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ボウシの魔女


 (ゆき)のふるなか、ひとりの(おんな)()(ある)いています。

 (おお)きなとんがりボウシをかぶったその(おんな)()は、(くさ)むらの(なか)をがさごそと何かを(さが)(まわ)っていました。


「ここにもない。あそこにもなかった、(つぎ)はどこを(さが)せばいいかな?」


 (おんな)()はその(おお)きな()()のあるツギハギだらけのボウシに(はな)しかけます。

 これまた(おお)きなボタンとチャックがついていて、まるで(かお)のようです。


「うけけけ」


 チャックがひとりでに(ひら)き、まるで(くち)のように(うご)()します。

 いいえ、本当(ほんとう)(くち)なのです。このボウシの(くち)は、(おお)きなチャックでできていました。


「はてさて、それはおいらの(さが)(もの)かな? りりの(さが)(もの)かな? はてさて、(さが)しているのはりりだけどな?」

「あたしが(さが)しているのはあなたの(さが)(もの)よ、べくー」


 (おんな)()、りりは自分(じぶん)のかぶっているボウシ、べくーに()けてそう()いました。

 まるで(ちい)さな魔女(まじょ)みたいなりりは、べくーのなくしたものを(さが)しています。


「はやく()つけてあげるからね。べくーの大事(だいじ)なもの」

「うけけけけ。おいらはたのんでいない。(さが)しているのはりりだけどな、うけけけけ」

「いやだわいやだわ。べくーはいつもそうやって、(いや)(わら)(かた)をするのだわ」

「それよりいいのかい? ここから(さき)(こわ)いものが()っているぜ。子供(こども)ははやく(うち)(かえ)って()んねしな」

「あたしはすごい魔女(まじょ)なのよ。だからべくーの(さが)(もの)なんて朝飯前(あさめしまえ)なのだわ。(こわ)いものが(なに)よ。この気味(きみ)(わる)(もり)よりも(こわ)いものがあるのかしら」

「うけけけけ。そうやって、(もり)(こわ)がっているうちはまだまだ子供(こども)ってことさ」

「つぎはぎだらけのおんぼろボウシのべくー。あたしはあなたに約束(やくそく)したのだわ。あなたの(さが)(もの)()つけてみせるって。なくした(おも)()の代わりに、(さが)(もの)()つけてあげるの」

「そうさ。(さが)(もの)()つかればお(まえ)(おも)()(もど)ってくる。でも、どうやって(さが)すというのかな?」

「この(もり)(さき)(すす)めばいい。あたしの(うらな)いがそういっているのだわ。あたしはすごい魔女(まじょ)(さが)(もの)なんて朝飯前(あさめしまえ)なのだわ」

「それはいいが、ほら、(こわ)いものだぞ」

「キャー!」


 ()(うし)ろから(かお)をだしたのは、()むくじゃらの狼男(おおかみおとこ)さん。

 よだれを()らしながら、ゆっくりとりりに(ちか)づいてきます。


「お(じょう)さん。お(じょう)さん。こんな夜更(よふ)けにどうしたんだい? 迷子(まいご)かな? (わる)()かな?」

「あたしは魔女(まじょ)のりり。(こわ)くない、狼男(おおかみおとこ)なんて(こわ)くないのだわ」

「いやいや、(うそ)はいけないよお(じょう)さん。俺は(こわ)いもの。あんたの(こわ)いものさ。ああかわいそうに(あし)ががくがくと(ふる)えてる。そんなに(ふる)えると元気(げんき)がよさそうで、ああ(うま)そうに()える。ぺろりと(たい)らげちまいたくなるよ」


