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9・鬼退治って言ってたが、歓迎された件

 俺たちは沢を遡っていった。ハナがその臭覚を生かして警戒してくれている。チッパイさんは俺を警戒している。何でだよ。


 すでに夕暮れだ、今日はこの辺りで野宿になる。


「あんた、わざと野宿を選んだでしょ」


 何を言ってるんだ、チッパイさんは。


「なぜそうなる。だいたい、ハナも居るじゃないか」


「え?私は良いよ?」


 話がややこしくなるからそういう事言わないでほしいんだが。


 山の中の野宿なので離れるわけにもいかない。本当に、このチッパイさんは困る。

 寝たら襲われると何やら警戒するので俺が真っ先に寝た。夜番はどうするのかって?この場合ハナに任せるしか仕方がない。


 東の空が白み始めるかどうかという時間に俺は目を覚ました。ハナは本当に起きていたらしい。


「悪いな、ハナ」


「おはよう、ヨシフル。じゃあ交代ね。私なら襲ってもらって構わないけど、アイにばれないようにね」


 そんなことを言ってくる。

 真っ暗な森の中では何も見えない。臭覚が優れた犬ならともかく、人間が何かを見つけるのは至難の業だ。気配がどうしたと言ったレベルなら何かわかるのかもしれないが、俺はそんなものを持ち合わせてはいない。チッパイさんはどうなんだろうね?

 そんなわけで、俺はナイトビジョンを取り出した。数十万もする本物ではない、3万程度の奴だから見える範囲も知れたものだが、無いのとは雲泥の差だ。単眼式の銃に載せるタイプだから軽くていい。


 あたりを見回すが何も異常はなかった。用心のために89式にセットして見ているもんだからずっとその姿勢を続けるのはつらい。時折探っているだけ、まるで潜水艦の潜望鏡を覗くみたいな状態だな。現に夜戦では同じように探って地形や敵の位置を把握し、記憶と勘で動いていたんだから慣れたもんだ。


 しばらくするとあたりが明るくなってくる。徐々に明るさを増し、はじめはモノトーンだった景色に色彩が加わり、鳥の鳴き声が聞こえ始める。ゲームで耐久戦やるとこんな感じなんだろうか。俺は参加したことないんだけど。

 ふいに物音がしたので振り向くとチッパイさんが起きたようだった。そして俺を睨んでくる。

 はいはい、何にもしてないですよ。それからしばらく無言の時が過ぎる。何だろうね、この空気。


「この沢の先ってどうなってるか知ってる?」


 ふいにチッパイさんがそんなことを聞いてくる。

 知る訳ないだろうが、俺はこっちに来て日も浅いんだよ。そもそも地理が分からない。


「でしょうね。この沢は鬼の谷へ続いてるって言われてる。いつ鬼が出ても不思議じゃないし、あまり奥へは行くことも無い」


 その割にずいぶん奥地へ進んできた気がするんだが、良いのかよ。


「もうすぐ関に着く、私たちが行って良いのはそこまでだから、もう引き返した方がいい」


「関?関所があるなら鬼に破壊されてるって事か」


 関所というか、俺は砦を想像していた。


「関は人間が作ったものじゃない。ちょっとした滝になっている場所で周りも切り立っているから登るのは難しい。登って帰ってきた人間も居ない」


 なんだそりゃ、まるでどこか異界の入り口とかそんな感じか?


「異界ね、確かにそうかも。この沢筋が一番近くて緩やかだからすぐ近くまで行ける。他の場所は高い山と険しい谷ばかりだから容易に近づくことも出来ない。山向がどんなところかは誰も知らないよ」


 そりゃあ、帰ってきた人が居ないんだもんな。

 じゃあ、俺たちは一体何をやってるというんだろうね。


「谷に鬼がまだ残っているかどうかを調べてるんでしょ。一体、何聞いてたわけ?」


 ああ、そこんところの話じゃないんだ。

 鬼が居るという山の向こうの世界についてなんだがね。鬼退治に行くとかここら辺に砦作って撃退するとかさ。


「あー、そういう話ね。鬼が出るのはごくまれな事だし、関自体が鬼たちにとっても境になってるみたいだから、私たちも積極的に関わろうとはしない。無意味な争いにしかならないもの」


