19・暗視装置って凄いんだな
浜の街へは河原を行くのではなくちゃんとした道を通っていくことが出来たので随分早く着くことが出来た。
川沿いに村や集落こそないが、狩猟採集に入る事はあるそうで、そうした人たちが通る道が幾筋か出来上がっているという。川が増水してしまうというが、それはそれとして、漁場として狩場として、或いは水棲植物の採取にと、一定の需要があるというから逞しいというべきか。
浜の街もやはり和風だった。
もしかしたら水城ではないかと少し期待したのだが、そんなことはなく、山の街同様に、平安時代の都って感じの塀で囲まれた街だった。
「鬼を防ぐ砦でも期待したか?残念だったな。俺が居るから砦なんざ無くとも鬼を防ぐくらい造作ねぇ」
幼女が俺の顔を見てそう言う。
「彼女が君の顔から察したというより、俺も君みたいな感想を持ってたからだと思うよ。なにせ、浜にある街と言えば、水城だろ?」
与一と考えが被るのはあまりうれしくない。ほら、幼女が睨んでるぞ。それに顔が近いぞ、おい。
そんなことを思っていると市が見えてきた。どうやら湊が近い事から魚介類の市が立っている様だ。
「浜の街というだけあって、漁業が盛んなんだな」
俺が市を指してそう言う。
「そりゃあ、海と言えばね。漁師も海女も居る」
うん、海女のときの顔で分かるよ、エロ一。
そう思ってジト目で見ていると子供が店へと走り寄るのが見えた。猫耳が生えている。
「おい、猫が魚盗りに来たぞ」
俺がそう言うと、幼女と与一が「何言ってんだ?」という顔で見て来た。
「ハァ?バカかお前。魚の目利きは猫にさせるのが一番だろうが」
幼女が心底呆れたように俺にそんなことを言う。俺が何を言われたのかわかってない様子だったのでさらに続けて説明してくる。
「確かに犬は鼻が良いが、目はそこまでよくねぇだろ。猫は目も良いからな。魚の鮮度を見分けることが出来る。確かに飽きっぽい連中だが、実益も兼ねてるからな。山だとネズミ番くらいしか役割ねぇだろうがな」
なるほど、猫は目利きが出来るのか。確かに、村では倉庫の番くらいしかまともに仕事が無かったな。大半の猫は自由気ままに遊んでいて、当番が回って来た時だけ倉庫の周りを真剣に見回ってたっけか。
その猫が買い物をしている店へドンドン近づいていくと、店の者と真剣にやり取りしているのが分かった。鮮度をして指摘してかなりの値引きにも成功している様だ。なかなか強かな奴だな。
そうした姿を横目に見ながらさらにすすんで行くと街の門をくぐった。
山の街だとこの辺りで俺たちはお役御免なんだが、どうやらそうならないらしい。
「どうした?山から来た報告しに行くんだろ」
脚を止める俺たちに幼女がそう言ってくる。
「いや、それなら君らが・・・」
タカがそう言うが、幼女はまるで理解できないらしい。
「概要は聞かされたが、詳しい事が分からねぇじゃないか。俺らがやるのはお前たちに会うまでの報告だけだ。そこから山側の事はお前らがやれよ」
どこか呆れたように幼女がそう言ってくる。
「だが、俺たちは猟師だ。犬も連れている」
それを聞いて、何やら幼女は何かわかったらしい。
「そう言う事か。山じゃどうか知らねぇが、浜じゃ犬も猫も漁師も関係ねぇ。役所に報告するのはお前らの役目だ」
どうやら山と浜では風習が違うらしい。たしかに、魚の取り扱いがメインの街だから、山の様に生き物の死を忌避する考えはないのかもしれない。俺は与一を見たら、何か察したらしい。
「少なくとも、浜には殺生を忌避する風習はないな。山だと昔の日本みたいに忌避するところもあるらしいが」
と、教えてくれた。なるほどね。
そして、俺たちは堂々と大通りを進んで役所へと入ってこれまでの経緯を説明した。河原でもそうだったが、やはり、役人たちも1騎がどこから現れたのかわからず議論が行われることになったが、結論を見出すことは出来なかった。
役所での議論が終わったころにはすでに夜になっていた。幼女や与一に連れられて、食事と今日の宿へと向かった。
驚いたことに犬も普通に宿へ泊れるという。浜では犬猫も人のうちって事らしい。
「で、どこへ向かってるんだ?」
「メシだ」と叫んだ幼女に先導されて街中をどんどん進んで気が付いたら街を出て山道を登ることになった。飯と宿はどこだ?
しかし、それに答えず幼女はズンズン進んで行く。浜の捜索隊は既に解散して、今いるのは与一だけだが、彼も何も言わずに幼女と共に歩くだけ。
しばらくすると山を登り終え、平らなところに出たと思ったら館があった。
「俺の館だ。口に合うかわ分らんがメシは魚だ。用意するから暫くくつろいでいてくれ」
なるほど、街の魔弓師というだけの事はあるらしい。立派な館に住んでやがった。眼下には浜の街が一望できる。
そして海を見る。すでに日が落ちて何も見えないのは当然だが、仮に沖合に島などがあればかなり遠くであっても灯が見えることになる。昼間であればそれなりに見渡せることだろう。島が無いと幼女が断言する訳だ。
ふいに、この辺りの地形が見たくて暗視スコープを取り出した。
薄暗い海岸線をなぞるようにスコープで見ていくとかなり断崖が多くて簡単に上陸できるような地形ではないことが分かる。リアス式なんだろう、この辺りの海岸だと、入り組んだ先の湾にある村以外に容易に生活環境は無いだろうし、なにより、岬を歩いて街へと入るのは、鬼であっても難しく思えた。
「ん?」
沖合にスコープを向けた時だった。
そこには島は無い筈だし、この時代に夜に船が出ているというのも少ないのではないだろうか。しかし、そこには大型船、ないしは島が見えていた。が、肉眼で見ると暗闇に慣れた目で合ってもそれを見ることが出来ない。
「ちょっとこれを見てくれないか」
俺は近くにいたタカに事前情報なしでスコープを覗くよう促した。
「なんじゃありゃ!」
タカは予想通りの反応をしている。