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素手縛り

最近のゲームは奥が深い。

同じ敵を倒すのにも、ステータス、スキル構成、武器などを変える事で多様に楽しめる。

そんな中、あえて苦難な道を選び圧倒的な技業、作業量で他プレイヤーを圧倒する者を、我々は尊敬と畏怖を込めてこう呼ぶ。



『変態』と。



目を覚ますと、青空が広がっていた。

むくり、と体を起こすと辺りには見渡す限りの草原が広がっている。

「………俺、死んだ?」

ぼそりと呟いて、記憶の糸を手繰る。

確か、コミケに行って、薄い本を大量に手に入れて、ホクホクしながら帰って………帰って………。

「………あー、なるほど。あれですか」

帰ってくる途中で車に轢かれて死んだ、と。

ありきたりな死因だな、と思った所で一番重要な事を思いだす。

「はっ!!同人誌!!同人誌は無事か!?」

辺りを慌てて見回すと、薄い本はちゃんと手元にあった。命をかけて死守すべき物がちゃんとある事を確認してほっと胸を撫で下ろす。

「うーむ………とりあえずここを離れて………どこ行けばいいんだこれ」

薄い本を抱えて歩きだす。すると、

「ぐえぇ」

と、足元から奇妙な声が聞こえる。どうやら何か踏みつけてしまったようだ。足元を見ると、人がたおれている。

「そういえば蓮、お前もいたんだったな」

「ひっでぇ言い草だよ」

目の前の友人は、のそのそと起き上がると、辺りを見渡しながら自分に質問を投げかける。

「ここどこ?」

「異世界か、そうじゃなきゃあの世か」

「あー、そうだったな。轢かれたんだっけ?くっそ、まだ積みゲー消化してないのに」

この状況でお気楽な奴だ、と思ったが、今も同人誌を抱える自分が言えた事ではない。

「異世界なら探せばスライムくらいいるんじゃね?」

「あ、そっか。じゃあ暫く歩いてスライムいなかったらあの世って事で」

「そうしよう」




暫く歩く事で街を見つけ、そこにあった冒険者ギルドでいくつかの事がわかった。

少なくともここはあの世では無い事。

この世界にはゲームのようなステータスや、レベル、スキルとその適正がある事。

そして、俺はこの世界では攻撃が掠っただけで死ねる虚弱体質である事。

「………え、マジですか」

「はい、マジです」

受付のお姉さんが曇りない笑みで俺に真実を突きつける。

「先程制作したステータスカードで見る限り、ハルトさんのHPは10、これはだいたい5歳児と同じです。派手に転ぶだけで体力の半分が消えますよ」

「………マジですか」

「マジです」

「まぁ名義上の冒険者登録はできますが、冒険者の主な仕事である魔物との戦闘は一切できないでしょうね。攻撃力と敏捷はかなり高いんですが、防御力がとても低い上にこのHPですからね」

「………………………」

「おーい、戻ってこーい」

「でも、そこはリカバリーできます。これを見てください」

受付のお姉さんはステータスカードを俺に差し出す。

「スキルの一覧ですが、見てください。曲芸のスキル適正がEXで、最高値です」

その言葉を聞いた周囲の冒険者がざわつく。

「それ、凄いんですか?」

「1000年に一度の逸材です」

「ふぁ」

思わず変な声が出てしまう。

「魔物と戦わなくてもギルド併設の酒場で芸をすれば投げ銭で十分生活できるでしょうね。それどころか、ハルトさんの芸を見に人が集まるかもしれません。だから、虚弱体質でもなんら問題はないですよ」

「………なんかあんま嬉しくないな」

「まぁそう言うなって」

「そういうわけですので、我々冒険者ギルドは貴方を優秀な人材と認め、初期投資を行います。受け取ってください」

受付のお姉さんはでかいリュックサックを取り出してカウンターの上に置く。中を見てみると、様々な手品用の小道具や、護身用のダガー、少量のお金まで入っていた。

「冒険者ギルドは貴方の今後に期待します。では次の方」

今度は蓮が前に出る。

「えー、貴方のステータスは、まぁ普通ですね。打たれ強く攻撃力も高いので職業は戦士か剣士を選ぶのがいいでしょう」

「はぁ………武闘家とかないんですか?」

また周囲がざわつく。

「………レン様、本気で言ってらっしゃるんですか?」

「え、何かまずい事言いましたかね?」

「武闘家は、装備できる武器種がゼロな上に皮鎧すら着ることのできない最底辺職業ですよ?攻撃力、耐久、敏捷が高いですが武器も持てないのでパーティーに入っても荷物持ちになりますよ?」