 それは確かにそうか。


「じゃあ、ハナが起きたら一応、関だけは拝んで帰るとするか」


 チッパイさんもそれに賛同してくれた。

 ハナが起きたのは日が完全に昇ってからだったが、文句はない。夜通し番をしてくれていたんだもの。


 ハナが起きたので朝食を済ませてその関とやらへと向かった。奥へ進むごとに周りは険しくなっていく。もう谷底から峰へ上ることは難しそうだ、所々断崖になっているし他のルートは早々に崖に阻まれているだろうとチッパイさんが言っていた。

 そろそろ昼だろうかという頃に前方から滝の音が聞こえてきだした。


「関ってのはあの音がする滝の事か?」


「多分そう」


 なるほどね。あたり一面険しい地形に唯一のルートであるこの谷川、巨人ならば階段の如く使えるだろう五重の滝がそこにあった。


「何か居るよ」


 ハナがあたりを警戒する。俺は89式を構えて周囲を見渡すと、見つけた。谷筋の木陰からこちらを見下ろすように弓を構えた人影がある。


「ちょっと、いつの間に囲まれたわけ」


 チッパイさんも弓を構えてそんなこと言っている。俺は見つけた人影に集中しているのでサッと視界を向ける事しかできない。

 今、俺が見付けた人影が百メートルほど、弓の射程としてはぎりぎりだろうか。ただ、相手が高い位置にいるので周りから射かけられたらどうなるかはわからない。

 しばらくそのままだったが、人影が動いた。駆け下るようなのでけん制で一発撃ってみた。人影近くの木を倒しただけに終わる。


「何だい、その魔砲は。この距離でその威力。しかもまだ撃てるのかい?」


 大きく響く声だった。そして、背丈は人間と変わらない。鬼ではないのだろうか?


「お前は何者だ」


 俺は定型句を発する事しかできなかった。

 相手は返答せずに口笛を吹いた。何事かと相手に正確に狙いを定めた時にようやく返事が返ってきた。


「我は鬼だ。大児が迷惑を掛けているようだな。これより先は我らが掃除しておいた。安心して帰られよ」


 とのことだった。


「正面の女以外は退いたみたい」


 ハナがそう言ってくる。ハナが言うんだから確かだろう。人影だったその姿が徐々に見えるようになると、人間と変わりない背格好の美人がそこにいた。弓を下ろしておるので俺も銃を下ろす。


「変わった魔砲だね。良かったらついてくるかい?歓迎するよ」


 美女はそんなことを言いながら近づいてきた。不思議とハナは警戒せずにそれを許している。後ろで威嚇しているチッパイさんはまあ、アレだ。きっとコンプレックスなんだろう。


