その女神、返品不可!
「なんでやねんって、なんでやねん!」
女神はお怒りの様子だが、俺だってお怒りだ。毎度毎度とつぜん現れて、本当に迷惑なやつだ。
「あんた、なんて事言うのよ! 仇討ちしなさいよ、奴を殺すのよ。細胞の一片たりとも残さず殲滅しなさいよお!」
「どこの北の偉い人だよ、物騒すぎるだろ!」
顔が可愛いだけに、ひどく発言とギャップがある。髪の毛一本も残さないとか、漫画の読みすぎだ。リアルで言うと完全に頭のおかしい発言でしかない。
「俺がいつ仇討ちをしたいって言ったんだよ。おまえが、勝手に盛り上がって押し付けてきたんだろうが。俺は一度だって了承した覚えはないぞ。」
女神ががらりと表情を変える。信じられないと言った顔だ。この世の全ての人間が仇討ちを夢見ていると思い込んでいたらしい。こんな頭のおかしい奴が神さまやっいるなんて、事実の方が信じられないんだが。
「なによ、それじゃあ、まさか……仇討ちしたくないっていうの?」
「だから、最初からそう言っているだろ。俺はこの新しく生まれ変わった世界でのんびり暮らすんだよ。こっちの方が、日本よりも楽しそうだしな。」
女神の驚きの表情が、今度は絶望へと変化する。ころころと忙しい奴だ。
「ダメよ!」
「いや、ダメって……」
「ダメよ!!」
俺の言葉を強く打ち消してくる。どこまでも俺に仇討ちさせたいらしい。まったく、神さまともあろう者が、一人の人間にこだわり過ぎだろう。執念深いと言うかなんと言うか。自分が馬鹿にされたのがよっぽど我慢ならないらしい。全く持って冗談ではない。
「いやいや、俺の人生なんだから、好きに生きさせろよ。」
「いやいや、あんたもう死んでるから! あんたの人生もう終わったのよ。だから、仇討ちしかないの!」
「いやいや、我思う故に我ありってやつなんだよ。俺は今ここにいるから、俺の人生は終わってねーよ。ふざけんな。」
「いやいや、あんたはあたしのお陰で存在しているんだから! そこんとこ、しっかりと立場をわきまえてもらわないと困るわけ。わかる?」
「だーーー、うるせーなあ! もうさっさと帰れよ。ハウスだ、ハウス。とっとと天界にでも何でも帰って、俺以外のやつの相手しろよ。おまえ暇なのかよ!」
「何がハウスよ、神である私に向かって犬みたいにって…………あ。」
「あ?」
急速に勢いを失っていく女神。何を思い出したのか、その場で急速冷凍されたかのように固まってしまった。いったいなんだというのか……
「か……帰れない。」
「は?」
「は……ハウスできないの、テヘッ。」
「はあああああーーーーーー!?」
バカ女神の返品不可……。目眩がしてきた。何やら、何故帰れないのかをこんこんと説明してくるが、頭に入ってこない。景色が急速に遠のいていく。
こいつが、帰れないって事はどういう事だ。こっちの世界にずっといるって事か。って事は、俺はこの煩わしい女神にずっと付きまとわれるって事なのか?
……いやいや、そんな仇討ちマニアの頭おかしいやつと、ずっと一緒なんて俺の人生までおかしくなっちまう。ははは、無い無い……絶対無い、ありえない。
あ、そうだ。別に帰れないからって、一緒にいる必要はないわな。俺には俺の、こいつにはこいつの人生がある。今はたまたま何かのイタズラで運命が交差しただけ。交差した二つの線は、再び離れていくのだから。
「……と言うわけで、帰れないのよ。わかったかしら?」
「そーかそーか、それはとーっも大変だったな。まあ、頑張ってくれよ! じゃあ、夜も遅いし俺はこの辺で……お邪魔しましーーーーーー」
「逃すわけないでしょ!!」
自然な装いで逃げようと思ったら、思いっきり襟首を掴まれた。俺の代わりに宿に泊まって行くくらいは許してやろうと思ったのに。
「なんだよお。」
「あんたねえ、人が困っているのに、なんでそんなに薄情なわけ? ありえないでしょ!」
「いやいや、俺を困らせてる奴が、どの口でほざくんだよ。そもそも、おまえは人じゃないだろ。」
ため息は尽きないが、逃げられそうもないので、俺は仕方なく女神と向き合って話を聞くことにした。
「つまり、勢いで飛び出してきたので、神様の力的なものを置いてきたので、帰れないってか。」
「そーそー、オートロックで鍵持たずにドア閉めちゃった的な!」
なんでそう言う現代チックな例え話ができるのに、仇討ちとか言いだすんだろうね、こいつは……。
「じゃあ、今はただの幼女かよ。」
「幼女言うなし! あたしはこれでも、お前なんかよりも、何億倍も生きているんだからね。敬いなさいよ。」
ぷくーっと頰を膨らます女神は、年相応の女の子にしか見えない。まあ、幼女と言うにはいささか大きいかもしれないが。
