ヒューエンス最後の夜
「お客さん~また来てね♡チュッ」
相馬と同じ石鹸の香りを纏う艶やかな美女がそっと耳元で囁き、頬にキスをした。
店を出る際、周囲を念入りに確認して素早くその場を離れた。
(いや~これは仕方ない。だって2週間前には命の危機だったし、その後もかなり頑張って稼いだし。そうこれは本能だから。人間は命の危機に瀕すると子孫を残そうと本能が働く。そうこれは遺伝子に刻まれた抗えぬ行動なんだ)
相馬は右手をグッと握り締め、自分の行動を肯定する。
スッキリした表情で足取り軽く一旦宿屋に戻る。
今の宿泊先は4畳半位の狭い部屋だ。エミリーに最初取ってもらった部屋のベットルームよりも狭い。だが、今の自分の状況には一番しっくりくる。
無事返済を終えてから2週間。大体2日に一回は獲物を狩ることが出来た。今の手持ちは600,000リーンを越えている。そして明日にはこの街を出る。エミリーに最初教えてもらった≪冒険者》になる為に、中央大陸を目指す事にしたのだ。詳しく調べてみたら試験日までは14日ある。大体試験会場まで10日程かかるようなので、明日街を出れば3日の猶予が出来る。
試験では間違いなくスキルを使う事になるだろう。
だが、中央大陸でうまく仕事に付けるかどうかも分からない。
2週間で死ぬほど働いて手持ちを増やしたのだ。
エミリーに最初支払ってもらっていた宿の日数は7日間。
その後もエミリーは部屋のお金を払うと申し出てくれたが断った。
いつまでも甘えてては良くないし、何よりカッコ悪いと思ったからだ。
丁度商会ギルドの近くに安い宿屋があったのでそこに移る事にしたのだ。
1泊3000リーンであれば十分払える。14日分をまとめて払って宿を移った。
『金色香茸』を採取した際の報酬と帰りに倒して内臓だけ抜いておいた熊を換金して400000リーン近く手持ちが増えたので、壊れたクロスボウを再び購入して(今回は高威力を惜しまず購入した)それからワーカーとして仕事をこなしながら、中央大陸に向かうための野営用品の準備なども進めた。
リュックも血で汚れて臭くなったので新しく買いなおした。旅立ちを伝えるついでにお世話になった露天商の洋服屋で衣類を全てを一新し、尚且変えも含めて数着購入した。
そうやってこの2週間を有意義に使い、新天地を目指す準備を整えたのだった。
2週間を振り返りながら宿屋を出てボルク爺さんの店に向かう。
明日出る事を伝えると最後の晩は酒でも酌み交わそうと提案してくれたのだ。
直接向かいたかったのだがのだが先日買っておいた
ツマミになりそうな干し肉やチーズ、燻製されたソーセージなどを忘れてしまったのだ。娼館に行くことで頭がいっぱいだったのかもしれない。
酒はボルク爺さんの好きな物があるという事なので用意はしなかった。
地球にいた頃は頻繁に同僚たちと飲み会を行っていた。
異世界に来てからは飲んでる暇も無かったので、どんな酒が出てくるのかワクワクしている。
「ボルク爺さんお待たせ!」
「おぉ遅かったのぉ。お前さんなんかスッキリした顔してるのぉ?」
ボルク爺さんの予期せぬ指摘に一瞬たじろぐも、それとなく話を逸らして事なきを得た。
「それで、お前さんワーカー業はどうだ?」
「まぁぼちぼちだなぁ。2日に一回獲物が獲れるくらいかなぁ。でも何だろう、慣れたと言っていいのかは悩みどころかな。慣れちゃいけないんだと思ってるというのが正解なのかも」
ボルク爺さんが振る舞ってくれた≪火酒≫をグイっと飲み干す。
喉から食道にかけて焼けるような暑さを感じる。
鼻にツンとアルコール臭が抜ける。
多分、今吐いた息に火を当てれば燃え上がるだろうと思える程アルコール度数が高い。
焼ける喉を鎮めるように鹿の燻製肉に手を伸ばし噛みしめる。口の中に鹿肉に含まれた旨味が口いっぱいに広がり、火酒の辛さに似た鋭い味をまろやかに中和していく。
身体にアルコールが一気に回る。酒で酔う感覚は普段抑圧している自分を解放させる感覚になり好きだ。自ずと饒舌になり会話が弾む。
「そういえばボルク爺さんに頂いた『エルバトラム』が本当に凄いナイフで感激してるよ。正直このナイフに命を救われたしね」
「命を救ったか。はっはっは。そうかそうか。そりゃナイフがお前さんを気に入った証拠じゃ。ええか、良い武器には魂が宿るんじゃ。武器を作った鍛冶屋の魂が宿るからの。そしてその魂は使用者と共に成長していくんじゃ」
