「あの、魔物の素材を売りに来ました。こちらで買い取ってもらえると街の人に伺ったので」
「なるほど。お前は冒険者なのか?ライセンスを見せてもらおうか」
エミリーが馬車の中で会話をしていた際に、冒険者は資格制だと教えてくれたのを思い出した。
「いや、無いです。無いと買取はしてもらえないんですか?」
背中に背負っていたリュックを降ろし中を衛兵に見せる。
「…ふん。偶然死体でも見つけたか?。まぁいい。一階の奥に受付がある。そこで話をしろ」
そういうと衛兵は道を開け、元居た場所に戻っていった。
既に相馬は眼中になく。行きかう人々に目を配っていた。
ひとまず危険は無いと判断されたのだろう。
リュックを再び背負い、敷地内にある建物に向かう。敷地は良く管理された庭には花壇に花が植えられ彩を演出していた。作業着を着た人が数人せっせと木々を剪定している。
噴水もあり、中に男性が剣を掲げている石像が立てられていた。
剣先から水が勢いよく吹き出し、時折虹が見えた。
その光景を見て、思わず水芸を思い出してしまい、笑いが込み上げてきた。
石像の噴水を横目に建物の入り口に手を掛ける。
木製の扉だが厚みがある様で結構重い。力を込めて扉を押す。
ビクともしない。さらに両手で力を込めて押してみたが一向に動かない。
すると後ろから声が聞こえる。
「おーい!それは引き戸ですよぉ!」
木製のアーチ型の二枚扉。だがよく見ると引手がついている。まさかの引き戸だった事に赤面しつつ右側の扉をスライドさせた。
ほとんど力は必要なく軽やかに扉は開いた。先程まで向きになって押している姿を見て笑われていたかと思うと穴があったら入りたいと思ってしまう。
(ふざけんな。なんで横引きなんだよ。明らかに押すか引くかだろ)
中に入り恥ずかしさを隠す様に、そそくさと扉を閉める。ギルドの内装は高級ホテルのエントランスさながら、黒と白大理石が交互に床一面に貼られている。天井にはシャンデリアがあり、ところどころに観葉植物が配置されている。壁にも絵が飾ってあり、どれも金に輝く額縁に入れられていた。草や花、鳥などの柄が彫られている。
これ一個で今抱えてる借金をチャラにしてなお有り余るお金を手に入れられるのだろうと思った。もし、人目が無ければ一個くらい持ち帰ってしまっていたかもしれない。
行動に移すか移さないか、そこが犯罪者と一般人を分ける壁なのだろう。
受付と思われる場所に女性が立っていた。
黒髪で腰にまで届きそうなストレートの髪。照明によって天使の輪が出来ていた。
スタイルもよく、大きな胸が目を引く。黒をベースにした制服を着ており、やはり高級ホテルのフロントガールといった感じだ。目が合うと小さくお辞儀をして微笑んでくる。
あまりの美しさに目が離せずフラフラと近寄っていく。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
透き通るような声で相馬の耳を刺激する。
思わず聞き惚れてしまう。
「あの?いかがいたしましたか?」
はっ、と我に返る。今は美女に見とれている暇は無かった。
早々に金策をしなければ取り返しのつかない事になる。
「あっ。すいません。ついつい。えっとですね、街の人にここで魔物の素材を買い取っていただけると伺いまして」
「はい、買取はギルドで行っております。失礼ですが冒険者ライセンスはお持ちでしょうか?」
「いや、持ってないんです。旅の途中で魔物に襲われている人達を助けに入ったらそのお礼で素材を分けてもらったんです」
「かしこまりました。それでは素材をこちらにお出しください」
そう言って受付嬢は受付カウンターの左側にある幅の広いテーブルを指さした。
カウンター続きだがそこだけ幅が広くなっている。
上を見ると≪買取≫と書かれていた。
言われた通りリュックの中から素材を取り出し並べていく。
ゴブリンの睾丸6個。心臓を3個。腎臓と肝臓は2個づつ。それとゴブリンが持っていた短剣を5本並べた。
「はい、それでは今から買い取り価格を算出いたしますので少々お待ちください」
受付嬢はカウンターの中にある本棚から1冊の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。表面が何かの革で作られ、魔術の様な模様が刻まれている。時折捲るのを止めて、本と素材を見比べていた。その作業を終えると一枚の紙を取り出し文字を書き入れていく。
「お待たせ致しました。こちらが買取価格と内訳になります」
――お見積り――
ゴブリンの睾丸:150リーン×6=900リーン
ゴブリンの心臓:600リーン×3=1800リーン
ゴブリンの肝臓:200リーン×2=400リーン
ゴブリンの腎臓:200リーン×2=400リーン
ゴブリンの短剣: 85リーン×5=425リーン
合計:3925リーン
小計:3533リーン(ギルド買取手数料10%を含む)
出された金額に愕然とした。
「えっ。安すぎる。こんなに安い物なんですか!?」
今は命がかかってる。さすがに引き下がるわけにはいかない。
だが、受付嬢は凛とした態度で説明をする
「はい。申し訳ありません。モンスターの買取はライセンスが無いとこの価格になります。これは、一般の方を護る処置なんです。危険を顧みず魔物狩りに挑む方が昔は多かったので。ですから買取価格を冒険者と差別化する事で犠牲者を減らしました。そもそも買取が安ければ誰を無茶をしませんから。それと、ギルド以外では魔物の買取は出来ません。仮に闇取引を行った事実が明るみに出れば重罪人として処罰されます。稀に素材を拾われる方もいらっしゃるので買取は致しますが。ご了承ください」
「あっ、あの。もし冒険者のライセンスがあればいくらになるんですか!?」
「それも、申し訳ありませんがお伝え出来ない規則となっております。ですが、ざっくりでよろしければ」
「もちろんです。教えてください」
「まぁそうですねせ。ざっと100,000リーンは超えると思われます」
受付嬢はそう言って売却するかどうか聞いてきた。
ライセンスあるなしで30倍近く値段が変わるとは予想していなかった。
ショックが大きすぎて顔から生気が消える。
だが、持っていても仕方がないので売却すると伝えた。
そして報酬として大銅貨3枚・中銅貨5枚・小銅貨3枚・賎貨3枚をもらい、金銭のやり取りが無事行われた事を証明する書面にサインを求められ、力なくサインした。
「はい、それではこれで以上となります。くれぐれも魔物狩りに行ったりしないように。命を賭ける程の価値はありません。くれぐれもお忘れなきよう…」
受付嬢は深々と頭を下げて俺を送り出した。相馬は項垂れながらギルドを後にした
帰りは衛兵も声すら掛けてこなかった。こうなる事を予想していたのだろう。俺の姿を見て両肩を上げて身を縮こめる。完全に馬鹿にされたのは分かったが、怒る気力も出なかった。
宿に戻ろうと思い歩き出す。レンガで作られた路面は凹凸があり、時折躓いて転びそうになるがなんとか耐える。だが己の人生にひかれた道では躓いてしまったようだ…
☆現在の相馬情報☆
{残金4033リーン}
{借金45500リーン}