 (こわ)くない。(こわ)くない。りりはそうつぶやきますが、(からだ)(うご)いてくれません。


「うけけけけ。ほら(こわ)いものが()てきた。さあどうするどうする?」

(こわ)くない、(こわ)くないんだから!」

「いいや、(こわ)いものさ。これはお(まえ)(こわ)いものなんだ。(こわ)くないって()っているうちはどうにもならない」

「――そうよ、(こわ)いものは(こわ)いわよ! でも、()げたらあなたの(さが)(もの)()つからないのだわ!」


 りりが(さけ)びました。

 するとどうでしょう、狼男(おおかみおとこ)はあらざんねんとため(いき)をはいて(もり)(おく)へと(かえ)っていきます。


「あれ?」

「うけけけけ。あれは(こわ)いもの。(こわ)くないと(うそ)をついているうちは(こわ)がっている証拠(しょうこ)さ。(みと)めちまえば、あとは()()かうだけだ」

「まあ! なんてイジワルな()いかけなのかしら」

「うけけけけ」


 (こわ)いものは()ぎ去りました。

 ふたりは(まえ)(すす)みます。(もり)様子(ようす)()わり、(ほそ)(みち)()()()がっていたのです。


(かん)じるわ、(かん)じるわ。この(さき)(さが)(もの)()っている」

「うけけけけ。さてさて、(みち)はあっていてもどれだけの時間(じかん)がかかるか()かったものじゃないけどな」

「イジワルなボウシだわ! (さが)(もの)()つかったらその(くち)()()わせてしまいましょう!」

「ひどいご主人(しゅじん)(さま)もいたもんだ!」


 やがて、ふたりはなにやら(おお)きな広場(ひろば)にたどり()きました。(なに)もない場所(ばしょ)ですが、その()(なか)にぽつんと人影(ひとかげ)()えます。


「あら? また(こわ)いものかしら?」

(こわ)いものはさっき()っただろ。今度(こんど)のは不思議(ふしぎ)なものさ」

(しゃべ)るボウシもとっても不思議(ふしぎ)だけどね」

「お(まえ)みたいな魔女(まじょ)ほどじゃないさ」

「ならお(たが)(さま)ね」


 (さき)(すす)まなくてはいけない。りりは人影(ひとかげ)まで(ちか)づきますが、(あし)()めてしまいます。


「あらいやだ。(あめ)でも()るのかしら?」

「? 本日(ほんじつ)(ゆき)もやんで、(おだ)やかに()ごせますよ」

「ならあなたはなんで合羽(かっぱ)なんて()ているのかしら。河童(かっぱ)のくせして」

「おみくじが(きょう)なもので。今日(きょう)のラッキーアイテムは合羽(かっぱ)なのです」

「でも河童(かっぱ)さんは()れないと(あたま)のお(さら)(かわ)くわよ」

「こうして(みずか)(みず)をかぶればこの(とお)り」


 河童(かっぱ)()()っていた水筒(すいとう)から(みず)自分(じぶん)(あたま)にかけました。


河童(かっぱ)さん。フードをかぶったままだとお(さら)()れないわ」

「こりゃまた失礼(しつれい)


