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30 十二月 お誘い

「はい。……あっ」


 指同士が触れる。思わず手を引っ込めたら、プリントが床に舞い落ちた。これは幾度目だろうか。


「ご、ごめん」

「また? ねえ、佐藤さん」


 前の席の人が屈んで拾い、私の机に置く。そして宙に留まる私の手を見て、ふふっと笑う。


「さすがに、僕のこと意識しすぎじゃない?」


 前を向くときに髪の隙間から見えた耳は、赤くなっているように見えた。

 つ、つーくんだって、私のこと意識しすぎじゃない? たった授業中のプリント回し程度のことなのに。



 はっきり言われたわけではないけれど、つーくんは私のことが、あの、その……す、好き、らしい。

 そんな風に見られているとわかってしまうと、相手の一挙手一投足がやけに目に入ってきてしまい、何もなくても妙にドキドキしてしまう。


「こ、これが、恋……?」

「絢理たんってめっちゃ流されやすそう」

「野乃もそう思う。絢理ちゃんって勘違いも多いし」


 昼休み。人のいないところで話したいとお願いし、遥菜の部室にお邪魔した。

 お弁当を食べながら、遥菜と野乃ちゃんにつーくんのことを話すと、とても冷たい言葉が返ってきた。酷い酷い。しくしく。


「野乃ちゃんが私に、瀬野くん以外も見たらいいって言ったのに」

「だからって、すーぐつーくんに振り回されちゃうと思ってなかったもーん」


 つーんとして、たまご焼きをもぐもぐし始める。遥菜もウインナーをごくんと飲み込んだ。


「じゃあさ、絢理たん、慧斗のことはもうどうでもいいってこと?」

「それは、うーん」


 瀬野くんとは六年間も同じクラスだったのだ。せっかく今まで一緒にいた人と険悪なムードで終わりたくない、とは思っている。


「仲直りはしたい、かも」

「えーっ! ウダウダ悩む絢理ちゃんやだー。それならつーくんとの惚気聞くほうがマシ! 瀬野なんかさっさと捨てちゃえ!」

「ちょっと野乃〜。それは慧斗が可哀想というか」


 野乃ちゃんがぷんぷんして、遥菜がなだめる。どっちかと言うと、嫌われて捨てられたのは私なので、私のほうが可哀想なのでは。

 遥菜が私と野乃ちゃんを交互に見て、にっこり笑う。


「絢理が慧斗と仲直りしたいと思ってるなら、よかった。優吾からクリスマスパーティーに誘われたの。二人はどう?」



 私の中でパーティーといえば、洋画のワンシーンが出てくる。つまり、大人のいない家に若者たちが集まって酒を飲み、踊り狂うイメージだ。

 辰巳くんがいるということは、十中八九瀬野くんや松永くんもいるわけで。これは不良たちによる危険な宴会なのではなかろうか。未成年の飲酒喫煙は厳禁である。


「ダメだよ、遥菜。法は守れるうちは守っておこう」

「何の話? あ、お酒はないと思うよ、多分。野乃たんは?」

「野乃はメンバー次第かな〜。他には誰が行くの?」

「えーっと……」


 遥菜が口を開けたまま固まる。しばし時間が止まる。


「忘れた! 優吾に聞くね」


 スマホを取り出し、ぽすぽすとメッセージを送る。遥菜大好き辰巳くんはすぐさま返事を寄越した。三人でスマホを覗き込む。


『メンツは放課後集まってるやつらと遥菜たち』

「だってさ、野乃たん?」

「だから誰よ!」


 確かに、だから誰。放課後集まってるやつらを、私たちは知らない。おそらく、放課後にC組で雑談する人たちなんだろうけど、私たちは参加したことがないので知る由もない。が、宴会は不良の巣窟ということが確定した。

