この女神、やりやがった!
「今日は、冒険者ギルドに行ってくる。」
「そうね、仇討ちする為には情報収集が必要。それなら、情報が集まる冒険者ギルドってわけね!」
コレットが意気揚々と、賛同してきた。もちろん、冒険者ギルドに行くのは仇討ちの為ではない。金が無いからだ。
「だから、仇討ちなんてしねーって。」
ぶーぶーと文句を言うコレットを置いて、俺は歩き出した。それを見て、文句を言いつつも慌てて俺についてくる。
別に一緒に行動する必要は無いんだが、コレットにとっては、俺が帰る為の唯一の鍵なのだろう。離れる気は全くなさそうだ。
「ついてくるのは良いけどさ。この際だから、はっきり言っとくぞ。俺は絶対におまえを養ったりしないからな。自分の食い扶持は自分で稼げよ。」
「養うってなによ! 献上とか、上納って言うんじゃないかしらね。高貴な女神様をあろうことか扶養するみたいな発言はやめてもらえるかしら!」
「すいませんね。俺はコレット教の信者じゃないんで、供物を捧げたりも、お世話したりもする必要はないんだ。わかるか?」
「なに言ってるの。レンはあたしの加護を受けているんだから、私の世話をする義務があるわ!」
ん?
加護って、もしかして例の特殊能力の事か。神の加護……レベルが上がるたびに規格外の能力が付与されていく恐るべき加護。全ての物理攻撃を避ける絶対回避、敵を一撃で屠る身体強化を施す人類超越、ほとんどの魔法を使える魔法の叡智。いずれも一騎当千のスキル。
何の説明もなくポイッとスキルを渡されて、異世界に放り込まれた。いい機会だ。コレットから加護について聞き出しておこう。コレットは加護の制作者だ、それはもう攻略本も真っ青なほどに細かく内容を知っているだろう。加護だよりに人生設計を考えている俺は詳細を知っておきたい。
だが、ゲームの製作者は嬉々として、ゲームの攻略を語ったりはしない。それは世の中の常であり、様々なゲームのマニュアルにも攻略に関するお問い合わせには一切お答えできませんと明記されている。
そこで俺は一芝居打つことにした。
「加護って何のことだ?」
「え、あんたまさか……気づいてないの?」
コレットは驚愕したような顔で俺を見る。予想していた以上に凄まじい食いつきだ。
俺は内心で嘲笑いつつ、怪訝な表情でコレットを見下ろす。
「何のことだよ。」
すごい顔をして固まった。
可愛らしい容姿が、大口開けて見事に崩れているではないか。言葉にならない声で口をパクパクとさせる姿は、まるで金魚が餌に食いつく時に見せるような馬鹿面だ、あいつら餌じゃなくてもパクパク食いつくから、まさにそれだ。
「あんた、本当に信じられないわね! いいわ、気づいてないなら、教えてあげる。私の素晴らしさにひれ伏しなさい!」
おおっ、引っかかった!
これで後は根掘り葉掘り、全部事細かに喋り出すぞ。
「レンはね、神の加護って特性を持っているの。その加護にはレベルがあって、レベルが上がる毎に様々なスキルを取得していくわ。レベル1はデフォルトで絶対回避、全ての物理攻撃が当たらなくなるの。レンが一瞬で死なないように私が配慮してつけてあげたスキルなんだから。」
どや顔で話すのをうんうんと小気味よい相槌で返してやる。
油を刺したばかりの蝶番のように、勢いづいた雪崩のように、気持ちよさそうにコレットは口を開く。仮にこれがゲーム会社だったら、機密情報の漏洩として懲戒解雇は免れないだろう。
「レベル2は人類超越。ステータスがいっぱい上がって、ほとんどの敵を一撃で倒せるようになるわ。これでレンの異世界での土台は盤石になったはずよ。レベル3は魔法の叡智、ほとんどの魔法を覚えて物理だけじゃなくて魔法でも最強になっちゃうの。」
「へえ、凄いなー。ほとんどって事は、覚えない魔法もあるのかー?」
「ええ、そうよ! 超越魔法って言うのがあって、世界の根幹を覆すような魔法が超越魔法。ハッキリ言って神様と同じ力を手に入れるようなものかしら。ぶっちゃけ魔法って言うより、管理システムのマスター権限みたいなものね。まあ凄い魔法だけどレンがレベル999にならないと習得できないから、縁のない話よ。わたしの予想だとレベル10くらいで仇討ち完了ってところかしら。」
凄まじい程に秘密をペラペラペラペラと……。紙よりも、ヘリウムよりも、水素よりも軽い舌だ。いや、そもそも秘密じゃなかったりするのだろうか?