 ぺこりと河童(かっぱ)はおじぎをしました。

 ぺろりとベロをだして(あたま)をポンと(たた)きます。


「おおっといけねぇや。(した)にご注意(ちゅうい)です」

(なに)かしら(なに)かしら?」

「うけけけけ。(ひと)忠告(ちゅうこく)素直(すなお)()くもんだぜ」

「ちゅーこく?」

「アドバイスってことさ」


 べくーがそう()ったその(とき)でした。(した)からにょきにょきと()()えてきたのです。


(ふゆ)になりゃ(ゆき)()る。(はる)がくりゃ草木(くさき)()えてくる」


 ()えてくる()をよけながらりりは(まえ)(すす)みます。なんでこんなにはやく()(そだ)つのかわかりません。

 河童(かっぱ)さんがなぜそれを()っていたのかもわかりません。


「よいしょー!」


 ぴょんと()()えて河童(かっぱ)のいる広場(ひろば)から(さき)へと(すす)みました。

 するとどうでしょう、(うし)ろを()(かえ)るとそこには(なに)もない広場(ひろば)だけ(ひろ)がっています。


「あれ?」

不思議(ふしぎ)なことを()()えるには、よく()るか、()らねぇと無視(むし)をするか」

無視(むし)をしちゃいけないんじゃないの?」

(べつ)にそれが(わる)いことってわけじゃない。無理(むり)()っちまうと(わる)いことになることだってある。今回(こんかい)? どっちでもよかったけどな!」

「よくわからないんだけど」

「それでもいい(とき)もあるってことさ! ()にしたって仕方(しかた)がないこともある。そういうときは、(だま)って(まえ)(すす)めってね!」


 よくわからないけど、りりはべくーがそう()うならと(まえ)(すす)みます。

 一度(いちど)だけ(うし)ろを()(がえ)り、(なに)もないのを確認(かくにん)してまた(まえ)へと(ある)きだしました。


「なんだかもっと(ひろ)場所(ばしょ)()たのだわ?」

「どうしたどうした? そんな(あたま)(うえ)にハテナを()かべて」

「どうしてあたしの(あたま)(うえ)にそんなものが()かんでいるってわかるのだわ?」

「そりゃお(まえ)(あたま)(うえ)にいるんだから、おいらにはお(まえ)(あたま)(うえ)のものしか()えていないからさ」

「なるほど、それもそうね。ねえべくー、あそこにある(おお)きなテントは(なん)なのかしら? とても(にぎ)やかな音楽(おんがく)()こえてくるわ」

「ありゃサーカスのテントさ。つまりは面白(おもしろ)いことさ」

「サーカス?」

「おっとこりゃ失敬(しっけい)。りりは(おぼ)えていないってか」

「あたし、サーカスなんて()らないのだけれど」

「いーや。(じつ)のところこれまでのことでお(まえ)()らないなんてことはおかしな(はなし)なのさ。まあ、最後(さいご)まで(すす)めればわかるってね」

「べくーはそうやっていつもあたしにイジワルをするのだわ。まるで()きな()をいじめる(おとこ)()みたい!」

「うけけけけ。冗談(じょうだん)はよしてくれよ。さぶいぼがたっちまう! まあ、おいらにいぼなんてできるわけがないんだけどな!」


 りりはサーカスのテントの(まえ)までやってきて、どうするか(なや)みます。

 この陽気(ようき)音楽(おんがく)が気になるけれど、ここに(はい)ったら(さが)(もの)のことを(わす)れてしまうかもしれません。

 けれど、どうしても()になってりりはその()(うご)けなくなってしまいました。


「うう、とても面白(おもしろ)そうなのだわ」

(はい)ってみりゃいいだろうが、うだうだ(なや)みやがって」

「でも、(さが)(もの)はどうするのかしら?」

「もしかしたら、この(なか)(さが)(もの)があるかもしれない。そのぐらい(おも)いついて()せればいいじゃねぇかどんくさい」

「どんくさいって(なに)よ! でも、そうね。(さが)(もの)があるかもしれない。べくーがそこまで()うのなら入ってみるのだわ」

「まあ、面白(おもしろ)いことの中で()つかるとは(かぎ)らないけどな」

「もう!」


 べくーの軽口(かるくち)にぷんぷんしながらりりはテントの(なか)(はい)ります。

 そこにいたのはひとりのピエロでした。陽気(ようき)音楽(おんがく)とともに玉乗(たまの)りをしながらボールをひとつ、ふたつ、みっつとジャグリングの()最中(さいちゅう)

