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13 八月 駅前

 猛暑極まる八月。高気温高湿度の蒸し暑さに包まれる中、大雨暴風高波、そして雷を引き連れて台風が度々来訪する季節。不安な熱帯夜を超えた朝は、いつだって快晴の青空が待っている。


 世間はお盆を迎え、帰省ラッシュだなんだと騒がれている。

 かくいう私も、兄の帰宅を楽しみにしている。今年から社会人となった兄と毎日連絡はとってはいるけれど、ゴールデンウィーク以来会えてないのだ。


 兄からのメッセージの返事をしたあと、遥菜や野乃ちゃん、瀬野くんからのメッセージも確認する。

 瀬野くんからは今までも時折きていたけれど、カフェに遊びに行った日から、規則正しく朝と夜には必ず送られてくるようになった。昼夜逆転引き籠もりニートごっこを満喫する私の時報だ。

 内容は、遊びの誘いからその日にあった何気ない出来事まで、多岐に渡る。


『おはよ

 次の週末バイト休みなんだけど海とか行かない?

 泳がなくてもいいから日光浴しよ』

『ブルーライト浴で間に合っています

 おやすみなさい』

『寝るな起きろ

 ちゃんと光合成しろ引きこもり』


 私が寝るタイミングで瀬野くんが活動を始める。なので、遊びには行けない。そもそもこんな暑い日に外に出るなんてあり得ない。

 スマホを横に置いてベッドにもぐり、眠りにつく。自由な時間で生活できることこそが、引き籠もりニートごっこの醍醐味だと思う。 



 しかし、引き籠もりニートごっこにも欠点がある。それは家族からなまけ者として見られること。

 突如、母に快適な睡眠を妨げられて「暇でしょ、おつかい行ってきて」と仕事を課せられた。寝ていたのだから暇なわけはないのだが、上手い言い訳も思い付かなかったので、おとなしく任務を全うすることにする。


 日が沈んでもじんわりとした暑さが残る夏の夕暮れ。久々の外は、空も建物も全てが橙と群青に染まっていて、生暖かい風が髪を撫でた。

 歩きながら渡されたお金とおつかいの紙を見ると、すぐそこのコンビニで買えるものばかりだった。でも、これまでのおつかいの傾向から、余ったお金は自分のものになる。

 私は夏休みの間ずっと運動もしていないので、駅近くのスーパーまで散歩しに行くことにした。



 外灯がつき始めた薄暗い駅前で、目を惹くありふれた黒髪の青年を見つけた。その隣には、金髪のポニーテールの可愛い服に身を包んだ女の人。どう見ても瀬野くんと橘さんだ。

 二人は手を振って別れ、瀬野くんは駅の向こうへ、橘さんは私のいる方向にやってきた。


「あ、佐藤ちゃん、やっほ〜」

「橘さん、こんばんは」


 お互い軽く会釈をして別れ、なかった。橘さんが話かけてくる。


「ねえ、この前佐藤ちゃんと遊んだじゃん? あれから、なんか慧斗くんがめちゃくちゃ誘いに乗ってくれるようになってねー」

「そうなんだ。今日も遊んでたの?」

「そうそう! もう何回か遊んでてー」


 橘さんがSNSを見せてくれる。そこには青春の軌跡が詰め込まれていた。

 水族館、テーマパーク、カフェなどで撮られた写真には、橘さんと一緒に瀬野くんや中学の同級生などが映っている。良い写真ばかり。


 ちなみに、瀬野くんはSNSに基本的に人の入った写真を載せない。なので、行った場所はわかるけれど誰と遊んだかなどはわからない。そのせいで、毎回リプで『誰と行ったの?』祭りが開催されている。


「今日はプール行ってね、慧斗くんがプール行く日にあたしも行くから一緒に行こって誘ったの。ねえ、そっちの学校の人ってイケメン多いね! トラくんとか超カッコいい〜!」