あと、色々と突っ込みどころが多いな。
プレイヤーに管理者権限渡しちゃうんかいとか、レベルは99じゃなくて999まであるんかいとか。コレットは俺にチートスキルを与えるって言ったけど、これはチートを超えている。ゲームバランスどころか、ゲームそのものを根底から叩き壊すようなスキルだ。
というか、コレットは未だに俺が仇討ちをすると思っているらしい。頭の中はお花畑だな。
「あー、思ったんだが。俺がレベルを999まで上げたら、コレットは天界とやらへ帰れるんじゃないのか?」
「無理よ……その前におじいちゃんになって死んじゃうわ。仮にレンが一生をレベル上げに捧げたとしても、100に到達する前に寿命が先に来ちゃうから。」
……なんじゃそりゃ。
まあでもそういう事か。絶対に到達できないとタカをくくっているから、ぶっ壊れのスキルを付与しているという事なのだろう。製作者の慢心が腹立たしいな。絶対に届かない飴をぶら下げる様は、縁日の当たらないくじ引き屋のごとくだ。
「まあでもそうね。仮の話をするならレンがレベル150を超える事ができたら話が変わってくるわ。」
「ん、なんで150?」
「レベル150で転生を覚えるからよ。レベルを引き継いだまま、何度でも生まれ変われるの。そして、レベル300で不老不死を獲得するから、もう後は時間の問題でじりじりとレベル999まで行けるかもしれないわ。まあ、レベル150が絶対に届かない壁なんだけどね。」
なるほど、ボーダーはレベル150って事か。
とは言え、一生をレベル上げに捧げてもレベル100に到達しないと言うのなら、150など夢のまた夢なのだろう。
まあ、そんな先の事は想像できないし、今はそれよりも気になる事があった。
「なあ、参考までに神の加護レベル10くらいまでどれくらいかかるんだ? ついでにどんなスキルを覚えるんだよ。」
「そうねー、レベル10だと大体半年くらいかしら。レベル10までは比較的あがりやすいの。そっから先は全然上がらないけれどね。それからスキルはレベル1が絶対回避、2が人類超越、3が魔法の叡智、4が武具マスター、5が武技マスター、6が仇討ち探知、7が拷問の叡智、8が仇討ち蘇生、9が仇討ち強制召喚、10が瞬間仇討ち。そんなところね!」
………ひどい、ひどすぎる。
レベル6以降がもう、完全にコレットの都合に支配されていた。字面での判断だが、仇を探して拷問をかけて、死んでも蘇生して、逃げても強制的に召喚で呼び戻す。最後に飽きたらトドメとばかりに瞬間仇討ちで終わりという事だろう。適当にもほどがある。レベル10で仇討ちが終わるって言うのはシステムとして完結しているという意味だったのか。
もうこの際、その辺りはどうでもいいや……突っ込むのも疲れる。
つまるところ、俺が仇討ちをしなければいいのだ。レベルが上がっても無駄なスキルしか覚えない事への憤りはあるが、俺のスローライフを邪魔する要因にはなりえない。これが仇討ちをしないと俺が死ぬ的なスキルとか、勝手に身体を操られて強制的に仇討ちをさせられるスキルとかだったら憤慨もするが……まあ、そんな事よりもだ!
「なあ、コレット。魔法の叡智は魔法を覚えると言ったよな。」
「ん、そうね。レンのレベルは3だから、魔法の叡智を覚えているはず。もうすでに人類では最強の魔法使いよ! 物理攻撃で仇討ちを果たすも、最強の魔法で仇討ちを果たすも自由自在ってわけね。」
「なるほど、そりゃーすごい。ところで、そんな凄い魔法を使う為にはMPとかが必要になるんじゃないのか?」
「当たり前じゃない。大いなる力には大いなる代償が必要となるのは当然よ。そんな当たり前のことを聞いてくるなんて、レンは馬鹿なの、アホなの?」
やばい、ムカつく……。
下手に出て話を聞くつもりだったが、俺の限界が先に来てしまいそうだ。
「なあ、魔法を覚えているが、使えない魔法使いってどう思うよ?」
「何言ってんの、覚えてるけど使えないって……ウケるんだけど! その魔法使いは、魔法使いを夢見るほら吹き野郎に違いないわ。」
「…………。」
ケラケラとコレットが笑う。いい加減に気づけよ。
まさにお前が作り出した状況なんだよ。ウケないんだよ。馬鹿でアホなのは間違いないけどな。俺は未だかつてない程のジト目をコレットに向ける。
「なによ……なんなのよ、その目は。」
「…………。」
コレットが俺の態度に不満を露にする。
けれど、俺は一切喋らない。不満なら俺が先に感じていたし、度合いだってずっと俺の方が高い。向けられる怪訝な視線を上書きするように、怪訝な視線で返す。するとコレットも何か違和感を感じたのか、少しだけ黙った。……そして。
「………………あ。」
と、小さな声を漏らした。
さっきまでの強気な瞳はどこへやら、右へ左へ視線が泳ぐ。
