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39 三月 修了式

 うららか日和な三月。涼やかな風が揺らす枝には花の蕾が膨らみ、景色に淡く彩りを添える。霞がかった柔らかな青空の下、巡り巡る季節は幾度目の春を迎える。

 高校二年生の修了式の日。



 ついに明日からは、待ち遠しかったみんな大好き春休み。浮足立つ教室で雑多な会話が絶え間なく続く。

 この教室とも今日が最後。三年生の教室は第一棟なので、二年文系が領地とする第二棟三階ともおさらばだ。


「あーやり、おはよ」

「おはよう」


 遥菜が登校してきて近くの机にもたれる。口を開けば出てくる話題は周囲と同じ、春休みについて。


「絢理たん春休み何するの?」

「映画鑑賞」

「春休みじゃなくてもそれじゃん。他には?」

「遥菜と野乃ちゃんと遊ぶ」

「あー、あれ私も楽しみ! 野乃がそろそろ日取り決めようって言ってたけど、いつにしよっか」


 私はおもむろにスマホのカレンダーを開いた。驚きの白さに絶句。春分の日以外何も書かれていない。画面を下にして、そっとスマホを机に置いた。


「私はいつでも融通きくよ」

「そう? 私はバイトもあるからなぁ。お泊まり会の日も決まってないしね」

「お泊まり会?」

「カラオケのとき話してたでしょ?」


 はて。私は聞いてないし誘われてもない。首を傾げると、遥菜もちょこんと首をひねった。近くで友だちと話していたつーくんに話しかける。


「つーくん話したよね、慧斗の家でお泊まり会」

「え、うん」

「あれ。つーくんってカラオケいたっけ」

「佐藤さんこそいた?」

「野球部とバスケ部は……そっか、絢理が帰ったあとに来たんだった」


 そうなのか。あの日、私は電車の都合により途中で帰った。

 あのときに話したということは、お泊まり会は放課後集会のメンツでするのだろうか。人数を考れば、瀬野くん家に全員分の寝床はないだろうから、おそらく雑魚寝。童心に返れそうなお泊まり会だ。

 遥菜がスマホを操作してニコッと笑う。


「絢理たんてっきり参加してると思っちゃってた。グループ招待しといた。野乃も行くし、絢理たんも行こ」

「行く行く」


 ようやくカレンダーに予定が追加されそうだ。みんなで雑魚寝、どんな感じだろ。ワクワクしてにやけてしまう。

 つーくんが友だちからこっちへ目を向け、ちょっと悪い顔をした。


「今度は遅刻しないでね」

「しないよ」

「気を付けてね。絢理たん生活リズム一日で狂わせちゃうんだから」

「し、しないよ。瀬野くんに起こしに来てもらえば問題無し」

「うわぁ」


 つーくんに可哀想なものを見る目で見られた。目は口ほどに物を言いすぎである。


「佐藤さん、そんなので三年生になって大丈夫?」

「余裕」

「本当? 私やつーくんとも離れるかもよ」

「離れないかもしれない」


 二人同時にため息をついた。何故、遥菜まで。

 私の友だちは遥菜とつーくん以外に、野乃ちゃんや真希もいるんだぞ。文系は五クラスしかないのだから、誰かと同じクラスになる可能性は十分あり得る。

 つーくんが「部活の先輩が言ってたんだけど」と前置きして言った。


「三年のクラスって成績で分けるらしいね」

「それ、私の先輩も同じこと言ってた!」

「成績順ってこと?」

「そそ。過去に部活でアンケとったことがあってね、文系はAのほうに偏差値高い人が多くて、理系は逆にIに頭良い人が集まってるんだって」


 相変わらず遥菜の部活は突飛なことをやっている。しかも、遥菜もつーくんも同意見なので、ある程度信用に値する情報だ。三年生のクラスは成績で分けられる、つまり赤点予備軍は隔離。

 そんな。私はみんなと同じクラスにはなれないかもしれない。それは嫌だな。奇跡でも起きればいいのに。



 終業式とHRが終わり、放課。C組を覗けば放課後集会の面々が揃っていた。スマホを確認しつつ話し合っている。輪の中心にいた辰巳くんがこちらに気付いて、瀬野くんの肩を叩いた。