「もちろん、嫁と愛犬も含めてね」


 チッパイさんを見ながら美人さんがおどけながらそういう。


「油断したところを取って食おうってんでしょ」


 チッパイさんはなおも威嚇を続ける。


「そんなことしやしないよ。我らは大児とは違う」


 美人さんは諭すようにそう言った。


「アイ、この人は大丈夫だよ」


 ハナもチッパイさんにそう言う。


 でだ、目の前まで来た美人さん、どこの女優さんですかって感じで凄いんだ。しかも、金髪美人さん。


 俺たちが鬼と呼んでいた巨人は鬼ではないという。ダイジってなんだよ。


 俺は金髪美人がここに居るのがどうにも不自然に思えていた。


 角がある訳でもないのに鬼と名乗った。一体何でだろうね。


 俺のそんな疑問など意に介さず美人さんは話を続ける。


「我らがこれより先は掃除した。先ほども言ったがもう憂いはないぞ。それよりも、お前たちの街へ戻って大児を討ち果たすなら邪魔はせん。そこの嫁は何やら不満らしいが」


 チッパイさんは嫁と呼ばれたことが不満なんだろうが敢えてそのことを口にはしなかった。


「帰れと言ったり歓迎すると言ったり、どっちなんだ?」


 俺にとっての疑問点その一


「それか。ここで我らに会った人間どもは大抵帰ろうとせんでな。どうにも付いて来たがる。おかげで我らの里にも人間の集落が出来ておる具合だ」


 なるほど、美人に鼻の下伸ばして付いて行きたい連中ばっかりだったと。分からんでもないな。


「すると、この向こうにも人が居て、貴方方と暮らしている訳なんだな」


「そうだ」


 ふいに美人が手を上げると、こちらを警戒させないようにゆっくり幾人か周りの崖から現れ、縄を伝って下りてくる。ファストロープかよ、しかも手馴れてやがる。

 彼らが背負っているものはまちまちで、大鍋を背負っている者までいる。降りてきたのは男女混成だった。強いて言うなら美男美女ばかりな事だろうか。手馴れた手つきで鍋を据えて食事の準備を始めている。ハナ、よだれ出てんぞ。


「人間は宴というのが好きらしいからな、帰る前に腹を満たして帰れ」


 間違ってはいないその言葉に俺は頷いた。


 宴と言っても酒が出るわけではない。これから山歩きだからそれは仕方がない。

 その辺りで狩ってきたという獣と持ってきた野菜や調味料を放り込んで鍋が作られる。その間、俺は美人さんからいろいろ話を聞いた。


 この美人さん、名前をヴィールヒというらしい。谷向こうに栄える一族という事だが、それ以上の事は教えてくれなかった。

 そして、ダイジとは、山向こうに発生する妖怪の事だそうだ。大児と名付けたのは、以前から交流があった人間たちで、ヴィールヒさんの一族はチータンと呼んでいるそうだ。

 なぜ自分たちの事を鬼と呼ぶのかもよく分からなかったが、どうやら彼女たちは身体能力が高いらしく、人間からは鬼の一種と言われているのでそれをそのまま使っているらしい。


 そういえば、日本でも鬼に白人説なんてのもあったな。あと、山で仕事をする金工師とかいうのも。

 その辺りを聞いてみると、ヴィールヒさんたちよりも体格が良く背が低くて体毛が多い人たちがそれにあたるとか。

 あれだ、ヴィールヒさんたちがエルフで、その体毛濃いのがドワーフで良いんでないか?ヴィールヒさんの耳尖ってないけど。


 ワイワイやってるとあっという間に鍋が空になった。


「どうする?付いて来るなら構わない」


 ヴィールヒさんがそういうが、俺は帰ることにした。別にチッパイさんの視線がとかそんな理由ではない。


「帰るよ。大児退治もあるだろうからね」


「そうか、ではな」


 ヴィールヒさんたちはサッとその場から崖へと昇って行った。


「ハナ、あの人たちをどこまで追える?」


「やめた方がいいと思う」


 それには俺も同意見だった。


「オオカミよりもあの人たちは分かりにくい。もしかしたら昨日のうちに見つかってたかもしれないね」


 ハナはあたりを見回してほとんどわからないというそぶりを見せている。相当だな、あの人たち。

 ちなみに、チッパイさんは後から降りてきた人たちの中に同類を見つけて安心していた。


「何?」


 ふとチラ見したら気付かれた。


「なんでも。ヴィールヒさんの話をどこまで信じれば良いのかと思ってね」


「嘘言っても仕方ないんじゃない。すべてを話した訳じゃないだろうけど、心当たりがないわけじゃないし。ずっと遠くの話だけど、鉄器を扱う街には山の中の集落からあんな大きな鍋や造りの良い武器を買い付けてるところがあるらしいから、あの人たちなんでしょ、その話の集落って」


 半ば投げやりにそんなことを言ってくる。が、なるほど、人間を完全に拒絶していないというならそうなんだろうね。

 俺たちは来た道を帰ることにした。


「そういえば、ずいぶんあそこで食べてたけど、帰りもどこかで野宿じゃないの?」


 チッパイさんがそう言う。間違いなくそうなるだろうね。なんだよ、そのため息は。


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