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19 九月 おしゃれ勉強会

 九月も終わりに差し掛かったその日、二年が縄張りとする第二棟は全体的に浮足立っていた。体育祭の高鳴る余韻は日毎に増幅し、静まることがなかった。

 理由は一つ、もうすぐ修学旅行だから。前線も過ぎ、列島が涼やかな秋晴れに包まれる最高の日和に、私たちは四泊五日の旅に出る。


 今年度の旅先は、北海道、沖縄、近畿、そして台湾から選べた。沖縄はまだ泳げる気候、北海道は秋の味覚が楽しめるのでそこそこ人気があり、台湾は言わずもがな断トツ。

 なのに、私たちの班は近畿を選択した。とんだ天邪鬼だ。ルートは京都ニ泊と大阪二泊。残りの四県はどこに行ったのだろうか。これでは、近畿ではなく二府と呼ぶのがふさわしいと思う。



 教室内は、修学旅行のほとんどの時間を占める自由行動について計画を練る人たちの、和気あいあいとした会話で盛り上がっていた。

 私たちの班も計画を立てなければならない、のだが。


「絢理ちゃんピンクもう少し乗せよっか」

「うん」

「あっ、絢理たん動かないでよ。ほどけちゃう」

「うん」


 私たちは遥菜の部室で、テストの勉強会ならぬ、おしゃれの勉強会をしていた。

 昼休みは誰も使っていない部室は、元々小さな資料室だったという。壁を覆い尽くす本棚、中央にある大きなテーブルとそれを取り囲む五、六脚のパイプ椅子だけで埋まる、こじんまりとした部屋だった。


 今までの私の日焼け止めオンリー顔面から脱却するために開催されたおしゃれ勉強会は、振替休日の翌日から始まり、本日で七回目を迎えた。野乃ちゃんはコスメの買い物に付き合ってくれ、メイクを教えてくれ、遥菜は場所提供かつ私の髪で遊んでいた。

 リップを塗ってメイクを終え、ふーっと息を吐く。呪文すぎるコスメの名称は覚えてきたけど、メイクは慣れたようで依然として慣れない。


「お疲れ様! 絢理ちゃん可愛い〜っ」

「おお、いいね。見て、私もできた!」

「二人とも、ありがとう」


 ちょうど遥菜による髪セットも終わった。今日はふんわりとゆとりをもって結われた三編みおさげ。メイクがピンクなガーリー系なのでぴったりだ。

 鏡の向こうの自分はそれなりの可愛いが作れている。可愛くなったら無条件に自信がつく気がする。これなら、瀬野くんのそばにいても、


「……釣り合えるかなぁ」


 指でまつげを撫で上げていたら、二人がメイク道具の片付けをする手を止め、血相を変えてこちらを向いた。な、なに、突然。


「ちょっと絢理! それどういうこと?」

「絢理ちゃん、釣り合いたい相手がいるってこと!?」


 すごい剣幕でまくし立てられて、目が白黒してしまう。な、なになに、怖い。


「え、何」

「野乃、メイク始めたの修旅あるからなぁとか思ってたのに! 誰よそれ!」

「だ、誰って何が」

「さっき絢理が自分で、釣り合うとかなんとか言ってたでしょ」

「そんなこと言ってた?」

「言ってたよ! 相手は誰なの、野乃たちに吐き晒せーっ!」

「し、知らない知らない、知らないです」


 私、何か言ってた? さっき何考えてたっけ。びっくりして忘れちゃった。いつも脊髄で喋るからそんなの言われても覚えてない。

 とりあえず二人から逃げようとしたら、野乃ちゃんがぎゅうっと抱きついてきて、遥菜にほっぺたをむぎゅっとつままれた。逃げられない、圧死する。


 そのとき、ガラッとドアが開いた。遥菜の肩越しに二人の影が見える。


「わあ……」

「うっわ……」


 言葉を失った様子の人たちが瞬く間にドアを閉じようとする。待て。人が押し潰されているのに見て見ぬ振りだなんて、人の心を持ってないのか。


「たっ、助けてください!」



 救出隊の一人は辰巳くんだった。もう一人は、入り口で突っ立ったまま呆れた顔をするつーくん。助ける気さえ見られないあたり、本当につーくんは人の心を持ち合わせてない。

 ともかく、二人の登場によって私は謎の尋問から救われた。


「ありがとう、辰巳くん」

「おう」


 お礼を言うと素っ気なく返された。やたら落ち着きがない辰巳くんは遥菜の隣に座って、部室をきょろきょろと観察する。

 長居する気の辰巳くんに対し、つーくんは帰るつもりらしい。黙って静かに出ていこうとする、直前に野乃ちゃんに絡まれた。


「え? つーくん野乃たちの邪魔しておいて帰るの?」

「許してよ、江星さん。隣の日本史資料室と間違えちゃってさ」

「手のブツ寄越してくれたら許してあげる! こっちきてきて」

「わぁ、よく見てるね。いいよ、あげ、わっ」


 野乃ちゃんが、寄ってきたつーくんの手からおっとっとを取ると同時に、腕を引っ張ってパイプ椅子に座らせたのだ。満面の笑みで騙し討ち。野乃ちゃん、敵に回したくない人だ。