「え。それって、あの茶髪の?」

「前は茶色だったんだ。今は青だよ!」


 ここであの忌々しき人間の名前が出てくると思わなかった。

 今は青髪という情報、世界で一番いらない。青はさすがに冒険しすぎではなかろうか。はたして似合うのか。


 と思ったら、橘さんが写真を見せてくれた。灰青色の髪の人間がカメラ目線でソフトクリームを食べている。

 初めてよく見たその顔は有り体に言えば整っており、変な髪色も似合ってしまうらしい。ずるい。神様にどんな賄賂を送ったんだ。過剰忖度だ。


「でも、やっぱり慧斗くんが一番だよね!」


 橘さんは瀬野くんの動画も見せてくれた。

 瀬野くんが水に濡れた髪をかきあげ、カメラに気付いてにっこり白い歯を見せる。まさしく水も滴る良い男である。

 周りからは笑う声や黄色い歓声が上がっていて、団らんが伝わってきた。うーん、とても楽しそう。


 プールは私も誘われた。そしていつものノリで断った。

 しかし、みんなで遊ぶのも悪くなさそうだ。家で趣味に明け暮れるのもいいけれど、海くらいは行ってもいいかもしれない。


「ねえ、橘さんは海行く? 来週末の」

「海? なにそれ、聞いてない聞いてない!」


 橘さんが目を丸くして、大きな瞳がさらに大きくなる。

 あれ。もしかしたら高校の集まりなのかも。友だちの多い瀬野くんが、遊ぶメンバーを中学と高校で分けている可能性は高い。とすると橘さんが誘われていないのも納得できる。


「ごめん、高校の子だけかも」

「あぁ、そういうことね! 焦っちゃった〜。でもいいね、やっぱり高校同じなの羨ましいなぁ」


 隣町の制服が可愛い高校。

 校則もゆるくて、先生も優しくて、売店も充実してて、校舎も綺麗。そんな良い高校へ、同じ中学で受験したのが私と瀬野くんだけだったわけじゃない。私立なので家庭の事情で諦めた子もいるだろうし、高い倍率のせいで落ちた子もいると思う。

 私は文系科目はよくできるほうだし、中学理科なんてひたすら暗記なので数学さえ頑張れば大丈夫だった。



 橘さんがスマホを鞄に仕舞いながら、盛大にため息をついた。


「慧斗くん、そっちで彼女いる? カフェのときも、そのあとも何回か聞いてみたんだけど全部はぐらかされちゃっててさ。トラくんはいないって言うんだけど、なんか仲良くしてるすごい可愛い子いるって聞いたよ?」


 瀬野くんの恋愛事情は、高校になってからさっぱり聞かなくなった。桜葉さんと実は隠れて付き合ってるという噂もあるが、真相は不明。

 でも、中学時代のオープンな様子からして、本当に彼女がいるとすると高校でも周知の事実となっているはず。今現在、私はそういう話を聞いていない。ということは、


「んー、ちゃんとしたことはわかんないけど、彼女はいないと思うよ」

「そっか! それがわかっただけでも嬉しい。ありがと!」


 にぱっと笑った橘さんが手を振って、私たちは今度こそお別れした。



 ミッションを遂行して家に帰ると、トールでスマートでクール、細マッチョが魅力的な兄が帰ってきていた。アイスと手持ち花火を買ってきてくれたので、近くの海辺に行ってはしゃいだ。

 歳の離れた兄はいつでも私を子ども扱いして甘やかす。大好きな兄の最高に良いところだ。

 

 遊び疲れて自室のベッドでゴロゴロする夜、動画とともに時報が届いた。

 動画は自撮りだろうか、瀬野くんのドアップ澄まし顔から始まり、市民プールをぐるっと映したのち、笑顔の瀬野くんで終わった。


『今日プール行った』

『きゃーイケメンかっこいー』

『今度は佐藤さんも行こ

 イケメンと一緒に運動不足解消しような』


 むむ、煽られた。この私が運動不足だと。

 今日の私は一味違うのだ。瀬野くんよ、この反撃に刮目せよ。


『私も今日めちゃくちゃ運動した』

『お?

 まじ?』

『なんと』

『なんと?』

『スーパーまでお散歩した!』

『わざわざためて言うことかよ

 つかそれ散歩じゃなくておつかいじゃねえか』


 文字だけなのに、言っている様が目に浮かぶ。呆れた声をしてそうだ。

 しかし、今日の私は一味も二味も違う。瀬野くんよ、驚くことなかれ。


『あと』

『あと?』

『花火もした!』


 兄に撮影してもらった動画をドヤ顔で送る。私がパピコを食べながらすすき花火を振り回し、けらけら笑っている動画を。

 動画は一分もないのに、既読がついてから一向に返信がこない。引き籠もりニートごっこをしている私が、一日に二度も外出したという衝撃的事実に仰天して失神したのかもしれない。


『生きてる?』

『いや死んでた

 すげえかわいいこれ』


 褒め倒された。こういうお世辞がさらっと言えるからモテるんだろうなぁ。そう思っていたら、ぽすぽすっとメッセージが飛んできた。


『これ男の声も入ってる?

 カメラマン誰』

『まいぶらざー』

『理解

 今度ブラザーボイス無いバージョンも撮ろ』

『引きこもりの外出

 営業終了のお知らせ』

『勝手に閉店すんな』


 このどうでもいい会話が終わったのは、瀬野くんが明日のバイトのために寝ると言い出した深夜だった。

 あ、海に行く話言うの忘れてた。まぁ、兄と行ったし、いっか。

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