「うーん………あ、そうだ。スキルってどうなってますか?」

「あ………そこ、気になりますか」

「?まあ」

「見てください、この………次のレベルアップで得られるスキルポイントの数値なんですが………」

「………0じゃん」

「はい、0なんです。たまにいるんですよこういう人。こうなったら生まれつき持ってるスキルだけでなんとかしないといけないんですが………どれも利点が使用に魔力を消費しない事くらいで効果が薄い物が多くて………冒険者として活躍するのは難しいと思います」

「ふむ………なるほど、わかりました。じゃあ職業武闘家で冒険者登録お願いします」

「え?」

「お前話聞いてた?」

「まぁまぁ、まずは聞けよ。さっきの通り俺、スキルが取得できないじゃん?」

「うん」

「さらに不遇な武闘家職を選ぶじゃん?」

「うん」

「もう実質縛りプレイじゃん?」

「ちょっと何言ってんのかわかんない」

「いや、ですから無理に冒険者にならなくても普通に働けばいいじゃないですか。そもそもスキルに恵まれないのに何故わざわざ武闘家を………」

「なんか、何かしら縛りを設けないと死ぬ体になってんだ」

「呪いかよ」

「で、では職業武闘家で冒険者登録をするという事でよろしいでしょうか…?」

「お願いします」




というわけでクエストです。

受付のお姉さんに、おすすめされた、簡単なゴブリン五体の討伐をやっている。

森の中を歩きながら改めて疑問に思った事を俺は口にした。

「なぁ、お前本当に武器持てなくていいのかよ?」

「大丈夫、素手縛りには慣れてる」

「そういう事じゃ………もういいよ」

「お前素手縛り舐めんなよ?相手の動きを計算して攻撃できるタイミングを測って全ての攻撃を見切って長期戦に持ち込研ぎ澄まされたプレイスキルの賜物だからな」

「はいはいすごいすごい」

「話聞けよテメェ」

「俺はお前がいつ脳死突撃してもいいようにいろいろ調べてるんだよ」

「ほー。その本もリュックに入ってたやつ?」

「そうそう」

「いーよなーお前は万全の装備で」

「攻撃掠ったら死ぬんだからプラマイゼロだろ」

「それもそうだが………ん?なぁ晴人、あれゴブリンじゃね?」

蓮の視線の先には七体のゴブリンの群れがいた。

「あれだな、間違いない」

「じゃあとりあえず突っ込むわ」

「まてこの脳筋」

「大丈夫攻撃は全部避けるから」

「そうじゃなくて、あれ見ろ。あれ」

俺は七体いるゴブリンの中で一際体が大きい一体を指差す。

「あれがどうかしたか?なんて事ない強モブだろ」

「いや、相手にするの面倒だろ。俺が不意打ちでやるよ」

「いや、でもモーション確認したい………」

「後で一人でやればいいだろ、そういうのは。じゃああとはよろしく」

「おう」

若干不服そうな返事を受け、俺は茂みの中に入った。ダガーを抜き、ゴブリンの群れがギリギリまで近づくのを待つ。

額を脂汗が伝う。何せ一撃でも喰らったら死ぬのだ。

じっくり引き付けて………引き付けて………。

そして、あと一歩で間合いに入るという時に、蓮がゴブリン達の群れの後方に姿を現し、視線がそちらに集まる。

蓮は「あれ?」とでも言いたげなアホ面を晒している

あの馬鹿野郎………!攻撃するまで待てよ言わなくてもわかるだろ普通本当に脳みそ筋肉で出来てるのかよ!?

仕方がないので茂みから出て、後ろから大きいゴブリンの首にダガーを突き刺す。ダガーは首を貫通し大量の血が噴き出し、それをモロに浴びて少し吐きそうになる。

大きいゴブリンを蹴り倒すと、二体を下敷きにする事ができた。だが、残りの四体が一斉にこっちを見る。

「やばっ………うおっ!?」

ゴブリンの振るう棍棒を、思い切り転がって避ける。

他のゴブリンも攻撃してくるかと思ったが、そうはならなかった。なぜなら、

「ぅうおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」

と、鼓膜が破れるかと思うほどの馬鹿でかい声が響いたからである。

頭がくらくらする。視界が揺らぎ、血で塗れた状態で、転びそうになりながらもどうにか戦闘の場から離れた。少し離れた所から、蓮とゴブリンの戦闘を観察してみる。

蓮に近かったゴブリンの一体は、実際に鼓膜が破れてしまったようだ。耳を押さえてその場を転げ回っている。少し同情する。

そして残りの三体はというと、蓮に殴られ続けていた。

いや、ゴブリンも無抵抗で殴られているわけではない。短い腕を懸命に回して攻撃したり、武器を振るったりしている。が、攻撃しようが躱されるし、殴り飛ばされるし、散々な目にあっている。