 つーくんは諦めたのか、盛大なため息を吐いた。


 五人でおっとっとをパリパリ食べる。辰巳くんがポッキーも出してきたので、それもポキポキ。お菓子パーティだ。

 おっとっとのクジラを見ていたら視線を感じた。そっちを向くと、辰巳くんが慌てて目を逸らす。今日の辰巳くんはなんだか他人行儀だ。いや、他人なんだけど。


「そういえば、つーくんと辰巳くんの組み合わせ珍しいね」

「僕は好きで一緒にいたわけじゃない。辰巳がストーキングしてきた」

「優吾あんた……」

「ち、違えよ! 俺はつーくんとこに避難してただけ! 修旅の自由時間一緒に回ろって言ってくる女子の圧がヤバくて」


 辰巳くんは女子から逃げていたらしい。つーくんは嫌なら嫌だと冷たく突き放しそうだから、避難所に適格なのかもしれない。

 野乃ちゃんがポッキーをポキッと食べて、言った。


「辰巳って瀬野と同じ班? 松永もだっけ。Aの台湾組が瀬野とか松永誘いたーいって言ってたよ」

「慧斗もトラも俺らのとこ。そのせいでモテモテすぎて困んだよね」


 辰巳くんが肩をすくめた。

 モテモテ班はメジャーな台湾組で、別の班と行動をともにするみたい。マイナーな近畿組は、そもそも参加人数が極小すぎて、私は遥菜たち以外の知り合いがいないけど。


 瀬野くんは複数の班と回る。羨ましいと思う反面、嫌な予感もした。それは遥菜の言葉で的中する。


「え、優吾の班って真希たちと回るんじゃなかったの」

「そうなんだけど、桜葉いるならあたしたちもーって女子も多くて」


 桜葉さんと回ることは確定なんだ。

 急に私が手に持つクジラがパリッと割れた。



 クジラの破片を見て、野乃ちゃんとつーくんがポケットティッシュを出してくれた。野乃ちゃんは持っているイメージあるけど、つーくんもティッシュを持ち歩くタイプなのか、意外だ。


「失礼な感情が顔に出てるよ、佐藤さん。冗談はお菓子で遊ぶだけにして」

「遊んでない。自然爆発した」

「絢理ちゃんの手、危ないねえ」


 二人からティッシュを受け取ると、辰巳くんが「えっ」と驚いた。まんまるお目々で私を見てくる。


「この人、佐藤さん?」


 素っ頓狂な声。一瞬の間ののち、みんながわっと笑い出す。

 まさか、さっきから対応がよそよそしかったのは、知らない人だと勘違いしていたからか。髪型を変えると雰囲気が変わるから、そのせいかも。


「辰巳、気付かなかったの? 最近の佐藤さんは午後から変身するんだよ」

「そうそう絢理たん! 私が髪やったの、可愛いでしょ!」

「野乃も可愛くなるお手伝いした! どうどう?」


 野乃ちゃんや遥菜が自慢げに言って腕を組んできた。両サイドから掴まれて身動きが取れない私は、辰巳くんにじっと見られてタジタジ。どうかな、どうかな、私のメイク変じゃないかな。

 人見知りを解除した辰巳くんがにっこり笑った。


「遥菜たちがやったんだ、すげえな! 俺、最初からめちゃくちゃ可愛いなって思ってたんだよね!」


 さすが辰巳くん、ブレない。私は遥菜を褒めるダシにされた。完全なる八百長。けど、私も褒められて嬉しいから、みんなWIN-WINってやつである。

 そして、辰巳くんは思い出したようにぽんっと手を打った。


「あ、ここで変身してっからDにいねえの? 慧斗が佐藤さん探してんのにいねえってキレてた。なんかあった?」

「え。何もないです」

「いや、絢理はさっきも怪しいこと言ってたし、これは何かあったね。さあ、言いなさい」

「や、何もないです、信じてください」

「えー、マジ?」


 辰巳くんと遥菜が息を合わせて問い詰めてくる。

 けれど、本当に何もない。避けているんだから、ありようがないはずだ。


 私は現在、瀬野くんに遭遇しないキャンペーン絶賛開催中だ。他クラスだから会わないことは普通だし、メッセージのやり取りは普段通りしているつもりなので、わざわざ探されているとは思いも寄らなかった。

 でも、特別キャンペーンのせいで瀬野くんがキレているとは。キレ散らかす瀬野くんは怖そうだ。……怖い瀬野くんは、嫌だなぁ。

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