 三人でお互いに目配せする。一番最初に声を上げたのは私だった。仲直りは別にクリスマスにしなくてもいい。


「誠に申し訳ないのですが、この度は見送りという形に」

「絢理ちゃん行かないなら野乃も行かなーい!」

「えっ、じゃあ私もやめよっと。一人で行くの寂しいし」


『佐藤さんたち誘えた?』というメッセージに、遥菜が『私も含めてみんなパス!』と返答。すると、電話がかかってきた。


『よお、遥菜。今どこよ? Dにいねえじゃん』

「やほー。今日は私の部室だよー」

『行くわ』


 プツッと切れた。

 私は察した。辰巳くんが直談判しにやってくる。それまでに私たちがしなければならないことは。

 私たちはお互いを見て、即座にお弁当を口に運んだ。たまには早食いも悪くない。



 辰巳くんにくっついて松永くんも来た。いわく「面白そうだから来ちゃった」とのこと。何がどう面白そうなのかはわからない。変態の考えることは常人の理解を超えている。

 辰巳くんは定位置ともいえる遥菜の隣に座ると、ポッキーを出した。素敵な笑顔とともに。


「レディーにプレゼント。さあ、食べて」

「待って、二人とも。優吾ってお願いするとき、いつもポッキーくれるの。自分が好きだからって」

「遥菜さーん、そんな疑わないでくださいよー。ポッキー美味いじゃん」


 罠だったのか。なんと恐ろしい。ポッキーを食べたが最後、『よくも食ったな。許してほしくばパーティーに来い!』と脅されたに違いない。私と野乃ちゃんは震え上がった。

 松永くんがトラップポッキーを食べつつ、


「野乃ちゃんも絢理ちゃんも素直になったらー? そうだ絢理ちゃん、やる場所どこか知ってる?」


 と問うてきた。

 不良たちの宴会会場なぞ、行かないので知る必要もない。


「存じ上げません」

「慧斗ん家だよ」

「え」

「来る気になった?」


 ニヤッと笑う。なんともまぁ、ムカつく顔である。

 瀬野くんやつーくんにからかわれるのは百歩譲ってギリギリなんとか許せるけど、松永くんの思い通りにはなりたくない。したがって、私の天邪鬼が発動した。


「行かない。今、神様にそう誓った」

「え、なになに。佐藤さん慧斗嫌い?」

「きらっ……そ、そうじゃないけど、行きません」

「もしかして絢理ちゃん、慧斗ん家行くの恥ずかしがってるー?」


 松永くんがむふふと笑う。ムカつくムカつく。神様仏様ご先祖様、この人が足の小指をタンスの角にぶつけますように。痛みでのたうち回りますように。


「まぁ、遥菜は俺が連れてくとして、江星さんはどうして嫌なの?」


 辰巳くんが野乃ちゃんにポッキーの一袋を渡す。賄賂だ、賄賂。


「野乃は嫌っていうか……そうだ、絢理ちゃんとつーくんが来るならいいよ!」

「「つーくん?」」


 辰巳くんと松永くんがハモった。予想外の注文だったようだ。


「いいじゃん。優吾どう思う?」

「や、慧斗はいいんじゃね。でも、桜葉がわかんねえ。つーくんと話してるの見たことある?」

「あー、そっか。女王様が気に入らないかもね」

「一応確認とっとくわ」


 話の内容が中間管理職。パーティーのオーナー瀬野くんと女王様な桜葉さん、そして私たちわがまま顧客に板挟みの人事辰巳くん。可哀想に。胃痛薬を携帯してそう。

 ところで、あの麗しき桜葉さんが女王様だと。


「桜葉さんって、首をはねよ、が口癖なの?」


 視線が一気に集中して、松永くんがぶはっと笑いだした。


「やばい、絢理ちゃん! それ真希ちゃんに言ってみてよ」

「トラやめろ。それ桜葉に言っちゃダメだよ、佐藤さん」

「絢理たんって真希と話したことないっけ? 話せばわかるよー」

「強気な感じが間違われやすいけど、良い子だから大丈夫!」

 

 桜葉さんが強気。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花な、あの擬人化エレガントさんが強気な女王様。全く想像できない。

 なにはともあれ、不良たちの宴会に女王様が参戦なさることがわかった。やはり、私のような一般人は手を出してはいけない領域だ。


「とにかく、今回は残念ながら」

「おっけーおっけー、つーくんも呼ぶから。佐藤さんもそれで来てくれる?」

「行かない」


 メンズが困った顔になる。おっと、もしかして私も行かねばなるまいだろうか。強引に誘われるほどに、逆張りで断固拒否する所存なのだが。

 辰巳くんがスマホをチラ見した。


「そろそろ昼休み終わるし、教室戻ろうぜ。佐藤さん、考え変わったら連絡ちょうだい」


 引き際がいい。そういえば瀬野くんも、断られたら無理強いはしない気がする。二人とも人付き合いが上手そうだ。


 

 三階に上がる階段で、野乃ちゃんが辰巳くんと遥菜の会話に茶々を入れているのを眺めていたら、トントンと肩を叩かれた。


「そういやさ、絢理ちゃんはなんで嫌なの? 慧斗ん家行くの、そんなに照れちゃう?」

「違う」

「嘘じゃん。顔、少し赤くなってるよ?」


 再び、むふふ顔。ええい、ムカつく。

 つい手が出てしまった、が、私の渾身のパンチは簡単に受け止められ、逆に頭をよしよしされた。ムカつくムカつく!


「どうしたの? 絢理ちゃん、そんなに俺に構われたい? 可愛いー」

「そんなわけない。これは腸が煮えくり返ったぞパンチ」

「前から思ってたけど、絢理ちゃんって俺に当たり強くなーい?」


 軽く押されて踊り場の隅に追いやられた。背中に壁が当たる。

 松永くん、身長高い。見上げる私は首への負担を感じた。詰め寄られると威圧感もある。しかし、松永くんに見下されてもあんまり怖くない。


「絢理ちゃん、俺のことどう思ってるの?」

「どうって……」


 過去にムカつくことを言われたと記憶している。けど、具体的には何だったかな。半裸変態のインパクトが大きすぎて忘れた。今はムカつく長身チャラ変態だ。これを本人に伝える勇気はないけど。

 マイルド表現を考えていたら、松永くんがぽんぽん頭を撫でてきた。おいこら、私をペット扱いするでないぞ。


「ちょっと、なに」

「俺は絢理ちゃんに感謝してるんだけどなー」

「感謝? なんで」

「これ言うとまた性格悪いって言われちゃうから、言ーわない」


 悪い笑みが近付いてきて、息が耳にかかる。


「じゃあね、絢理ちゃん。パーティー楽しみにしてるよ」


 私から離れ、松永くんが階段を上っていくと同時に、五限の予鈴が鳴る。ハッとして、私は後ろ姿に向かって大きな声ではっきりと宣言した。


「ぜ、絶対に行かないから!」

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