ボルクは火酒を飲み干し、再び陶器で出来た酒瓶を手に取りグイ飲みに注ぎ入れる。
「お前さんは英雄が使ってる武器がなんで伝説の武器になるか分かるか?」
「なんでって…そりゃ凄い魔法が込められてるとか、すごい素材で名工が作ったとか…そんな感じかな?」
ボルクは声を上げて笑う。真面目に答えたのにも関わらず笑われたことで少しムッとしたが、その表情を見たボルクがさらに笑って話を続けた。
「すまんすまん。お主を馬鹿にしたわけじゃないんじゃよ。実はワシも若い頃はそう考えていたんじゃ。お前さんの口から同じ言葉を聞いたもんだから昔を懐かしんでしまっただけじゃ。今老いぼれたワシじゃからこそ分かったことがあるんじゃ。ワシは昔から最高の武器…英雄が使う武器を作るのが夢だったんじゃ」
酒を飲みながらツマミをかじり、ゆっくりとしたペースで話を続ける。
「それで分かったんじゃよ。英雄の武器は英雄が使うから伝説の武器になるんじゃ。つまりな同じ武器でも誰が使うかで価値は変わってしまうんじゃよ。それに気づいた時、結局のところ武器も成長するという事に気付いたのじゃ。最初から最高の武器を作るんじゃなく、使用者と共に成長し愛される”仲間”としての武器を作ろうと考えたのじゃ。そしてその思いで作った最初で最後の武器がその『エルバトラム』なんじゃよ」
ボルク爺さんの考えを聞いて青天の霹靂だった。
RPGやなんかでも元々伝説の武器があってそれを手に入れに冒険に出る。
作られたストーリーでの概念で武器としての存在を相馬も考えていた。
名工が伝説の素材で打った武器こそ伝説の武器だと。だがよくよく考えてみれば勇者が使った武器が後世まで残り伝説の武器と言われるのだ。当たり前の事なのに気付けなかった。
もし伝説の武器を魔王が最初に手に取っていたらその武器は”災厄”の武器とでも言われるだろう。しがない冒険者が使っていれば後世まで名が残らないだろう。
『エルバトラム』を駄作にするか伝説の武器に出来るかは相馬自身の行動によるのだ。
それに気づいた瞬間、肩のあたりにのしかかる重たい何かを感じ取った。
ボルクが自分にこの『エルバトラム』をどんな思いで託したのか理解できたからだ。
神妙な面持ちで『エルバトラム』を見つめる。
「はっはっは。そんなに畏まるでない。ワシゃお主が気に入ったんじゃ。だからワシの最高作品を託した。お前さんには何か光るものを感じたんじゃ。鍛冶師のカンじゃよ。そしてお主はワシの期待通り冒険者になるべく旅立つという。ワシは勇者の誕生に立ち会ったのかもしれんのぉ」
相馬の殻になったグイ飲みにボルクは酒を注ぎ、自分が持っている酒が入ったグイ飲みを前に突き出す。
「ワシとお主の栄光ある未来に乾杯じゃ!!」
2人はお互いのグイ飲みを”カチン”と当てて一気に飲み干す。
体中が燃え上がるように熱を発する。
この世界での1つ目標が出来た事に対する喜びが火酒の熱と合わさったのかもしれない。
その後も他愛無い話で盛り上がり、二人は早いペースで酒を開けていった。
泥酔して世界が回るようになったころ、別れを告げて宿屋に変えることにした。
「そういや1つ覚えといて欲しいんじゃが、中央大陸にワシの古い友人がおる。武器屋をやってるはずだからもし会ったらよろしくと伝えてくれや。名前は”ガンズ”と言う」
「わきゃったよぉ。ちゅたえへほふひょ」
泥酔して呂律が回らない。その姿にボルクは大笑いしていた。ボルクの酒の強さに感服しつつ千鳥足でボルクの店を後にした。
歩きながら込み上げてくる吐き気に我慢できず路地裏に入り込み吐瀉物をまき散らす。
胃の中に残った火酒を全て口から吐き出してしまったが、おかげで少しスッキリした。
それでも酔いが醒めるわけではない。もう2度とボルクと同じ速度で飲むのは辞めようと心に誓ったのだ。
それは再開を必ず果たすという相馬の心の裏返しでもあった。
宿屋についてカウンターで水を一杯貰い飲み干した。
相当酒臭かったのだろう。宿屋の店主は苦虫を嚙みつぶしたような表情をしていた。
部屋に戻ると何故かその表情が無性に面白く感じて大笑いしてしまった。
最高の気分で王都ヒューエンス最後の夜を迎えることが出来た。
1ケ月弱の滞在だったが、相馬が地球で過ごした30年を超える程の充実した日々だった。
これから待ち受ける自分の運命を未だ知る由もない相馬は腹を出したまま深い眠りに落ちた。
☆現在の相馬情報☆
{残金536501リーン}
{借金0リーン}