 (つづ)いて助手(じょしゅ)のウサギがぴょんぴょんと()()ねて(おお)きな(はこ)(なか)(はい)ります。

 そしてぽんと(おお)きな(おと)がなり、ピエロの()(なか)にあったボールがナイフに()わりました。早変(はやが)わりのマジックです。

 そのままそのナイフをひょいひょいと()げ、(はこ)にぶすりぶすりと()さります。


「きゃあ⁉」

「おおっと、おこちゃまには刺激(しげき)(つよ)かったか?」

「い、いいえ! こんなのへっちゃら!」


 少しあたりが(しず)かになると、(はこ)(うえ)がぱかんと(ひら)いてウサギさんが()()し、華麗(かれい)着地(ちゃくち)しました。

 やがて拍手(はくしゅ)()こえてきて、お(つぎ)(おお)きなライオンによる()()くぐりです。


「わぁ! すごいのだわ! ()て、べくー! (おお)きなライオンさんがあんな(あつ)そうな()っかを(くぐ)()けている!」

「ああ、そうだな」

「? なんでそんな(しず)かになるの?」

「いいや、(なん)でもないさ。ただ、よーく()てみなってだけさ」


 りりはべくーにそう()われ、じっとライオンを()つめます。

 なんてことはない。ただのライオンにしか()えません。


「いったい、なんなのだわ?」

「うけけけけ。ああやって(あつ)いのに頑張(がんば)るライオンを()面白(おもしろ)いか?」

「ええ、それがどうしたの?」

「じゃあ、りりも(おな)じことができるか?」

「えっと、それは……」

「そういうことさ! あのライオンは(いま)(あつ)い。さっきのウサギだって、もしかしたらぶすりとやられていたかもしれねぇんだぜ。でも、それを面白(おもしろ)いことだって(ひと)()うのさ」

「まあ! それは()()ぎよ!」

「どうだかな。面白(おもしろ)いことってのは、(なに)かの(うえ)()()つもの。一枚(いちまい)めくっちまえば(なに)があるのかわかりゃしねぇ。あのピエロみたいにな」


 やがて、ピエロはムチを()()してライオンに()かって(たた)きつけようとします。


「あっ、ダメー!」


 りりが(おも)わず(まえ)()()して、ピエロを()めようとすると……(きゅう)にあたりが()(くら)になり、(まわ)りの風景(ふうけい)()わってしまいました。

 テントの(なか)にいたのに、いつの()にか(そと)に。そして、(よる)になっていたのです。


「あれ?」

「ただ面白(おもしろ)がっていては真実(しんじつ)にたどり()けない。それをなんでなのかと(かんが)えたときにはじめて、本当(ほんとう)世界(せかい)()(はじ)めるのさ」

「それでなんでこんな(まち)(なか)()るのかしら? (みち)()らすライトは電球(でんきゅう)()れているのか、ちかちかしているしなんだか不気味(ぶきみ)だわ」

「そいつは蛍光灯(けいこうとう)だろうけどな」

「どっちでも(おな)じことだわ! まるで、ホラー映画(えいが)(はじ)まりのシーンよ!」


 これまでとは(ちが)い、あたりの(いろ)もどこか(つめ)たくなった(かん)じがします。

 (いま)までは(ゆめ)(なか)にいたのに、(さむ)(なか)()きたくない(あさ)のように(ゆめ)の中に(もど)りたい気分(きぶん)です。


「うけけけけ。おめでとう! (さが)(もの)(ちか)づいた証拠(しょうこ)さ!」

(なに)よ。こんな(こわ)いところを(とお)らないと(さが)(もの)()つからないわけ?」

(すく)なくとも、りりはここを(とお)らない(かぎ)り、どんな(みち)(とお)っても()げるだけさ」

「やぱりイジワルなのだわ! いいわ、(まえ)(すす)めばいいんでしょう!」


 いつの()にか、(さが)(もの)()つけることよりも、(まえ)(すす)むことのほうが大事(だいじ)になっていますが、りりはそこには()がつきません。

 べくーもそれ以上(いじょう)(なに)()わず、ただただりりが(ころ)ばないようにじっと地面(じめん)()つめるばかりです。そればかりか、チャックを()じて(くち)()じてしまいます。