ゴブリンが最後の気力を振り絞り攻撃するが、蓮に思い切り殴られて息耐えた。敵わないと思ったのか、残りの二体は逃走を図る。

だが、逃げ遅れた一体の頭が踏み潰され中身が飛び散る。さらにもう一体を捕まえて馬乗りにして、「君が!死ぬまで!殴るのをやめない!」と言い出す始末。

訂正しよう。俺はゴブリンに深く同情する。

蓮ってあんなヤベー奴だっただろうか。怖い。

蓮がゴブリンをフルボッコにしている間に、鼓膜が破れたゴブリンに視線を移す。ゴブリンはまだ地面を転げ回っていた。

それを見て俺はこんな事を思った。

ここからこのダガー投げたらあいつ殺せるかな?

と。蓮も蓮だが俺も大概そうだ。

早速ダガーを、ダーツを投げるようにぶん投げてみた。

ダガーは、矢が進むように空中で勢いを失う事なく真っ直ぐ飛んでいき、ゴブリンの頭に突き刺った。

「え」

その結果に俺自身が一番驚いた。俺にはナイフ投げの経験なんてない。そもそも戦闘経験すらない。だが、少し考えるとすぐ答えは出た。

曲芸のスキルだ。先ほどの投擲も曲芸の内に入っていたのだ。ならもっと他の戦い方もできるかもしれない。

そんな事を考えている間に蓮に殴られていたゴブリンが息絶える。

「終わったぞ」

「てめぇ勝手に突っ込むんじゃねえよ。ちょっと危なかっただろうが」

「すまんすまん」

「というか、まだ耳痛いんだけど……さっきの何?」

「あぁ、雄叫びウォークライ。相手を怯ませて確率でダメージも与える良スキルだよ」

「鼓膜が破れるかと思ったよ、次からやめてくれ」

「まぁまぁ、勝ったからいいじゃん?」

「お前のせいで危うかったんだが」

「いや、別にお前居ても居なくても対して変わらんだろ」

「それは煽りと受け取っていいか?いいんだな?よしわかった待ってろゴブリン百体くらい狩ってきてフライング土下座させてやるよ」

「よっしゃじゃあ俺はお前の倍倒して完全勝利UC流してやるよ」




「馬鹿なんですか二人とも」

「「返す言葉もございません」」

あの後俺と蓮は二手に別れてとにかくゴブリンを殺しまくった。

俺は不意打ちで、蓮はステゴロで、二人合わせて五十七体のゴブリンを殺した。その為二人とも返り血を全身にべったりとつけた状態だ。

そして、その件で受付のお姉さんにお説教されている。

「お二人とも戦闘が得意なわけでもないのに………そもそも量を競うだけでここまでやる必要はないでしょう。子供ですか」

「いや、でも、なんか途中からたのしくなっちゃって………」

「どうやって殺すかとか考えると止まらなくて………」

「はぁぁぁぁぁ……………」

長いため息を吐かれる。

「レンさん。あなたはきっと強くなります。このセプトの街を背負う程に」

「え、本当ですか?何故そんな自信満々に言い切れるんです?」

「ただの勘です、根拠はありません。えー、ですから、貴方の今後について文書を冒険者ギルドの本部に出します。そして、ハルトさん」

「あ、はい」

「貴方は明日の9時にここに来てください。遅れたらしばき倒します」

「なんか不穏な単語が聞こえた気がするんですが」

「遅れたらしばき倒します」

「ヒェッ」

「伝える事は以上です。ともかく二人とも、今後はこのような事が無いようにお願いします。お疲れ様でした」




俺達はゴブリン討伐と、狩ったゴブリンの数だけ報酬を貰い、一週間は生活できるほどの金を手に入れ、冒険者ギルドを出て、近くの宿屋に部屋を借りた。

「なぁ、お前本当に素手縛りでやってくつもりなのか?」

「おう。素手は浪漫だぞ」

「いや、絶対武器持った方がいいだろ………」

「確かに素手では殆どダメージを与えられない。けどな、その分攻撃の出が速いし攻撃回数も多い。それに軽装でいい分回避能力も上がるし、長期戦にしなきゃいけない分回避が上手くなるぞ!」

「………それ短剣でよくね?」

「ファァァァァァアック!!」

「ちょ、うるさっ!!周りの事考えろ!」

「このマジレスマンめ!!そんな!!事は!!知ってるんだよ!!言われなくても!!わかった上でやってんだよ!!」

「あーもうわかったわかった!わかったから黙れ!」

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