ー外伝ー『ボルクのナイフ』
『購入』スキルは最強です〜けれども対価も最凶です〜
打ち上がったばかりの長剣を返す返す見つめ、ボルクはため息をついた。ここ数日、どうにも仕事の調子が乗らないと感じていたが、さすがに認めざるを得ないだろう。
老いた。老いてしまったのだ。
ボルクは想った。
鍛治師として長年研鑽を積んで来た。
僅か。
ほんの僅かずつだが、変化の方向は常に上を向いていた筈だ。上達していた。進歩していた。前進していたのだ。
勿論、壁はあった。歩みが停まる事もあった。
欲しい素材が手に入らない事があった。
作りたくない物の依頼ばかりの時があった。
精魂込めて作った武器が、無下に扱われた事があった。
作った武器を手に仕事に赴いたまま、帰らなかった者がいた。
それでも、槌を握った。自分が出来る事は打つ事だけだと。
だが。
衰えた。身体が思ったように動いてくれない。自分の限界が来てしまったのだ。それが解ってしまった。ここからは下がる一方。上がる事は無い。終点だ。
ボルクは工房を出ると、行きつけの酒場へ向かった。陽の高いうちから酒場へ行くなど普段のボルクでは考えられない事だった。
酒場の店主も驚いたような顔をしたが、何事かあったのだと察し、何も聞かずに注文の火酒を出してくれた。一口飲むと喉を焼くような強さの酒が体を降りてゆく。ボルクの中に残っている未練を洗い流してくれるかのようだった。
ふと、昔友人と夜通し火酒を飲んでいた時の事を思い出した。
「だぁからなぁ?俺ぁ師匠に言ってやったんだよぉ。辞めるにゃ早ぇって。勿体ねぇだろうってよぉ。そしたら師匠、なんて言ったと思ぅう?ぇえ?ボルクよぉ」
こいつは飲み過ぎると延々とくだを巻くのが玉に瑕だのう。まあ眠りこけるまで付き合うしかないのは毎度の事じゃが。
「知らんよ。なんと言ったんじゃ?」
「お前も俺くらいの歳になれば解る、だってよ?解るかっつうの!解ってたまるかっつうの!そおだろお?おお?聞いてんのか?ボルクよぉ」
「聞いとる聞いとる」
「俺ぁ辞めねぇ。ぜってえ辞めねぇからな!なぁにが引き際だぁ。死ぬまで打って見せろってんだ!俺ぁぜってぇ打ちながら死んでやらぁ!そおだろぉ?そお思うだろぉよお?おめぇもよぉ。なぁボルクよぉ」
「ワシはわからんのう。その時になってみないとのう」
「かぁーっ!まぁたそれかよ。おめぇはいっつもそうだよなぁ。もうちっとこう、気合いっつうの?覇気っつうの?じょーねつを持てっつうの!」
「そういうオヌシはもう少し落ち着きを持たんとのう」
「ちくしょう。俺ぁ師匠の打つ音が好きだったんだよぉ。それがよぉ。もう聞けねぇ。聞けねぇんだ…」
やれやれ。ようやく眠りおったか。家まで運ぶのも一苦労なんじゃがな。
〔あの時のヤツの師匠の気持ちが、今は解る気がするわい〕
ボルクは火酒を飲み干すと、店を出た。
〔奴は元気にしとるかのう。エルバ共和国で一旗揚げると言っておったが。奴なら本当に死ぬまで打ってそうだのう。…ワシは、ここまでじゃよ。ここで引くのが1番じゃと解ってしまったのじゃ。じゃが…〕
久々の火酒は身体を熱らせていた。ボルクは帰路につきながら、決心を固めるのだった。
次の日、ボルクは受けていた仕事を全て弟子達に譲った。依頼人一人一人の所に出向いて説明し、謝罪し、どうか弟子達を信頼して任せてくれと言って回った。
依頼を取り下げる者も少なからずいた。ボルクを説得する者も多かったが、ボルクは頑として受け入れなかった。
依頼人達への挨拶と弟子達への引き継ぎが終わると、ボルクは倉庫の奥から古びた鍵付きの木箱を引っ張り出してきた。
箱の鍵を開け、蓋を開く。箱の中に敷かれた純白の布の上には、大人の握り拳二つ分程の金属の塊が青白く輝いていた。
ミスリルはドワーフの宝だ。鍛治師なら誰しもが一度は、希少で美しく頑強でそれでいて非常に軽いこの金属で、自らの作品を打ってみたいと思うだろう。
ボルクは随分昔にこの金属を手にする幸運に恵まれたが、これまでずっと手を付ける事が出来ないでいた。使うなら自分の最高の作品を作りたい。まだその時ではない。まだ腕は磨ける。ずっとそう思ってきた。
今がその時だ。衰えが見えたこの瞬間、最後に全身全霊で打つのだ。
それから14日間、ボルクの工房から槌の音が消える事は無かった。
食事は摂っているのか、そもそも睡眠を取っているのか。
中の様子も判らず弟子達の心配も限界に達した14日目、工房の扉が開いた。
ボルクは両手で大切そうに一振りのナイフを持ち、それを鍵付きの箱に納めると倒れるように眠ってしまった。
2日間眠り続け、目を覚ましたボルクは箱の中の青白く輝くナイフを見ながら満足気に呟いた。
「良い出来じゃ。これなら、彼の英雄エルバ・クレイストに持たせても恥ずかしくない。そうじゃな。名は『英雄に捧げる』。エルバ・トラム』としよう」
いずれこの短剣を手する者が本物の英雄となり得るかどうか。それは、まだずっと後の話。




