8 六月 球技大会
連日の雨の陰鬱さを晴らす目的なのか、うちの学校は全校生徒で行う体育祭とは別に、六月に学年ごとに球技大会がある。
各クラスの体育委員のくじ引きで九クラスが三団に分かれて、室内でできる競技のバスケットボールやバレーボール、卓球などをするとともにオセロとトランプゲームもする。
運動が得意でない生徒救済のために球技と全く関係ないゲームも敢えて含んでいるという。非常にありがたい。
学年カラーは赤、青、黄。団の色は紫、緑、橙で、学年カラーを混ぜた色になる。理事長による謎のこだわりが発揮されている。
D組は橙団なので、団Tシャツも明るい橙色。背面には美術部員によるイラストが描かれてあり、今年は大きな鳥だ。聞くところによると、これはフェニックスらしい。確かに、鳥が炎に囲まれている。
なんだかお腹が空いてきた。焼き鳥が食べたい。
体育館に団ごとに集合し、先生の話を聞いて解散すると自由行動になる。応援するもよし、練習するもよし、はたまた何もしなくてもよし。
「佐藤さん」
人が散れ散れになる中、声をかけられた。瀬野くんだ。いつものように、にっこり。
C組は紫団らしく、黒っぽい深い紫色のTシャツで、背中では西洋チックなドラゴンが火を吹いていた。どうやら今年度の団Tは伝説上の生き物で統一されているようだ。スタイリッシュなドラゴンは、瀬野くんによく似合っている。
「佐藤さんは何出るの。俺は優吾たちとバスケ」
「バスケ上手そう。私はトランプやるよ」
「トランプか。何時から?」
「なんと待ち時間ゼロ……あ、そうだった、行かなきゃ。またね」
「それ俺も見に」
「慧斗ー、練習しようぜ!」
危ない、忘れていた。トランプはさっさと始めてさっさと終わるのだ。慌てて会場に向かう。瀬野くんは、辰巳くんやC組の男子に引っ張られていった。
ちなみに瀬野くん、トランプは不正防止のために見学禁止だよ。
トランプとオセロの会場は、体育館に近い第一棟の一階にある広々とした食堂の一部。授業中ということで利用者はおらず、間を開けてそれぞれ同時開催する。
トランプは各団二人ずつ選ばれし計六人で行う。あがり禁止札やイレブンバックなどの、ローカルルール込みの大富豪を十一ゲーム。役をポイント換算して高い人が優勝となる。
席について相手の顔を見回すと、紫Tを着た忌々しき人間がいた。忘れもしない、トラという人だ。この人とトランプゲームをすることになろうとは。いいだろう、勝ってやる。
数十分後、ゲームは想定よりも早く終わった。松永やトラと呼ばれたあの人が圧勝したからだ。
彼は誰がどの数字のカードを何枚出したかなどを覚えたのか、盤面を支配してニゲーム目で大富豪になると都落ちなど一切せずに連勝し続けた。
うう、今度こそ勝ってやる。おのれ、覚えておれ!
お昼休み後。タイムテーブル表をよく見てないので知らないけれど、午後は準決勝から決勝までをするらしい。
私は遥菜と一緒にバスケを応援する。体育館のステージに腰掛けて足をぶらつかせながら、橙のF組と緑のB組の三位決定戦を観戦。
コートを駆け巡るオレンジとグリーン。頭にカボチャが思い浮び、ニンジンになり、最後はオレンジへと変化した。緑黄色野菜に果物、栄養満点フルコース。
くだらないことを考えつつ試合を眺めていると、遥菜の隣に辰巳くんがやってきた。
「あ、優吾。うちとCで決勝らしいね」
「すごいだろ? 褒めて」
「優勝したらね。あと、つーくんいじめたらダメだよ」
「んじゃ、気合入れてつーくんいじめっから応援して」
「ボコされちゃえ!」
「物騒なこというなぁ、鈴井さん」
びっくりした。いつの間にか、私の隣につーくんがいた。
早川綴くん、愛称はつーくん。バスケ部エースだけど、高身長ではなく平均的な身長なところは親しみが持てる。色素が薄い外見はどことなく異国の血を感じさせる、去年も同クラスだった人だ。
「つーくん、優吾ボコボコにしてね」
「首洗って待っとけよ、つーくん」
「はは、善処するよ。ところで、鈴井さんたちは試合どうだったの?」
「私はバレー出てたんだけど、二回戦で負けちゃって」
「うち、バレー部いないの不利だよね」