「べくー?」


 不安(ふあん)になったりりが()いかけますが、べくーは(なに)()いません。


「おやおや、お(じょう)さん。こんな夜更(よふ)けにどうしたんだい? 迷子(まいご)かな?」


 (あらわ)れたのはスーツを()大人(おとな)でした。何歳(なんさい)なのかはわかりませんが、とにかく大人(おとな)(おとこ)(ひと)ということは分かります。

 ただ、りりはどうにも(かれ)(かお)()ることができません。


「う、あ……」

「どうしたんだい? ハロウィンにはまだ(はや)いけど魔女(まじょ)のマネかな?」

「あ、あたしは魔女(まじょ)よ! ボウシの魔女(まじょ)。りり!」

「ははは。そいつは愉快(ゆかい)なことだね。でも(よる)(おそ)いしお(かあ)さんも心配(しんぱい)しているよ。(はや)(かえ)ったほうがいいんじゃないかな?」

魔女(まじょ)(かえ)(いえ)なんてないのだわ!」


 ずきりとりりの(こころ)(いた)みます。(なに)か、(わす)れていることを(おも)()しかけたように。

 (かれ)言葉(ことば)をそれ以上(いじょう)()きたくありません。


「べくー! (なん)とか()って! あたしはボウシの魔女(まじょ)。あなたが(しゃべ)れば一発(いっぱつ)魔女(まじょ)だってわかるのだわ!」

「? ボウシが(しゃべ)るわけないじゃないか。それに、随分(ずいぶん)とボロボロなボウシだね。まあ、(きみ)自分(じぶん)のことをどうしても魔女(まじょ)だって()うのならそれもいいけどね」

「その()(かた)(しん)じていない(ひと)()(かた)だわ! そう、(ゆめ)(なに)(しん)じていない大人(おとな)()(かた)だわ!」

「そりゃそうさ。かなう(ゆめ)なんてない。現実(げんじつ)なんてつらいだけ。何度(なんど)()()したって、結局(けっきょく)はつらいことが()っているだけ。だったら、(ゆめ)なんて(はや)いうちにあきらめたほうが(らく)になる」

「それは(いや)なことだわ。あたしは(ゆめ)を信じている。あたしは()めたの。べくーの(さが)(もの)()つけてあげるって。それまであたしの(おも)()はべくーに(あず)けておく。あたしの(ゆめ)()いかけるのはその(あと)だって」


 りりは()()します。

 ()げているだけかもしれない。(まえ)(すす)んでも(いや)なことが()っているのかもしれない。それでも、(いま)自分(じぶん)にできることは(まえ)(すす)むことだけです。

 (すこ)しだけ、(むかし)のことを(おも)()しました。べくーと会ったとき、りりは自分(じぶん)(おも)()をべくーに()()しました。そして、べくーの(さが)(もの)()つけたときに自分(じぶん)(おも)()(かえ)してもらう約束(やくそく)です。


「なんで、(いま)まで(わす)れていたのかしら」

「そりゃお(まえ)がおいらに(おも)()(わた)しちまったから、その(とき)のことも(わす)れていたんだ」

「べくー! どうして(だま)っていたのよ!」

「そりゃ、いつもおいらがアドバイスしていたらいつまでたってもお(まえ)(まえ)(すす)めないからな。(いや)なことには自分(じぶん)()()かっていかないとだぜ」

「やっぱりイジワルなのだわ!」

「でも、ひとつ(まえ)(すす)めたからお(まえ)(おも)()()(もど)した」

「……ねえべくー? 現実(げんじつ)なんてつらいことばかりなのかしら」

「そいつは(だれ)にもわからねぇ。なにがつらいのかなんて(ひと)それぞれさ。(たの)しいことがいっぱい()っているかもしれないし、大変(たいへん)なことがたくさんあるかもしれない。結局(けっきょく)は、そいつが自分(じぶん)でどう()めたかだ。ひとつアドバイスするなら、()げているだけじゃ、つらいことだらけだろうけどな!」