「ああそう、すごいですねー。そんなにすごいなら、何でも自分で解決してくださいねー。とりあえず、このお部屋から出て行くところから始めてくださいねー!!」
「うぐぐぐっ、あんた、嫌なやつね! 性格が曲がっているわ、悪魔よ。」
「……おまえ。俺が悪態ついているのは、全部おまえのせいだからな。」
ぷくーっと膨れたのが、あっという間にしぼんでしまった。言い返す言葉を無くしたのか、女神はだまって俯いた。
ざまーみろと思う気持ちがある一方で、小さな女の子が泣きそうな顔で俯いているのは、心地が悪い。それがたとえ俺の数億倍は生きているらしい中身が超絶熟女だとしてもだ。
「はあ……、どうすればおまえは帰れるんだよ?」
「……。」
「おーい、おまえ、さっきまであんなに威勢が良かったのにどうしたんだよ。」
「……おまえって呼ばないでよ。」
今更、そこかよと突っ込みたくなる。と言うか、そういう事を言うのなら……。
「なら、おまえだって、俺のことをあんたって呼んでるじゃねーか。」
「また言った! あたしは、コレットって言うの。華麗なる女神コレット様って呼びなさいよ。」
「おまえ、カレーの神さまだったの?」
「華麗ってカレーじゃないわよ! 殴るわよ!」
「ああ、コレットな。分かったよ。」
「むむぅ、さまをつけなさいよ。」
不満ながらも一応は納得したようだ。
「で、俺のことは呼んではくれないのかよ。」
正直、こんな事にさしてこだわりは無かったが、俺だけ呼ばされるのには抵抗がある。何というかフェアじゃないような。まあ、フェアである必要も無いのだけれど。
コレットは躊躇うような素ぶりを見せる。名前を呼ぶ事に抵抗があるのか。神様としてのプライドは高そうだからな。っと言うか、コレットは俺の名前を知っているのだろうか……?
「……カトウ レンタロウ。」
「フルネームかよ、なんか久しぶりに聞いた気がするわ。長いから呼ぶ時はレンで良いよ。」
どうやら忘れていたわけでは無いらしい。仇討ちだの何だのと押しつけてきて、俺の名前すら忘れているようなら正直放り出そうかとも思ったくらいだ。
そんな心持ちの俺に、コレットが俺のフルネームを呼ぶ。日本で暮らしていてもフルネームで呼ばれることなんて稀だ。
この世界にきて気づいたが、名前ってのは俺が俺である証なのだ。俺の数少ない大切なものの一つ。コレットが、それを俺に気づかせてくれた。狙ったわけではないだろうが、俺は少しコレットに協力しても良いかなと言う気持ちになってきた。
「よっし、コレット。仕切り直しだ。どうすれば、帰れるんだ?」
「えっ、なに、協力してくれるの? レンは優しいわね。」
「おう、言ってみろ。」
いきなりぱーっも満面の笑みが花開く。本当に子供のように現金で、そう言うところは可愛くない事もない。どれどれ、お兄さんがちょいと人肌脱いであげようか。
コレットは、すっかり調子を取り戻したようで、人差し指をぴっと立てて、得意げに言う。
「ズバリ、仇討ちを果たす事よ!」
「あ、却下で……。」
何となく……本当にそこはかとなく、そんな気はしたけど、やっぱりかよ。さすがに幼女の頼みでも人殺しはできない。無理!
「なんでよおおお!! 今なんでもするって言ったじゃないのおおおーーー!」
コレットが俺に掴みかかってくる。抵抗しているのだが、すごい力で押し倒される。なんだこれ、幼女にあるまじきパワーだ。腐っても神様だからか。俺は勢いのままに、ベッドに叩きつけられた。
「いってーな! おまえ、ちゃんと耳ついてんのかよ、なんでもなんて言ってねーよ!!」
「あー、また、おまえって言ったああー!レンなんか、あんたで十分よ、あんたあんたあんたあんたああーー!!」
襟首を掴まれて、凄まじい力で頭を譲られる。意識がぐわんぐわんと跳ねて遠くなっていく。やばい、このままだと死ぬかも知れん……。
バンッ!!
「うるせえええええええーーー!!」
腹に響く凄まじい怒声で、静寂が生まれる。見れば、宿屋の店主が凄まじい形相で乗り込んできていた。店主は俺たちを見ると、額の青筋を5割り増しにしてみせた。
「おうおう、ショボくれた顔して泊まりにきたかと思ったら、一人分の料金で女連れ込んで、夜中に情事たあ……やってくれるじゃねーか。」
「あ、え……?」
ふらふらする意識を留めて、事態を把握する。この部屋にはコレットと俺の二人。ベッドの上で俺は寝そべり、コレットはその上に跨っている……ああ、最悪だわ、これ。
俺は、女神に殺される前に宿屋の店主に殺されるかもしれない。
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