 瀬野くんはみんなに「バイバーイ」と手を振って、鞄を手に教室から出てきた。


「佐藤さん帰ろ」

「話、いいの?」

「夜に通話すればいいし、てか俺ん家泊まる日程決めるだけだし。佐藤さんはいつ空いてる?」

「いつも空いてる」


 廊下をすぎ、階段に差し掛かる。トントンと降りるスピードは二人とも少し遅くて。

 横を走り降りていく生徒を避けるときに、瀬野くんに手が当たった。一度離れて、するりと絡められた。


「ならさ、いっぱいデートしよ。花見とか」

「いいね。桜餅食べたい」

「あとトラと橘がまた遊ぼーって言ってたから、それも行こ」

「次こそポップコーン全制覇しようね」

「佐藤さん食うの好きだよな」

「瀬野くんと食べるとなんでも美味しいもん」


「そうそう、瀬野くんの料理も美味しくて好き」

「ありがと。佐藤さんも俺になんか作ってよ」

「わ、私一人で?」

「……春休みに二人で料理作ろうな」

「そうしよう。お菓子がいい」

「おけ。バレンタインのときみたいにケーキ作るか」


「あ、お兄ちゃんにバレンタインのお返ししないと」

「ブラザーに贈り物? ホワイトデーすぎちゃったな」

「五月まで会えないから宅配で送りつける。何がいいかな。選ぶの手伝ってくれる?」

「いい、けど、佐藤さんってブラザーのことすげえ好きじゃね?」

「大好き」

「あっそ」


 空白のカレンダーが溢れる予定で色付いていく。映画を観る暇がなくなりそうな長期休暇は初めてだ。

 ふわふわ心地の私を置いて、瀬野くんがトンッと数段飛ばして一階に降りた。振り返って、静かな上目遣いで私の手を取る。整っている唇が薄く開いて低い声を発した。


「俺のことは?」

「愛してる」

「…………なるほどね」


 私は靴箱まで大きな手を引っ張って行くハメになった。

 言わせたがりのくせに、いざ言われるとものすごく照れる、あざと可愛い彼氏が顔を隠して動かなくなったから。



 帰り道は自転車。人生初、二人乗り。はしゃぎ散らかして乗っていれば、校門で生徒に挨拶していた山口先生や田中先生に引き止められた。「授業中にいちゃこらすんなよ」「勉強しろよ、受験生」等々、教師らしいお言葉を貰った。


「受験なー。なんかうちの学校、あんま発破かけてこないよな、受験について」

「河中先生とか大久保先生もゆるいもんね」

「大久保ちゃんなんて『信頼しているわ』が口癖だもんな」


 後ろに遠のく風景を眺める。文化祭でコラボした商店街、学校と駅を結ぶ大通り、映画館のある駅ビル。私たちを乗せる自転車は、そよ風とともに見慣れた町を流れ通っていく。

 私は荷台に座って息をついた。


「三年生、クラスどうなっちゃうかなぁ」

「一緒だろ」


 やけに確信を持った声で即答された。対して、私はしょんぼりを隠せなかった。


「離れるかもしれない。クラス分け、成績順なんだって」

「佐藤さん、そんな噂なんか信じてんの」

「遥菜の部活が統計出してたから、この噂は本当っぽくない?」

「んー、どうだろ」

 

 突如、けたたましい音が鳴って自転車が止まる。なんだ、踏切か。びっくりして瀬野くんのジャケットの裾を掴んでしまった。


「さっき山口くんたちがなんて言ってたか覚えてる?」

「『気を付けて帰れよ』」

「や、その前」 

「いちゃいちゃアンチ発言してた」

「そうだな。『授業中にいちゃこらすんなよ』って」

「うん」

「これって、俺と佐藤さんが授業中にいちゃいちゃすること、を想定してないと出てこなくね?」

「……うん?」

「しかも授業が特定されてない。俺らはあらゆる授業でいちゃいちゃできて怒られる可能性がある」


 したり顔で言う。ということは?


「クラス分け、成績順じゃないの?」

「多分違う。部活引退後に伸びるやつもいんのに、現段階の成績で分けても意味ねえもん」

「確かに……」

「クラス分け、多少は調整入れるだろうけど、進路基準な気がする。過去の卒業生の進路先はほぼ進学だから、志望校の偏差値とかで分けてんじゃねえかな」

「へんさち」

「実際、俺と佐藤さんの志望校一緒だし」

「あっ、なんで知って」

「あんな態度とられたらわかっちゃう」


 バレてたんだ。模試で良い判定取ってから驚かせようと思ってたのに。くすくす笑う大きな背中にぺたんともたれる。


 そういえば、最後の進路希望の調査票は、真面目に書かないと再提出させられると聞いた。クラス分けの判断材料にするためだったからなのか。

 それに、志望校とそれに見合う学力がかけ離れた人間はあまり多くない。志望校の難易度順にクラスを割り振れば、一応統計の通りになるだろう。

 

 目の前を電車が走る。影が落ちて冷たい強風が巻き起こった。いつか乗っていた時刻の電車、ガラガラの車内に一人座る私はもういない。

 瀬野くんが裾を掴む私の手を上から握った。温かくて優しい手で。


「まぁ、きっと俺らは同じクラスってこと」 

 

 影を連れて通り過ぎた電車、上がる遮断機。穏やか日光が差すと同時に、私は瀬野くんの言葉を飲み込み、咀嚼し、理解した。

 これは偶然か、それとも必然か。適当に書いた調査票がこんなミラクルを起こすなんて。


 来年度、私たちは七回目のクラスメイトになるかもしれない。



 動き出す自転車が行く先、踏切の向こうには春めく空と海が青々と広がり、海岸沿いに植えられた早咲きの桜はすでに花びらを舞わせていた。

 瀬野くんをぎゅうっと抱きしめる。


「瀬野くん、これからもよろしくね」

「あぁ、末永くよろしく、佐藤さん」


 奇跡は起きないが、起こせる。ずっと、私たちの縁は繋がり続いていくのだ。

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