「……わかったわよ。(まえ)(すす)めばいいのよね」

「ああ、(いま)(まえ)がやらなくちゃいけないことはそれさ!」

「もう……でもなんであたしの(おも)()()()えにべくーの(さが)(もの)()つけないといけないのかしら?」

「そいつは簡単(かんたん)本当(ほんとう)のところ、お(まえ)(おも)()をおいらが(あず)かる()わりさ」

(わた)したんじゃなくて、(あず)かるなの?」

「ちょっとの(ちが)いだが、そいつがとても(おお)きな(ちが)いなのさ。さあ、あとふたつぐらい()えた(さき)(さが)(もの)があるぜ」

「もしかしてべくーは(さが)(もの)がどこにあるのかわかっているのかしら?」

「ここまでくれば、あとは一本(いっぽん)(みち)みたいなものだからな」


 ()()()(おも)いながらもりりは(まえ)(すす)みます。

 アスファルトの(うえ)をゆっくりと(ある)き、やがて(おお)きな(とお)りにたどり()きました。

 どかん、と(おお)きな(おと)()(ひび)きりりはびっくりして()()がってしまいます。


「なんなのだわ⁉」

「ほら()ろよりり。(おお)きな(はな)(そら)()いたぜ」

(そら)(はな)()くわけないのだわ」

「いいや、()く。きらきら(ひか)花火(はなび)だ」


 (さき)ほどの(おと)花火(はなび)(おと)だったのです。そして、(とお)りには(ひか)(かがや)(おお)きな人形(にんぎょう)たちが行列(ぎょうれつ)(つく)って(すす)んでいます。

 一緒(いっしょ)(すす)んでいる音楽隊(おんがくたい)が、この()()()げます。


「パレードなのだわ! とても(たの)しそうな音楽(おんがく)()こえてくる!」

「こいつは派手(はで)だねぇ。電気代(でんきだい)、いくらかかっているのか」

「もう! (ゆめ)(こわ)すようなこと言わないの!」

「でもりりも()になっただろ?」

「それはそれ、これはこれよ!」

「うけけけけ」

(わら)ってごまかさない!」

「で、どうするんだ?」

「うう、(さが)(もの)()つけに()かないと……でも、こんな(たの)しそうな音楽(おんがく)(かな)でる音楽隊(おんがくたい)無視(むし)していくのはちょっと()()けるのだけど」

「なら(すこ)しぐらい()ていきゃいいだろうが」

「いいの?」

「どうせ、この(さき)(とお)りに()けばあとはもうすぐだ。(すこ)しぐらいなら大丈夫(だいじょうぶ)だ」

「なら、お言葉(ことば)(あま)えて」


 りりはその()()()まり、パレードを(なが)めます。

 (あゆ)みが()まり、どれぐらい時間(じかん)()ったでしょう。数秒(すうびょう)にも(おも)えますし、(なん)(げつ)もそのままな()もしています。


「……」


 (すこ)地面(じめん)(なが)め、りりは(なや)んでいます。(さが)(もの)()つけに()かなくてはいけない。だけど、このまま(たの)しいことの(なか)にいたい。


「……うう、()くわよ! ()けばいいのでしょう!」

(べつ)(なに)()っていないけどな」

「でもこのまま()()まっているのはそれはそれで(いや)なのだわ! それに、(たの)しいことばかりだと(ぎゃく)につまらなくなっちゃう! (たの)しんだら(あと)はその(ぶん)(まえ)(すす)む! それでいいのだわ!」

「うけけけけ! そう、その(とお)り! (たの)しいことってのは(まえ)(すす)むための(ちから)さ」


 (たの)しさはあなたを(おく)()すエール。

 りりはぱんぱんとほほを(たた)き、よしと気合(きあい)()(なお)します。

 パレードの(とお)りを()()り、すこしだけ音楽(おんがく)(あと)()かれながら(まえ)へと(すす)みました……(つぎ)にたどり()いたのは、(すこ)(ふる)いお(うち)です。


