表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

女神一本釣り

 宿屋を探しながら、道を歩く。

 両脇に並ぶ建物の看板を見ながら、宿屋の文字を探していて、ふと気づく。


「文字は、やっぱり日本語なんだよなあ。」


 そう言えば、さっき道具を売った時も串焼きを買った時も問題なく会話が出来ていた。面倒な部分は全部日本のシステムを、導入しているらしい。異世界と聞いて幾らか踊った心を返して欲しい。


 まあ、そうは言っても便利なのは良いことだ。それ以上深くは考えずに、思考を宿屋探しに切り替える。今はとりあえず落ち着ける場所に行きたい。



『雑貨のラステル』『男の武具屋』『魔王屋ラカン』『ペルタポルタ』などなど、雑多な店の看板が並ぶ。文字が読めるからと言って、全ての店の内容が分かるわけではない事を思い知る。文化の違いってやつもあるだろうし。……魔王屋ってなんだろうな。


 そうして店屋の看板を見て回るうちについにお目当ての店を見つける。


『宿屋 ムーンライト』


 月光と言う名前が、ちょうど今の状況にもぴったり。それに儚い月明かりのように質素な宿屋の造りは、自分の手持ちでも泊まれそうな気がする。窓から見える一階部分は、食堂になっているようで、数組が楽しそうに食事をする様子が目に入った。


「ここ良さそうだなー。」


 だが、値段が分からない。表に看板はあるものの、価格設定が書かれていない。見た感じ高級店には見えないが、考えなしに散財した俺の財布ではいくらか心もとない。


 まあ、とりあえず入ってみるか。

 何も値段を聞くだけで、金を取られるわけもない。とりあえず、頼んでみよう。


 ガララッ……。


 いくらか引っ掛かりを覚える扉を開けると、店内の明かりに包まれた。入り口から真っ直ぐのところに受付のようなものがある。バーカウンターみたいな感じで、料理屋と宿のレジが一緒になっいるようだ。レジの横に座った男がこちらを一瞥する。おそらくこの男が宿の人間なのだろうが、レジの中にいるわけじゃないので、今ひとつ客か店員が判断しづらい。


「あ、あの、泊まれますか?」


 仕方がないので、多数の視線が刺さる中で大きな声で店中に聞こえるように意思を伝える。ちょっと恥ずかしい。


「元気なガキだ。よく来たな。」


 レジに近いところに座っていた男が立ち上がる。

 やはり、この男が店員だったらしい。割と筋肉質で、頭髪はいくらか薄くなりつつある男。


「あの手持ちがこれだけしかないのですが。」


 こちらへ歩み寄る男に、握りしめた全財産を見せる。3570円。日本で考えると、宿に泊まるには安宿だったとしても5000円くらいは必要ない気がする。そう考えると俺の所持金はかなりのレッドゾーンだ。


 気軽に泊まれるかどうか聞くだけで良いやと入ってきたが、断られるのが怖くなってきた。常識外れの所持金で門戸を叩いたことを怒られるのではないかと。心なしか手元が震える。男の鋭い眼光が怖い。


「いくらか足りな……あー、うーん、まあ朝食付きで1泊なら、それで良いぞ。」


 そんな俺の表情を汲み取ったのか男は、ぶっきらぼうな言葉をいったん飲み込むと頭をぽりぽりとかいてとそう言った。つまるところ、同情して宿泊を許可してくれたのだろう。本当はいくらだったのだろう。


「ありがとうございます!」


 嬉しいやら、惨めやらの感情で俺は何だか泣きそうだった。



 夕食はつかないが、先ほどの串焼きで腹は膨れているので問題は無い。部屋の鍵を受け取り、二階の客室へと向かう。朝食は何時でも良いらしいが、滞在はお昼の鐘が鳴るまでとのこと。


「ふあーー。」


 ベッドに横になると、ようやく落ち着いた。そんなに広くも豪華でもない部屋が逆にちょうど良い。それより、部屋がきちんと綺麗なのが嬉しいところ。


 そのまま、眠ってしまいそうになるが、朝が来ればまた無一文で放り出されてしまう。今のうちに今後の方針を考えなくては。


 今後の方針と言うと、大きくは仇討ちが思い浮かぶ。だが、それは俺が望んだ事ではない。あの女神が勝手に作り上げた俺の目的だ。今時、そんな魔王を倒せみたいな時代遅れのゲームなんて流行らない。


 どっちかって言うと今の流行りは、スローライフだろう。好きな事をして、のんびりと暮らしていく。苦しいことや、辛いことは遠ざけて、幸せで一杯の人生を過ごす。


 チート能力がある以上、生活の心配も必要ないだろう。今日は文無しで心苦しい思いをしたが、明日には一日稼いで小金持ちを目指す。1週間後には金持ちで、一ヶ月には大金持ちだ。


 前世での鬱屈とした生活とは違った生き方が出来ると思うと、それだけで心がスーッと軽くなる。何よりも俺はこのゲームみたいなファンタジー溢れる世界観が好きだった。日本的なシステムを導入しているところに些か思う所はあるものの、総合的に考えれば全く持って悪くはない。


 思い至ってみれば、もうこれしかないと思えた。

 理想郷はここにあり。仇討ちも、輪廻転生も、あのくそ女神も全部まとめてくそくらえだ。


「よーし、俺は仇討ちなんて馬鹿な事はやめて、のんびり楽しく生きていくぞ!!」


 高らかに宣言する。

 すると、その声に呼応したかのように、光が現れる。なんだ、これ……? 光は大きくなり、光の渦から何か聞こえてくる。


 ん……ん。


「……?」


 んでや……ん。


「え??」


「なんでやねええええええんん!!!」


 光の中から出現した幼女の右ストレートが、俺の顔に炸裂する。幼女の顔には見覚えがある。


 見間違うはずもない……幼女は俺をここに転生させた迷惑な女神だった。

 コレットが俺の眼前に現れた。


お読みいただきありがとうございました。

もしよろしければ、ブクマなどよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