「あ、あー……でもね。考え方を変えてみれば、そういうのってカッコいいと思うの。能ある鷹は爪を隠すって言うじゃない。圧倒的な力を持っていながら、それを使わないって言うのは強者の余裕を感じるわ。」
「…………。」
「それに最強の力って言うのは、安易に使ってはいけないのよ。最強魔法って言うのは核兵器に等しいものなの。核戦争が始まれば地球は滅びて、不毛な世界が広がってしまうの。だから、抑止力としては存在しても良いけれど、実用兵器として存在してはいけないのよ。そう考えれば、実に良い状態として今があるって事が分かるはずかしら……。」
「…………。」
「…………だから、レンはわたしに感謝しこそすれ、そんな……非難の目で……わたしを見てはいけないのよ。そ、それにMPが無いくらいなによ! 魔法を一個も覚えていない状態よりずっとマシじゃない……。ほんと、レンは自分の立場を弁えていないと思うの。感謝してほし……くらい……かしら。」
「…………。」
「…………えっと、その……ごめんなさい。」
「おう。」
俺は盛大にため息をついた。
今更どうこう言っても仕方が無い事だが、やるせないな。
「ちなみに、俺のMPはずっとないのかよ?」
「えっと、レベル130になって、ステータスカンストというスキルを覚えたら、使えると思う……ます。」
「はぁ……そうか。まあ、仮に一生をレベル上げに捧げても100に到達しないらしいけどな。」
まあ、楽しみにしていた魔法が使えないものと知った絶望はさておき、神の加護が素晴らしい特性なのは間違いない。その点はコレットに感謝しても良いと思う。仇討ちをするつもりはないけど。
「魔法が使えないのは残念だけど、良いスキルをつけてくれた事だし。少しの間、面倒見てやるくらいはしてやるか。」
「えっ、ほんと?」
しおらしい顔がパッと表情を変えて、純真無垢風の顔で問いかけてくる。潤んだ瞳に、微笑みを携えて。時々そういう不意打ちかましてくるのはやめろ、ドキッとする。しかし、絶対こいつ反省とかしていないんだろうな。
「ああ、まあ、少しの間だけな。ちゃんと自立しろよ……。」
「なによ、女神様に向かって自立って、草生えるんですけどーwww」
あー、ネットにいるね。こういうウザい返ししてくる奴! 一度どんな奴か面を拝んでみたいと思っていたけど、まさか本当にご対面してしまうとは。当のコレットは、俺の期間限定の紐容認でご満悦な様子だった。遠い目をしている俺にはまるで気づく様子はない。
そう言えば、絶対回避について疑問に思った事がある。それは、昨晩コレットが「なんでやねん!」と登場と共に炸裂させた右ストレートについてだ。
「なあ、俺が昨晩コレットの右ストレートをまともに食らったのはなんでだ? やっぱ、神様相手だと、絶対回避は発動しないのか?」
「バカね、絶対回避が発動したら殴れないからに決まっているじゃ無い。」
うん?
ちょっと的を得ない回答にイラっとするが、ここは少し我慢。
「もうちょっと詳しく。」
「はあ、だから、予めスキルは一時的にオフにした状態にしたのよ。だって、レンに避けられり、やり返されたら嫌じゃ無いの。それくらいの知恵は回って当然じゃ無いかしら?」
何だろう嫌な予感がする。
「なあ、一時的ってさ。いつまでだよ。」
コレットの目が泳いだ。嫌な予感が確信に変わってしまった。
「い……えっと、再び天界の扉が開くまで……かな?」
「おまえ、マジでふざけんなよおおおーー!」
こいつは事もあろうに、俺の肝心要の主要スキルを亡き者にしてやがった。あの夜のツッコミの前に、あり得ないくらいにバカバカしくも冷静に俺のスキルをオフにして、この世界に乗り込んできたのだ。本当にバカは、これだからバカは、ああああもうバカバカバカやろおおおおーー!
「うああああああーー!!」
コレットを掴んでいた手を突き飛ばすように荒々しく離して、その場に崩れ落ちる。号泣だった。コレットは俺に思い切り突き飛ばされたのに、少し後ずさりする程度で衝撃を留めた。それはつまり、つまるところ人類超越の方も……。
即座にステータス欄を開いて確認する……。
名前 加藤蓮太郎
年齢14歳
職業 無職
レベル 0
HP 0
MP 0
攻撃力 0
防御力 0
魔攻力 0
魔防力 0
素早さ 0
知力 0
幸運 1
特性 なし
スキル なし
え、なんだこれ!?
なんだこれ……なんだ……これ……。
「うあああああああ――――――!」
「ご……ごめんって、あの、わたしも頑張るから。ほら、仇討ちしよ。ね?」
「ああああああああああ―――――――!!」
その後、しばらく俺の涙が大地を濡らし続けたのであった。
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