「ここは……あたし、ここを()っている?」

「さあ、ここが最後(さいご)試練(しれん)だ。りり、(かな)しいことに()()かえるか?」

(なに)()っているの? あたしの(こころ)はとても(あたた)かいわ。ここが(かな)しいことなんてありえないでしょう」


 そう、りりはここにたどり()いたときとてもぽかぽかとした気持(きも)ちになったのです。

 なのにべくーはここが(かな)しいことだと()います。

 と、その(とき)でした。ゆっくりとお(うち)(とびら)(ひら)きます。そこから()てきたのはとてもやさしそうなおばあさんです。どこか、りりに()ている彼女(かのじょ)はゆっくりとりりに(ちか)づき、そっとべくーを(はず)して彼女(かのじょ)(あたま)()でます。


「……おばあちゃん?」


 りりの言葉(ことば)に、おばあさんはにっこりと(わら)うだけです。彼女(かのじょ)()()かれ、りりはお(うち)(なか)(はい)っていきます。とても(あたた)かくて、こここそが(たび)()わり、りりの(かえ)場所(ばしょ)なんだと(おも)います。だけど、そこの(みず)()すのはイジワルボウシのべくーです。


「いいや、ここは(かな)しいこと。りり、ただ(あたた)かいだけの場所(ばしょ)(かえ)場所(ばしょ)じゃない」

「なんで! ここはとても()()くのだわ! (こころ)がポカポカするの! ここにいたいの! おばあちゃんと一緒(いっしょ)にいたいの!」

「そうさ。それが、お(まえ)魔女(まじょ)になった理由(りゆう)だからな。そりゃ(たび)()わりだと(おも)うさ。ここがゴールだと(おも)うさ。だけど(ちが)う。ここは、スタートなんだ」

「……」


 おばあさんはべくーを()ったままゆっくりと(ある)いていきます。りりは彼女(かのじょ)()いかけますが、距離(きょり)(ちぢ)まりません。


「なんで? なんで()いつけないの⁉」

「りり。(こわ)いことも、()()()なことも、面白(おもしろ)いことも、(いや)なことも、(たの)しいことも、(かな)しいことも……その全部(ぜんぶ)がある場所(ばしょ)。それが、お(まえ)(かえ)場所(ばしょ)さ」

「べくー? (なに)()っているの、(なに)()いたいのかわからないわよ!」

「いいや。りりは(たの)しいことがあってもずっとそこにいるんじゃなくて、(まえ)(すす)めた。ほかのどんなことでも、(すこ)しだけでも(まえ)(すす)めたんだ。だから、この(かな)しいことを(まえ)にしても大丈夫(だいじょうぶ)だ。もう、(おも)()しても大丈夫(だいじょうぶ)さ」

(いや)よ、(おも)()しちゃう――おばあちゃんはここにいるの、おばあちゃんがいるここにいたいの!」

「それはダメなんだよりり。ここは、いなくなった(ひと)がいる場所(ばしょ)なんだ。だから、りりは(かえ)らなくちゃいけない。りりが()っている(ひと)のところへ」