「一回勝てたんだから大健闘だろ。遥菜頑張ってたしな」
辰巳くんの言葉に遥菜は目をぱちくりさせ、てへっと笑う。照れ隠しだ。そして、気を取り直すように咳払いをした。
「で、絢理はトランプだよね」
「うん。でも、私も負けちゃった。なんかすごく強い人がいてね」
「それトラかも。強いのって茶髪のやつだった? あいつトランプ出るつってたんだよな」
「あー、それはしょうがないね」
辰巳くんと遥菜が困り顔で笑う。つーくんも「松永は去年ポーカー無双してたんだよね」と苦笑い。へえ、あの人トランプガチ勢だったんだ。
ふと、辰巳くんが「あ」と声を上げた。視線の先には体育館の入口に両手に花を添えた瀬野くん。片方は桜葉さん、もう片方は知らない子。会話に花を咲かせている。あそこはお花畑か。
辰巳くんが瀬野くんを呼ぶ。気付いた瀬野くんは女の子たちと二言ほど話してから、急がなくてもいいのにこの短い距離を小走りでステージに来る。
「よお、慧斗。決勝バックレっかと思った」
「んなわけ。あ、でももう三位決定戦も終わるな。危ねえ」
「僕たちそろそろ待機しないと。行こうか」
辰巳くんとつーくん、そして何故か遥菜もステージから降りた。辰巳くんに手を引かれている。
「遥菜さん、もっとコートの近くで見ててくださいよ」
「えー。しょうがないですなぁ」
「へへっ。つーくん、可愛いだろ、うちの遥菜」
「なんで僕に言ってくるの。はいはい、よかったね」
瀬野くんがコートに向かう三人と私を交互に見て、最後は私のほうを向いた。まだ行く気はないらしい。
「大富豪どうだった?」
「一生平民だったよ。松永くんに豪遊されちゃった」
「あぁ、ドンマイ」
瀬野くんが察した顔になる。本当にあの人のトランプ上手は有名らしい。
私もみんなのほうに行こうとステージから降りる。グキッ。さりげなく足をくじいた。痛い。一メートル程度の高さなのに、そんなことあるのか。骨の密度とか足りてないのかもしれない。
隣から若干引いた様子で声をかけられた。
「え、明らか足やばい角度曲がったけど平気?」
「平気。とりあえずひねっといただけ」
ふはっと笑われる。
「なるほどね。保健室行くか」
「それはいいや。私、自力で治せる」
「佐藤さんは魔法使いかなんかなの?」
「瀬野くん、自然治癒力って知ってる?」
「知ってるけど、限度があるだろ」
頭を軽くかいたあと、体育館の出入り口を指差した。
「ま、悪化する前に保健室にGO」
「あとで行くね」
「今すぐに決まってんだろ」
「そんな。瀬野くんの試合見たいのに」
わがままを言うと、瀬野くんが悩ましい表情になった。その心配を晴らすため、足首をぐるぐると回して平気アピールをする。わずかに走る痛みは大丈夫の範疇だ。
それを見て、憂い顔がため息をついた。
「痛くなったら保健室行って。これ、イケメンとのお約束な」
「はーい。イケメンもコート行ってね」
三位決定戦はすでに終わっていて、コートの中では辰巳くんやつーくんが瀬野くんを待っていた。イケメンがいないと決勝が始まらない。
瀬野くんが慌てて行こうとし、しかし、足を急停止させた。振り向く。
「佐藤さん、なんか一言」
試合前の一言。ここはおそらく応援するのが最適解。でも、瀬野くんはD組ではなくC組なのである。つまり、敵。去年までなら心置きなく応援できたけれど、今年はそうもいかない。
遥菜は辰巳くんになんて言ってたっけ。小首を傾げて思い出す。
「……えっと、ぼこされちゃえ?」
にやりと口角を上げた瀬野くんから、楽しそうな声が返ってくる。
「了解。Dボコボコにしてくるわ」
バスケの決勝戦は接戦の末に、つーくんのブザービートによってD組が優勝した。
「つーくんやべえ! あれはずりぃわ。カッコよすぎ」
「善処しすぎちゃった。でも、そっちもバスケ部いるんだし許してね」
「いや許せねえ。わしゃわしゃの刑に処してやるよ」
「ちょっ、くすぐったい……!」
つーくんの柔らかそうな髪が瀬野くんたちによってぐしゃぐしゃにされていく。勝っても負けても男子たちは楽しそうで何より。
結果発表によると、総合優勝は紫団だった。