 べくーがそう()うと、りりの(おも)()(もど)ってきます。

 大好(だいす)きなおばあちゃんともう()えなくなってしまったこと。それが(いや)(いや)で、自分(じぶん)(いえ)()()してしまったこと。

 そして、おばあちゃんに()うために魔女(まじょ)になったことを。


「……」

「りり、()めなくちゃいけない(ゆめ)もあるのさ。もうりりはひとりでも()きられるだろ?」

「……わかったのだわべくー。そうね、約束(やくそく)したものね。あなたの(さが)(もの)()つけるって」

「いいや、そいつはもう()つかったさ」

「?」

「りりの(かえ)(みち)。そいつがおいらの(さが)(もの)だ」


 べくーがそう()うと、いつの()にか()暗闇(くらやみ)になっていたあたりに、一筋(ひとすじ)(ひかり)(みち)(あらわ)れているではありませんか。


「そこをまっすぐ(すす)めばお(まえ)(かえ)(いえ)につく。ここで、お(わか)れさ」

「なんで、べくーも()いていかなくちゃいけないの?」

「うけけけけ。おいらは記憶(きおく)さ。お(まえ)(おも)()からおいらは()まれたんだ。その()わりに(さが)(もの)()つけてやるってね。お(まえ)(わす)れちまう()わりに、おいらはお(まえ)(さが)(もの)――(かえ)(みち)()つけてやるって約束(やくそく)したんだよ」

「え……それじゃあ」

「まったく、いろいろ(わす)れちまったからって自分(じぶん)(さが)すほうだと(おも)っているとかとんだドジっ()魔女(まじょ)だぜ! うけけけけ!」

「……なんで? なんでべくーを()いていかなくちゃいけないの」

「おいらは(みち)しるべ。(さが)(もの)()つけるために()まれた。(かえ)(みち)()つけたお(まえ)には、もういらないのさ」

(いや)だよ、一緒(いっしょ)(かえ)ろうよ」

残念(ざんねん)。ここが、おいらの(かえ)(いえ)なのさ。りりの(かえ)(いえ)はあっち。おいらを()いて()って、りりはここでのことをきれいさっぱり(わす)れなくちゃいけない。おいらは記憶(きおく)。お(まえ)記憶(きおく)(さが)(もの)()つける()わりに、お(まえ)記憶(きおく)(もら)った――でも、お(まえ)記憶(きおく)()(もど)したのなら、今度(こんど)はおいらを()いていかなくちゃいけない」

「そんな……」

「なーに、(べつ)(かな)しむ必要(ひつよう)なんてないさ。おいらはお(まえ)から()まれた。なら、どこに()こうともお(まえ)とずっと一緒(いっしょ)なのさ」



 ☆☆☆



 りりが()を覚まして最初(さいしょ)()()んできたのは、(なみだ)(かお)がぐちゃぐちゃになったお(かあ)さんでした。とても心配(しんぱい)されて、とても(おこ)られて。

 大好(だいす)きなおばあちゃんと()えなくなった(とき)(かな)しかったけど、自分(じぶん)がお(かあ)さんを()かせてしまったこともとても(かな)しいことでした。

 たくさん(あやま)って、たくさん(あたま)()げて。

 (すこ)しの(あいだ)(うち)()()していたりりですが、その(あいだ)(なに)があったのかは(おぼ)えていません。ただ、とても大切(たいせつ)(なに)かが(あたま)(うえ)にあったことだけはなんとなく(おぼ)えています。

 (あたま)(うえ)(なに)かがないと()()かなくなったので、いろいろなボウシをかぶってみますが、どうにもしっくりきません。

 仕方(しかた)がないので、(おそ)わりながら自分(じぶん)(つく)ってみましたが……()()()がったのは自分(じぶん)下手(へた)()(かた)()()()がったツギハギだらけのとんがりボウシです。

 でも、なぜだかとってもしっくりきて、(あたま)(うえ)()せるととても()()きます。


「…………ずっと、一緒(いっしょ)よね」


 どこからか、うけけけけと(みょう)(わら)(こえ)()こえました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] りりとべクーはいいコンビ! [一言] 真実を知ったりりとべくーとの別れは切ないですね。
[一言] しんど過ぎることは一時的に忘れちゃっていいと思うのですよね。 それで、ゆとりができた時に乗り越えようと頑張ってみてもいい。 駄目だなと思ったらそのままスルーも対処策の1つではあると思うのです…
[一言] 生きていることは楽しいことばかりではないのですよね。辛いことや悲しいことがたくさんあります。大切なひととの別れだって、容赦なく訪れます。それでも私たちは前に進んでいかなければならないし、進ん…
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